145 VSラオメイディア―7
「ど、どうなっているんだ。俺の剣が!」
「魔剣ブラッディソードが、君の聖剣を腐蝕させているのさ。ほら、もう刃がなくなっているよ」
聖剣の刃が魔剣の刃と接触するたびに、聖剣が朽ちていく。
とうとう持ち手だけとなり、レイランは腹を思いっきり蹴られた。
衝撃で剣を手放してしまい、床を転がる。
周りは機械龍の攻撃により、火の手があがっていた。
焦げ臭い煙が、レイランの鼻孔を刺激する。
「くそ、これじゃあ……」
「僕に勝てない、よね? これで君は、お終いだ」
レイランは両腕に力を込めて、起き上がる。
ただ、その手には武器が握られていない。
絶体絶命に陥ったレイランは、どうしようもなく拳を固めるだけだった。
ラオメイディアが魔剣を振りかざし、ゆっくりと一歩を踏み出して迫っていく。
「僕は過去に全てを奪われた。奪われたものは、もう戻ってこない。だけど、僕には皆から託された夢がある。僕の夢が叶って初めて、あの子たちは報われるんだ」
「何を言ってるんだ、お前は」
「君のように、僕も友達を奪われた。先生も奪われた。だから、君のように復讐を誓った。夢を叶えることを誓った。レイラン、あの時は仕方なかったんだ。君の村を襲うことで、大金が手に入った。傭兵派遣会社をより成長させるための資金を手に入れたんだ」
「黙れ! お前のせいで、家族も友人も失ったんだ!」
「運が悪かったんだよ、君たちは。残念だけど、僕のために犠牲になってくれ。それが僕のためであり、君のためにもなるんだ」
ラオメイディアは、目の前のレイランに剣を振り下ろす。
「終わりだ!」
「させるかよ!」
振り下ろされた刃が止まる。
血に塗れていく片手で魔剣を握り締めていたのは。
「ミミゴン!」
「同情させられんなよ、レイラン! 倒すと決めたんだろ。倒して、復讐を終わらせるんだ」
「藤原君を倒したの、王様? さすがだね」
人間に『ものまね』したミミゴンが立っていた。
ミミゴンは掴んでいた刃から手を放し、ラオメイディアは後ろに飛び退く。
受け止めた手のひらは血だらけで、指先から血が垂れている。
「ラオメイディアも、レイランと同じように哀れな人生を過ごしたのか。だから、同情してほしいのか」
「同情を求めて、負けてほしいと思ったんだけどね。案外、簡単に折れないんだね、決意した心は」
「お前の目的が見えてこない。この傭兵派遣会社で、何がしたかったんだ」
「法則解放党、という秘密結社を知ってる?」
ミミゴンは顔をこわばらせて、話を聞いた。
「奴らは、僕を殺した。友も殺した。先生も殺した。だから、僕は法則解放党に対抗するため、傭兵派遣会社を設立した。だが、奴らは現れない。おそらく、どこかに身を潜めているのだろうね」
「だから、世界を荒らしまくる。そうすれば、奴らも黙っていないと」
「エンタープライズは潰しておきたかった。世界各国は、君たちを何と評価していると思う? 最強の国だって。じゃあ、僕たち傭兵派遣会社が倒せば、大国は恐れるだろうね。恐れる世界を支配すれば、法則解放党が僕たちを倒そうと現れるだろう」
「協力するということは考えなかったのかよ」
ラオメイディアは笑う。
「信じることができないよ。信用できるのは、僕を心の底から崇敬する部下だけ。法則解放党は既に、大国を支配している。こうなっては潰すしかないよね、世界を」
「裏で通じているというのか、グレアリングやリライズが」
「エンタープライズを襲ったのも、単に最強を名乗りたいからじゃないんだ。ミミゴン、君が法則解放党に通じている可能性があるからだ」
「何を馬鹿なこと言っている。むしろ、俺たちが法則解放党を目の敵にしている。グレアリング王国が襲われたんだ、奴らに」
