146 VSラオメイディア―8
ラオメイディアが『龍化』してから、動きに無駄が無くなった。
それに躊躇もない。
『魔法剣:雷』で生み出す速さに追い付かれることがある。
だが、レイランの方に分があるように思えた。
バルゼアーによる指導、自分自身が体験してきた戦闘がレイランを強くしている。
ラオメイディアも剣を振るうが、それ以上に上手なのがレイランだ。
あらゆる感覚を研ぎ澄まし、まるで未来を見ているかのような剣捌きで奴の肉体を斬っていた。
俺は聖剣を『ものまね』し、レイランの武器となっている。
まさか、こうなるとは思っていなかったが。
ラオメイディアの魔剣には、敵の武器を腐蝕させる能力があるらしいが卑怯だ。
刃と刃がぶつかり合う時、魔力を消費して腐蝕に対抗している。
おかげで、魔力は尽きようとしていた。
早期に決着させなければ、俺らは負けてしまう。
エンタープライズの勝利は、レイランに託されているのだ。
助手、近くに敵はいないか。
この戦いを邪魔されたくないんだ。
〈三人が、こちらに向かってきていますねー。エレベーターに乗っていましたがー、途中で停止してー、階段を上って来ていますー〉
ここまで来るのに、かなりの時間が必要だな。
ラオメイディアの部下が三人。
今は気にする必要はないな。
で、魔剣の腐蝕に抵抗し続けられるか?
〈もちろんですー。心配はありませんよー。それに、この聖剣D・ワーフは使用者の意志の力が、そのまま強さとなりますー。レイランが抱える意志は、何者にも負けない固さがありますー。勝利を信ずるに値する意志を感じますー〉
それを聞いて、安心した。
助手はハッキリと言い切ったのだ。
俺の中で秘めていた不安が一つ解消される。
両者は立っているのがおかしいほど血を流し、武器を握っていた。
『龍化』の効果はなくなり、元の状態に戻っても戦うことは諦めない。
けれども、身体は限界を迎えていた。
糸の切れた操り人形のように、腕は垂れている。
意志は強くても、動かす気力が尽きてきたのだ。
そんな状態なのに、二人は剣を持ち上げた。
ほぼ同時に、剣を振るう。
先に斬られたのは、ラオメイディアだった。
鏡のように磨き上げられた聖剣が胸を一直線に薙いだ。
ラオメイディアは刃に押され、魔剣を落とす。
間を空けずに、次は肩から腰まで聖剣を振り下ろした。
胸には交差する十字の傷口ができあがった。
彼が着ていたスーツは跡形もなく消え去り、激戦を裏付ける傷痕ばかりが目立つ上半身が晒された。
後ろに倒れそうになる衝撃を両足で踏ん張って、体勢を整えるラオメイディア。
レイランも、涸れた喉を叱咤して声を張り上げた。
聖剣の先を、ラオメイディアの腹に向ける。
そして、走りだした。
銃から発射された弾丸のように、残された力を振り絞って駆けていく。
ラオメイディアは、ただ呆然と立ち尽くす。
諦めた表情ではない、受け入れる表情だ。
「うぅ……はは、ははは……」
切先は、ラオメイディアの背中に突出していた。
剣身は血に塗れ、燃え盛る炎に照らされている。
ラオメイディアの腹に沈んだ聖剣を、両手で持ち直す。
レイランは覚悟を決め、力強く言葉を発した。
「見せてやる! お前を倒すために身につけた必殺技を!」
魔力が手を伝って、聖剣に集中する。
『魔法剣:炎』を発動させ、刃が炎に包まれた。
更に炎の勢いが増していく。
レイランが魔力を注ぎ込むたびに、炎は勢力を拡大していった。
「魔法剣を極めた最終奥義! 『属性解放聖剣:炎』!」
レイランの魔力を取り込んだ聖剣は、炎を解き放つ。
魔力は爆発力となって、何もかもを吹き飛ばした。
社長室の壁は耐えきれず、爆発に巻き込まれて飛んでいった。
重々しい轟音が響き渡り、視界が光に覆われる。
ラオメイディアは抉れた腹部を見せて、倒れている。
