ヒストリー オベディエンス
「なぜです! なぜ、私の研究を認めてくださらない!」
「君は、リスクという言葉を知っているのか? それに、この判断は大統領がなされた。よって君を、リライズ兵器開発部門から除名する」
リライズ大学最上階にて、二人は言い争っていた。
互いにメリット、デメリットを伝えあう。
学長は、18歳のオベディエンスに期待していたが、その気持ちはとうに消え去っていた。
「ジントニック学長、”神”を目覚めさせることが、この国の発展につながるのです。先ほど行った研究発表でも、その効果は目を見張るものでしたでしょう!」
「オベディエンス君、君はあらゆる分野に精通した学者だ。だが、君には兵器開発の才がなかった。ただ、それだけのことだ。大丈夫、教授にすぐになれるよう、私の方から推薦しておくから。後日、国から通知が届くはずだ。楽しみして待っていてくれ」
「しかし!」
「それと、兵器開発部門での事は誰にも話してはならない。国家機密なのでな。さ、出口は、あっちだ」
学長は淡々と扉を指さした。
大学を飛び出して、帰路に就く。
「あの分からず屋め。国も、まるで話にならない。あんなので大統領と名乗れるものだな。私が”神”を目覚めさせれば」
「――世界を制すことができる。そうだよね、オベディエンス君」
「ああその通りだ……って誰だ?」
目の前に、背の高い細目の龍人が立っていた。
男は笑って、オベディエンスの前に立ち、ドワーフを見下ろした。
「……武器屋なら商業区だ。ここは、リライズ大学。あなたには関係のない場所だ」
「そうとは限らないよ」
「なに?」
男は片膝をついて、オベディエンスの目線に合わせた。
「僕の名前は、ラオメイディア。世界をより良い方向に導く主導者さ」
「主導者だというなら、部下は何人いるんだ?」
「エルフの子……だけかな。あとで、グレアリング王国から誰か連れてこようと思っているけど」
「で、”神”を使って何をするつもりなんだ?」
「決まっているでしょ。世界征服だよ。僕はね、間違いだらけの世界を解体し、一から作り直そうと考えているんだ」
熱意が宿った力強い言葉に、オベディエンスは苦笑する。
この男は何を言っているのだろうと。
けど、協力してみたいという気持ちも現れる。
実際、オベディエンスも同じことを考えたことがあった。
彼は第0番街の生まれで、新都リライズまで必死に上り詰めた。
ひたすら学問に励んだ日々を思い出す。
私は新都リライズを崩壊させるために、勉強してきたんだ。
なら、この男に利用されてやろう。
国に操られるより、この男に操られる方が何倍もマシだ。
「俺なしじゃ、神は操れないし、復活させることもできない」
「分かっているよ。だから、君に声をかけたんだ」
「なら、約束してくれ。俺に自由を与えてくれるとな」
「ああ、オベディエンス君に束縛は似合わない。僕が真の自由を与えよう」
ラオメイディアは、リライズ大学へと歩いていく。
オベディエンスも男の行動に理解し、共に歩いた。
彼なら、不可能を可能にしてくれるかもしれない。
いや、ラオメイディアだけが実現できる。
こんな想像でしか存在しない世界にするという幻想を、この男はバカ真面目に叶えようとしているのだ。
目の前の人物に、確かな尊敬と従順であることを誓った。
オベディエンスは正直な質問をした。
「”神”は地下で厳重に管理されている。失敗したら終わりだぞ」
ラオメイディアは、笑いながらも自信満々に答えた。
「成功しても失敗しても、最後に笑うのは僕なんだ。安心して、僕を信じなよ」
「変なことを言うかもしれないけど、あなたといると心が落ち着く。成功が約束されているように思えるんだ。あなたは私を受け入れてくれた。それが、とても嬉しかった」
「天才だからこその苦悩だね。君が人々に合わせる必要はない。君に合う人々をつくるべきなんだ」
「そうか、私は無理に理解者を増やそうとしていた。だから、納得してもらえなかった。まったく、私は愚かだ。はやく、あなたみたいな人を見つけるべきだったな」
「それから、ドワーフの君にも戦ってもらうよ。そろそろ、ドワーフは戦闘に向いていないという認識を崩してもらいたいんだ」
「ああ、世界を相手にするんだ。それぐらい可能さ。大国が相手でも倒す研究、最高に面白そうだ」
