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ミミック・ギミック:ダイナミック  作者: 財天くらと
第五章 傭兵派遣会社壊滅編
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ヒストリー アスファルス

 一年前、解決屋が設立され、グレアリング王国周辺地域の者は皆、喜んだ。

 ハンターと呼ばれる者達が魔物退治を積極的に引き受け、生存率が前年の倍以上となった。

 当時20歳のハウトレット・ナーレと8歳のグレアリング・リーブが国民を動かし、解決屋ができあがる。

 隠れ住んでいた山を山賊に奪われ、アスファルスはグレアリング王国に逃げ込むしかなかった。

 グレアリング王国に逃げ込んだ21歳の時、ハウトレットに誘われ、解決屋のハンターとして大活躍する。

 絶滅したオークの最後の一人として、アスファルスは必死に生きた。

 種を残すことが目的ではなく、オークとして生き抜こうと決めたのだ。

 ただ、猪頭を世間に晒すと、人は彼を恐れた。

 ゆえに、いつも孤独に戦い、仮面とフードを付けて、解決屋ハンターを名乗っている。

 いつしか、解決屋で知らぬ者がいないほどの有名人となり、依頼も困難な魔物の討伐ばかりさせられていた。

 次第に生きているという充実感を失い、魔物退治もスリルの無い戦いとなってしまった。

 そんなある日、解決屋で一つの依頼を引き受けた。



「アスファルスさん! 名指しでの依頼ですよ」

「そうか。で、魔物は?」



 受付嬢は困った顔で、手紙を差し出してくる。



「それが……一度、アスファルスさんに会ってみたいそうです」

「確かに、そう書いてあるな。場所は……リザリア平原か」



 トルフィドの村とグレアリング王国の境にあるリザリア平原。

 リザリア平原のミクサ湖で待っていると、手紙に記されている。

 一見すると面倒そうな依頼の類ではあるものの、何かを導く不思議さを感じた。

 アスファルスは、この依頼主に従い、ミクサ湖に向かうと一人の男が佇んでいた。

 黒い長髪を振って、こちらを一瞥すると腕を大きく広げて笑った。



「君がアスファルスか。噂通りの大男だね。頼りになりそうだ!」

「お前が依頼主か。魔物は何だ?」

「仕事熱心だなぁ。魔物を狩るだけの人生になるよ?」

「俺は魔物を倒すために、ハンターをしている。さあ、依頼内容を話せ」



 男は、ため息をついて笑っていた。



「夜になったら、現れるというタイラノサウルス。そいつを倒してほしいんだ。自慢の腕でね」

「120000エンだ。報酬金は120000だ」

「新都リライズで住める金額だね。いいよ」



 妙な男の口振りに少し苛立つ。

 アスファルスは、ふっかけた金額を口にしたつもりだったが、この男は納得した。

 男は「そこのテントで、夜を待とう」と言って、テントに入っていった。

 周りを見渡せば、魔物が走り回っている。

 アスファルスは、この男を怪しんだ。

 自分より小さな体だというのに、自分を超える強さを感じた。







 その強さは肌で感じた通りだった。

 タイラノサウルスに会うまでの道中、あらゆる魔物が襲ってきても、アスファルスは返り討ちにした。

 そして初めて、魔物に敗北した。

 順調に戦っていたアスファルスだったが、突如魔物に異変が起こった。

 瀕死のタイラノサウルスは、自身のレベルを倍にする能力がある。

 アスファルスは自慢の手足で攻撃するも素早く避けられ、魔物の突進をまともに受けてしまう。

 魔物は仰向けに倒れたアスファルスを踏みつけ、逃げないように拘束した。

 大きく開いた口の先に自分の顔があり、業火を浴びせられようとしていた。

 まだ、生きたい……誰か助けてくれ。

 諦めかけた瞬間、魔物の首は重量を感じる音を立てて地面に落ちる。

 何者かによって、首を切断されたのだ。

 安堵で涙が零れるが、すぐに拭いて、剣を持った男に顔を向けた。



「今、心の底から生きたいと思ったでしょ。戦う前の君の瞳は生気を失っていた。君は皆に頼られているのに、どうして生きようとしなかったんだ?」



 男は仮面越しの目を見ていた。

 自分でさえ見ようとしなかった瞳を、男はじっと見つめた。



「俺は、オークだ。皆が頼っているのは、オークではなく戦士だ。オークの俺ではない。すまないな、俺はオークなんだ」

「知っていたよ、会った時から。先週、君を見たんだ。豪胆無比な戦い方をしていて、見惚れたよ。だけど、戦う君の目は悲しそうだった。あれは生きる意味を失った目だ」

「この世界に、オークがいようといなかろうと何かが変わるわけではない。俺は、オークを……捨てたい」

「なんてこと言うんだ!」



 男は叫んで、剣を『異次元収納』に仕舞った。

 側頭部に生えた角、そうだこいつは竜人と呼ばれる種族だ。