壁を失ったため、風が焼き焦げた紙片を外にばら撒いていた。
雲が移動し、月明かりが差し込む。
爆発は炎すらも飲み込み、社長室は静寂に包まれている。
風の音、コンクリートが崩れる音。
外からは、勝利の歓声が聞こえてくる。
火の粉が舞う中、レイランは足を踏み出した。
とても重い一歩を繰り返して、ラオメイディアの傍らに佇む。
一呼吸して、ラオメイディアの口が開く。
「復讐をして……何か得られた?」
「……俺は、お前を倒して自殺するつもりだった。だけど、この戦いを経て、俺は……”生きる目的”を見つけた。それに、お前を殺しても復讐は終わらないことに気付いた。マギア村が襲われた本当の理由、俺はそれが知りたい。だから俺は、戦い続けることを決めた」
「そういうものなのかな、復讐の先にあるものって」
レイランは聖剣を後ろに持っていく。
「ミミゴン。元の姿に戻ってくれ」
「……いいのか?」
「もう、俺には必要ない。致命傷で、死に瀕している。……助からない」
俺は聖剣から人の姿に変身する。
改めて周囲を見渡すと、酷い惨状が理解できる光景だ。
ここはもう本社として、利用することは不可能なほど破壊されている。
そうか、勝ったんだな俺たち。
ラオメイディアが小さく目を開けて、レイランを見つめる。
「……優しいね」
「勘違いするな。今は、情報を聞き出す時間だ」
「厳しいな、君は。僕の糧として存在していた君に、倒されるなんて。強くなったね……レイラン。こうなるんだったら、君を殺しておくべきだったよ」
「後悔は目を閉じてからだ。マギア村の子供たちを奪うよう依頼した依頼主は誰だ?」
さっきまで猛威を振るっていた人物とは思えないほど、弱々しい声が聞こえる。
「依頼主は複数の人物を通じて依頼していた。大本を辿って調べた結果、ある人物が浮上したんだ。法則解放党、最高責任者……乃異喪子だと推測した。依頼主はおそらく、乃異喪子だよ」
「乃異……喪子。奴は、どこにいるんだ!」
「所在不明さ。僕はあらゆる情報屋を駆使したけど、足取りはつかめなかった。ただ、奴が以前、居た場所なら分かっている」
「聞かせてくれ。手掛かりなら、あるかもしれない」
「……絶海に漂う戦艦。しかし、廃船だ。誰もいない、まるで幽霊船みたいな状態だよ」
「……海? どこの海だ?」
ラオメイディアは鼻孔を広げて、空気を嗅いでいた。
「世界地図を見て、左の海だ。グレアリング王国周辺に、ロス村という村落がある。ロス村より西を目指した先の海が近いはずだよ。今頃、その辺を漂っているさ」
それを聞くと、レイランは月を見上げた。
俺は『念話』で、ある人物と繋ぐ。
傭兵派遣会社を壊滅させたことを伝えるために。
(……終わったのね。エリシヴァ女王に伝えても大丈夫?)
「ああ、構わない。エンタープライズが……傭兵派遣会社を壊滅させたとな」
「エンタープライズが」を強調して、俺は心から喜んだ。
たった一週間ほどだったけど、長き戦いが幕を閉じるのだ。
勝てないと思っていた相手に勝った。
それは、エンタープライズの結束力が増したという証明。
すぐにでも、勝利の祝賀会を開きたいところだ。
『念話』の相手イフリートは声を低くして尋ねてきた。
(傭兵派遣会社壊滅……この報告がされた途端、世界は大きく動き出す。ミミゴン王に休む時間はないわ)
「もちろん、分かっている。今度は戦争終結に向けて、動かなければいけないな」
先行きが不安とまではいかないが、俺個人ができることには限界がある。
それでも、足掻いていかなければならない。
エルドラの夢を叶えるために、俺は進み続ける。
(それと、ミミゴン王。一つ、いいかしら)
「ん、なんだ?」
(とある解決屋ハンターが、傭兵集団を取り逃がしたみたいでね。どうやら、本社の方に向かっているらしいの。あなたたちで捕らえてくれない?)