「私は、この日の為に研究を続けてきた。私の計算に間違いがないことを証明させてくれ、トウハ!」
「うるせぇ……絶対、勝つ!」
オベディエンスは一回り大きい機械を身に纏い、ひたすらトウハを殴り続けていた。
鉄の拳に魔力を組み合わせて、トウハの全身を傷だらけにしている。
さらに、トウハの攻撃は必中しない。
どんなに素早く動こうとも、大斧が振り下ろされた時には消えている。
広い本社の玄関は、血と砕けた壁の破片が散らばっていた。
「くそ、『未来予知』がうぜぇ!」
「想像できなかっただろう? 雑魚のドワーフに殺される自分を。私はな、真剣なんだよ!」
言葉に続いて、大岩ほどある拳を打ちつけた。
トウハの胸を砕く勢いで放たれ、虚しく宙を舞う。
血の混じった唾を吐いて、起き上がるも次に試す攻撃が思い浮かばなかった。
トウハは、兄のクラヴィスが羨ましいと感じていた。
国防軍の中では最強のトウハでも、戦闘技術で兄に勝てたことは一度もない。
だから兄を尊敬して、自分を情けなく思った。
兄なら、どうやって攻略するのだろうか。
クラヴィスに縋る思いで、脳を回転させたが。
「馬鹿の一つ覚えか。ただ振り回して、当たるわけないだろうが」
横一文字に振るった刃は空を切るだけで、かすりもしなかった。
未来を知ったオベディエンスは、がら空きの背中を襲う。
血を吐き出しながら床を転がり、全身を震わせて倒れた。
強力な衝撃をまともに食らっても、トウハは武器を離さない。
戦う力はあっても、勝利する手段が見つからない。
これまで、ラヴファーストから様々な魔物の討伐を依頼され、全てを達成してきた。
それが己の力となり、ミミゴンやエンタープライズ、そして友を助ける力を身につけたと確信していた。
「馬鹿な自分は、力だけを信じた。それ以外の事は、頭に入らねぇからよ。仲間を守る力、ただそれだけを得ることしか考えられねぇんだよ。なのに、こんな様だ。なんだったんだよ、俺が信じて磨き続けてきた力は!」
「魔物を倒せば、強くなる。実に、単純明快な真理だ。つまり、君は私よりも弱い。その一言に尽きる。挑むには早すぎたということだ」
力を振り絞って、トウハは立ち上がる。
無駄だと知っていようと、足掻き続けることだけは決意していた。
鬼人を助けてくれたミミゴンに忠誠を誓った。
だから、諦めようとは考えない。
何より、レイランが命懸けで戦っている。
それなのに、ここで諦めたら、あとでレイランが馬鹿にしてくる。
それだけは避けたい。
満身創痍でも、戦い続けなければならないんだ。
自分を奮い立たせて、武器を構えた。
「見苦しいぞ、トウハ」
「心配してくれてありがとな」
「いや、心配したつもりじゃないんだが」
「よし、勇気が出てきたぞ! おお!」
「はぁ、見ていられない。気が狂ったな」
「どうだ、余裕あるように見えてきただろう?」
「無理しているようにしか見えないぞ。顔を歪ませて、何が余裕だ。いい加減、逃げることも視野に入れるんだ」
トウハは全身に響く激痛を我慢して、余裕であることを演じた。
ただ荒い呼吸は、誤魔化しきれない。
軽く笑っても、切羽詰まった状況であることに変わりはないのだ。
だが、こうして時間を稼いだことが、トウハを助けることになった。
脳内に、グレーの声が響く。
(トウハ、そのドワーフは『未来予知』を使うのだね)
「村長!」
トウハが突然、声を出したことにより、オベディエンスは驚いた。
哀れな目で、トウハを睨みつける。
「幻覚でも見えたのか」
「それで、どうすればいいんだ、村長?」
(ロクシアースという魔物が『未来予知』を使える。調べた結果、奴が予知できるのは一体だけだ。つまり『分身』を使えば、勝機はある)
「よし、それでいくぜ」
(ま、待ちなさい!)
グレーは走りだそうとするトウハを止めて、言葉を続けた。
(説教は省きますから、聞きなさい。『分身』による攻撃が通じるのは、一回だけだと思ってください)
「なんでだよ」
(そのドワーフは賢いのでしょう。おそらく、一度攻撃したら対策されてしまいます。ですから、トウハ……一気に攻めなさい。単純明快な作戦でしょう)
「村長……分かったぜ。ありがとな!」
(ここまで、よく持ち堪えてくれました。さあ、反撃の時ですよ!)