 どしどしと草原を踏み鳴らしながら、アスファルスの真ん前まで歩き、肩を掴む。



「自分を捨てるというのか! とんでもなく、もったいないことだよ!」

「もったいないだと? 笑わせるな、竜人」

「僕が君に依頼したのは……君が”オーク”だからだよ! その身の頼もしさに、僕は惚れたんだ」



 自分に対する評価を、この男は熱くなって語った。

 アスファルスは、今までに感じたことのない温かな感情を知った。

 自分がどれだけ自分を貶めていたのか。

 世間が自分を攻撃していたのではない、自分で自分を傷つけていたのだ。

 男が仮面で隠した心に光を照らした。



「アスファルス、僕と一緒に来ないかい?」

「何をする気だ?」

「オークが、オークとしていられる世界にする。これは僕の夢なんだ。協力してくれないかな」

「面白いことを言う。お前の自信満々な顔。なんだか、叶いそうだ」

「ふふ、これは笑顔っていうんだ。今日から仮面を取って、一緒に笑うといいよ。もう叶ったんだと思いながら」

「俺がさっきみたいに失敗したら、さすがに笑えないがな」

「へえ、意外と腰抜けなんだね。あんな状況に追い込まれても、笑ってなよ」

「無茶言うな、死ぬんだぞ」

「成功しても失敗しても笑っていればいいんだよ。冷静になって、窮地を脱することに繋がるから」



 男が差し伸べた手を掴んで、起き上がった。



「僕の名前は、ラオメイディア。世界を変える英雄になるから、付いてきてね」

「そうか。……あ、依頼料をもらってないな」

「いや、失敗したじゃん! 結局、僕が倒したし、依頼未達成ね」

「ケチだな、英雄は」

「お金よりも大切なこと、教えるからさ」

「はいはい。俺を上手く使ってくれよ」

「よろしくね、アスファルス」



 そして、アスファルスは自らの手で仮面を外した。







「ふっ、いいように使われてんな、俺は。だけどよ、尽くしたくなるんだよ、部下として! ラオメイディア様の邪魔はさせないぜ、クラヴィス!」

「こちらも、ミミゴン様の邪魔はさせませんよ。そのために、部下はいるんですから」



 クラヴィスは大剣を構え、スキルを唱える。

 アスファルスは攻撃に備え、改造手術によって得た「魔物の力」を発動させた。

 たちまち巨体は黒くなり、鋼鉄と化した身はあらゆる力を激減させる。



「『紫電一閃』!」



 一瞬の内に、アスファルスの後ろへと移動し、大剣を振り下ろしていた。

 遅れて、風がアスファルスを撫でていく。

 静寂も束の間、滅多切りにする斬撃音が轟いた。

 アスファルスが呻き声を漏らす。

 鋼の身が、あの一瞬で何度も斬りつけられた。

 生半可な威力ではなく、まさに全身全霊の刃を食らわせたのだ。



「ほう、良い剣だな。これまで数多の戦闘を経験してきたが、間違いなく貴様は最強だ。最強の剣士を名乗っても良いぐらい、素晴らしい剣捌きだ」

「褒められるとは思っていなかったよ。だけどさ、褒めている暇があるなら……倒れてくれないかな、今ので」

「かすり傷でも付けられたら、称賛しかない。さて、こっちの番だな」



 黒光りする身には、ほん少しの傷しかなかった。

 クラヴィスの与えた威力がほとんど消されていたのだ。

 さすがに、この状況に心が折れそうになったクラヴィスは防御の構えをする。

 既に、クラヴィスは疲れ切っていた。

 先ほどから何度も、自身が持つ最強のスキルで斬り続けてきたのだが、一向に血が流れない。

 逆に、自分の方が手負いである。

 次の攻撃を受けたら危険だと確信したクラヴィスは、大剣の刀身を信じて盾にした。

 アスファルスは鋼から元の生身へと戻り。



「食らえ、『タイラントバースト』!」



 魂から迸る魔力を右腕に結集させ、巨体に見合わぬ速さで接近し、クラヴィスの大剣に打ち込んだ。

 大剣ごと貫こうとする力だ。

 クラヴィスは暴れ狂う威力を必死に押さえ込むが、全身を後ろに持っていかれる。

 拳から解放された大量の魔力が爆発し、耐え切れなかったクラヴィスは吹っ飛ばされてしまった。

 砂でできた固い地面の上を転がっていく。

 鍛え上げられた体が、暴力的なエネルギーの奔流に流されるものの、途切れ途切れの意識が大剣を地面に突き刺した。

 歯を食いしばって、大剣にしがみ付き、ようやく体勢を立て直すことができた。

 地面から引き抜いた武器を、詰め寄ってくるアスファルスに向ける。

 クラヴィスは閉じそうな眼で敵を睨み、強力な攻撃を耐えてくれた武器に心から感謝した。

 エンタープライズが改造した大剣は、折れずに共に戦ってくれている。



「俺の全力を受けて、立っていられるとはな。見事なものだ。だが、次はないぞ」



 クラヴィスは脳に幾度となく問いかけた。

 この状況を打破する方法を求める。

 思い出したのが、アスファルスは「魔物の力」を取り込んだことだった。

 すぐに、エンタープライズ城にいるニトルに『念話』した。

 ニトルさん、聞こえますか!