「傭兵集団を取り逃がした? 余力のある兵士に向かわせるとして、数は?」
(四人ね。新都リライズ第4番街の近くよ。頼んだわ)
「ああ、分かった。そっちも頼んだぞ」
『念話』を終えると、話を聞いていたレイランが近づいてきた。
「その傭兵、俺が捕まえてこようか?」
「疲れただろ? 無理する必要はないんだ」
「無理しているつもりはない。落ち着いた今なら、回復薬が飲める。それに雑魚だろ、俺だけで十分だ」
「はぁ、分かった。けど、武器はどうするんだ」
無理矢理に笑ったラオメイディアが指を伸ばす。
「そこに落ちている僕の武器……魔剣を持っていくといいよ」
少々苦悩した後、レイランは拾いあげる。
そして魔剣を片手に携えて、扉を目指した。
「じゃあ、行ってくる」
「無茶するなよ。後で、部下を向かわせるからな。それから、祝賀会も用意しておく!」
扉の閉まる音が聞こえて、ラオメイディアは息を吐き出す。
これから死ぬというのに、安らかな笑顔を浮かべている。
だから、話しておきたかった。
「正直、ラオメイディアには嫉妬した。だってさ、傭兵派遣会社はあらゆる種族を束ねているよな。こっちは種族間の差別をなくすのに必死なのに、お前はいとも容易く仲間にしやがる」
「嬉しい言葉だね。だけど、この技術は……先生の真似をし続けて得たものさ。それに先生の方が、もっと優れている。どこまでいっても勝てないよ、あの人には」
「真似し続けるだけでも大変だろ。継続する力というか、執念というか。そういえば、その先生も俺と同じ転生者らしいが」
「ミミゴンも地球という異世界から来たの?」
「ああ、魔力も魔物もいない。だからといって、平和ではなかった」
「まさか、先生の言っていたことは本当だったんだ。先生はね……」
ラオメイディアは、先生について語り始めた。
天国進という日本人。
乃異喪子に回収された子供たちの面倒を見る先生。
孤児院では、とても愛されており、ラオメイディアの教育を施したのも彼だ。
ラオメイディアの話を聞いている限り、聖人といっても過言ではなさそうだ。
しかし、天国は殺された。
乃異喪子の実験に付き合わされ、孤児院の子供を残して死んでしまった。
彼の夢は、戦争を無くすために世界を変えること。
死者は、もう夢を叶えることはできない。
死ぬと夢を失うから。
だけど、彼の夢を継いだものがいた。
ラオメイディアは彼の夢を背負い、意志を受け継いだ。
だから、俺らと戦う運命が定まった。
そして、夢は夢のまま、消えていく。
叶えることが叶わぬまま、夢は散りゆく。
「ラオメイディア……その夢、俺の夢にしていいか?」
口角を上げて、微笑む。
「僕に聞かれても困るよ。自分で見つけた夢は、自分に聞くんだよ」
「正論だな」
「けど、どうしても迷ってしまったなら……」
ラオメイディアは『異次元収納』で、黒い手帳を取り出した。
震える腕を突き出して、手帳を渡す。
「それを見てほしいな。夢に立ち向かい続けた者達の日記さ。多少は楽になるはずさ。はぁ……もう時間みたいだ。最期に、君に会えて……よかったよ」
「ラオメイディア……」
後ろの扉が勢いよく開かれる。
三人の足音が一斉に、ラオメイディアのもとに向かう。
「君たち……」