「法則解放党の最高責任者は、転生者と呼ばれる存在だ。君は転生者だよね。ミミゴンから漂う雰囲気は、転生者に似ている。藤原君や先生、乃異喪子と同じ臭いだ」
ミミゴンの目の色が変わる。
ラオメイディアはミミゴンの変わりようにも動じず、話を続けた。
「転生者というのは本当みたいだね。安心したよ。君も随分、疲弊しているね。藤原君のおかげかな」
「俺を倒して、奴らの場所を聞き出すってわけか」
「正解だよ」
「だったら、無駄だな。俺を捕まえても、奴らについて全く知らないから答えようがない」
「だけど、転生者なんでしょ。法則解放党に繋がる情報を持っているかもしれない。関係ないって顔をされても、僕はやるよ。じゃ、話は終わり。決着をつけようか!」
容赦なく、ラオメイディアは攻めてきた。
ミミゴンは、レイランに向き直って叫んだ。
「剣を失くしたのか!」
「すまない、ミミゴン。奴の魔剣は、あらゆる武器を腐蝕させるらしい」
「想定外の事態だな」
「そうでしょ、ミミゴン! 抵抗なんて無駄なんだから、大人しくやられなよ」
「だからって立ち止まっているわけにはいかない。レイラン、俺を使え!」
「は?」
真っ赤な刃が、ミミゴンを襲う。
刃の動きを見極め、華麗に避けて、レイランの前に立った。
「俺が『ものまね』できるのは、人や魔物だけではない。物にも化けることができる。そして『ものまね』は、化けた対象の性質を完璧に得ることができる」
「つまり……」
「上手く扱え、ってことだ! 『ものまね』!」
『ものまね』が発動した途端、ドローンが小さく変形し始めた。
やがて、聖剣D・ワーフへと姿を変えたミミゴンを、レイランが手にした。
「君が剣になったところで、意味はなさそうだけど」
魔剣を構えて、ラオメイディアは歩く。
不敵な笑みを浮かべ、どこからでもかかってこいと訴えるような目で睨んでいる。
レイランは足元に火が付き唇を噛みしめるが、聖剣となったミミゴンが『念話』で励ました。
(握り締めろ、レイラン! 決して、俺を離すんじゃないぞ。俺も戦うから、お前も戦い続けるんだ!)
「ああ、全力を尽くすのみ……だな!」
聖剣に雷が走り、レイランは瞬間移動する。
そして、互いが刃を押し付けた。
力と力の比べ合い。
それは自分の全てを理解させようという必死さを感じさせた。
どちらも主張を譲らず、強引に通そうとする。
我儘を貫き通すために、二人は戦うのだ。
全身から噴き出してくる勇気。
いったい、どこに隠れていたんだ。
傷口から逃げていく血液に恨み言をぶつけながら、レイランは剣を振るった。
そんなレイランを見て、微笑みながら語り掛ける。
「もっと早くに、レイランと出会っていたら……僕たちは手を取り合っていたかもしれないね」
「そもそも、村を出る必要はなかったんだ。俺はお前を倒す一心で、飛び出してきたんだぞ! 今は黙って戦えよ!」
ラオメイディアは距離をとり、ゆっくりと大きな呼吸を始めた。
腹の底から声を引き絞り、バーベルを持ち上げるように力んでいる。
すると腕や脚が発達し、スーツの上からでも筋肉が大きくなっているのが確認できた。
小さく髪に隠れていた角も、全体が威圧感を増すたびに鋭く伸びていく。
完成された姿は、もはや人ではなく怪物と呼ばれるに相応しい体つきとなっていた。
「『龍化』! ふふ、一応龍人なんでね。僕の全力、発揮してみるよ」
変化前と比べ、一回り屈強になった様子は恐怖を引き起こすのに十分だった。
それでも、レイランは剣を放さなかった。
これまで積み重ねてきたエンタープライズとの思い出。
そのことを想うと、何が相手でも立ち向かってやろうという精神力が湧いてくる。
「ぶっ潰す! 絶対に!」