トウハは早速『分身』を発動し、自身の体を二つに増やした。
『分身』は単純に二人分の戦力となるが、分身体を動かすことは並みの者であれば苦戦する。
常に分身体を意識しなければ、動かすことができないからだ。
しかし、苦難を努力で乗り越えたのがトウハという男である。
「『分身』か! だが、動かすことは困難であるはず。狙うは、トウハ本体だ! 『未来予知』!」
「かかってこい!」
オベディエンスは、トウハに目を向けて直視する。
同時に、トウハは分身体と共に走りだす。
『分身』は武器まで複製することはできない。
武器を持っている方が本物であり、武器がなければ本領を発揮できない。
そう考えたオベディエンスは、攻めてくる本体に光り輝く瞳を見せつける。
黒い瞳が、青い光を放った。
光はオベディエンスの眼球に、未来で行動するトウハの軌跡を映し出していた。
「トウハの行動は私が支配する! 見えたぞ!」
オベディエンスは、トウハと分身体が同時に襲ってくる光景を目にした。
なので、武器を持ち上げたトウハに突進する。
巨体の金属を全体で受け止めたトウハは、歯を食いしばって地面に足を着け続けた。
そして、武器を放り投げる。
「どうせ、数秒先の未来しか見えないんだろ。夢見過ぎたら、隙ができるからな」
「……してやられたか。流石だな、称賛に値するよ」
分身体は跳躍して武器を受け取り、落下と同時に敵の左腕を叩き斬る。
火花が散って、床に機械の腕が転がった。
さらに攻撃を仕掛ける。
着地して大斧を横に振って、両足を切断した。
姿勢が崩れても、攻撃を止めない。
続いて、右腕に刃を突き立てる。
オベディエンスが操縦するロボットは四肢を切断され、無力化された。
トウハは、仰向けに倒れたオベディエンスを引っ張り上げて、近くに放った。
「こうなっては、私の負けを認めるしかない。VWAは、この先の階段を下りた先だ」
座り方を改め、目的の方向に指を突きつける。
「悔しくないのかよ」
「妙な事を聞くな、トウハ」
「お前が作った機械が、これから壊されるんだぜ。黙って見ていられるのか」
トウハの疑問に、オベディエンスは顔を俯ける。
やがて、ため息と共に小声で話した。
「いいのだ。潔く負けを認めなきゃいけない時というものがあるのだよ。それが今だ。自分の未熟さを思い知らされた。さあ、行ってこい。早くしないと、VWAは更に強く進化するぞ」
「おっと、そうだった。じゃあな! 今度、俺の武器を改造してくれよ!」
トウハは武器を背負って、走り去っていった。
地下に設置されている量子コンピュータ『VWA』を破壊すれば、外のモークシャは停止する。
オベディエンスは無残に破壊された目の前の機械を見て、トウハを恐ろしく感じた。
私の体とも言うべきロボットが、こうなってしまうんだ。
VWAは跡形もなく、破壊し尽くすだろうな。
それから目を瞑って、胡坐をかいた。
「お前への扱いは酷かったけど、二人で研究開発した時はとても楽しかった。純粋な研究者としての気持ちが表出していたんだ」
(オベディエンス……)
どこからともなく声が聞こえてくる。
『念話』によって、両者の声は接続された。
「コペンハーゲン、すまなかったな。この14年間、とても苦しんだだろう」
(今更、謝ったって、過ぎた時は返ってこないんだ)
「……返す言葉もない。だが、一つ伝えたいことがある」
(…………)
「私の頭脳に付いてこられたのは、君だけだった。私の研究に理解を示してくれたことが嬉しかったし、共に議論を交わすこともできた。研究者として、これ以上ない喜びを得た。君は良き理解者だ。私に合う人が見つかったことが、一生の宝物だ」
(それが、リライズ大学で最も優秀だった研究者の言葉か……)
「私のような研究者にならないよう、気を付けたまえ。孤独は毒だ。君の住むエンタープライズでは、協調性を大切にするのだ。理解してくれないのなら、分かりやすく説明してあげるのだ。それでも分からないなら、何度も。分かりやすく、丁寧に、優しく。そこまでしても理解できないようなら、君の負けだ。理解できない人間が悪いのではなく、理解させられない自分が悪いのだと肝に銘じておけ」
(オベディエンス……)
「これで心置きなく別れられる。ありがとう、友よ」
オベディエンスは『念話』を切って、立ち上がった。
割れたガラス窓の先から、こちらに向かって二人が歩いてくる。
「ラオメイディア様、こうなった今でもあなたを信じています。57年前、あなた様が言った言葉を今でも忘れていません」
成功しても失敗しても、最後に笑うのは僕なんだ。
安心して、僕を信じなよ。
オベディエンスはエレベーター内に入って、二人を待った。
二人が入ってきたのを確認して、エレベーターのボタンを押す。
扉が閉まり、三人はラオメイディアのもとへと向かった。
時を同じくして、死者に呼びかける声も静かになった。
傭兵派遣会社とエンタープライズの戦いは、遂に最終局面を迎えたのだった。