(クラヴィスさん、聞こえています!)



 心配するニトルの声が脳に響いて、安堵する。

 至急、アイアンゴーレムという魔物について調べてほしい。

 特に『魔鋼身』を使用している最中のことを。

 そう言うと、思わぬ答が返ってきた。



(既に用意してありますよ! 今、確認しますね)



 なんで、魔物の情報が。

 ニトルがゆっくりと、それでいて断固として言った。



(僕たちも戦っているんです! 奴らが魔物の能力を使用すると聞いて、ありとあらゆる魔物について研究しました!)



 ありがとう、と一言発したが言い足りなかった。

 時間があれば、何度も言っているだろう。

 しかし、今は一刻を争っている。



(クラヴィスさん。『魔鋼身』はありとあらゆるダメージを無効化しますが、使用中は魔力を消費し続けます。それも、攻撃を受けた時の魔力消費量は桁違いです)



 助かりました、ニトルさん。



(お役に立てて、何よりです。クラヴィスさん、勝ってくださいね!)



 互いに礼を言って、『念話』を切る。

 クラヴィスは、アイアンゴーレムと戦ったことはなかったが、解決屋の上級監察官として、調べられる限りの魔物を記憶していた。

 その中で、肉体を鋼のように変化させる魔物がいたことを思い出した。

 大剣を握る手に、力が加わる。

 自信に満ちた表情で、戦場を踏みしめた。

 『羅刹天』を発動させ、限界を知らない肉体へとなる。

 あとは、アスファルスへ突撃し、繰り返し繰り返し切り刻んでいった。

 再び『魔鋼身』で身を硬くしたアスファルスは余裕の笑顔でされるがままだったが、クラヴィスが諦めず剣を振る姿にやがて怖気づいてしまった。

 彼の目的が理解できたからだ。

 後ろに飛び退こうとするも、皮肉なことに鋼の身がそうはさせまいとしていた。

 『魔鋼身』の発動中は移動できないのだ。

 ただ黙って、像となるしかなかった。

 アスファルスは焦り、叫ぶ。



「だが、貴様の方が先にくたばるはずだ。くたばるはずなんだ!」



 クラヴィスは無我夢中で振るい続けた。

 身体中、満ち溢れる力を発揮し、雄叫びを上げる。



「なぜだ! なぜ、立っていられる! なにが貴様を動かしているんだ!」

「命令だからです。ミミゴン様の命令だから、戦い続ける! それだけです!」



 アスファルスは唖然とした表情で、クラヴィスの攻撃を受け続けた。

 ただ、クラヴィスはいくら最強と言えども、生きる人だ。

 クラヴィスも気付いていた。

 次第に弱っていく攻撃力に。

 しばらくして、もう紙すら切れない刃となっていた。

 震える腕でゆっくりと重い剣を持ち上げて、振り下ろす。

 刃はアスファルスの柔らかい肩で、完全に止まった。

 『魔鋼身』を解除した皮膚だというのに、刃は何も斬れなかった。

 クラヴィスは嘔吐しそうなほどの荒い息をして、剣を落とした。

 もう、武器を握る力が無くなっていたのだ。



「クラヴィス……俺の負けだ」



 アスファルスは全身から汗を噴き出していた。

 『魔鋼身』を長く発動させ過ぎたせいで、魔力を失ったのだ。

 こうなっては長時間、動くこともままならない。

 抵抗できないため、実質いつでも止めを刺せる状態である。

 アスファルスの両足は踏ん張ることもできず、地面に倒れ込んだ。



「はは、笑ってみたけど何も変わらなかったな。久しぶりに負けた感覚を味わったぜ。さ、もたもたしないで刺しな」



 大剣を引きずりながら、クラヴィスは歩く。

 呼吸は定まらず、飽きるほどに肩を上下していた。

 そんな状態では、自分の身長ほどある武器を持ち上げることは叶わなかった。

 尻餅をついて、とうとう座り込んだ。



「たとえ、僕に余力があったとしても、殺しはしませんよ。ミミゴン様は任せたと言いましたが、殺せとは言っていません。むしろ、殺してはいけないと命令されています」

「はっ、甘ったれたことを。後悔するぞ」

「あなたは昔、善い人だったんですよね。解決屋の古い歴史に、あなたの名前がありました。人々はあなたのことを、高く評価していましたよ。魔物退治も、時には無料で引き受けた。街の人とも仲が良く、それだけに、あなたがいなくなったことを残念に思っている人がいたそうです」

「昔の俺に戻れと? ふざけんな、俺はラオメイディア様のために戦っているんだ」

「そのラオメイディアが、昔のあなたに戻れと命令したら、どうするんですか?」

「そんな命令、あの方が命じるはずがない」

「それは、どうでしょうか」



 クラヴィスはアスファルスの目を見て、活力ある言葉を発した。



「ミミゴン様は、人を変えます。僕もそうですし、グレアリング王国が恐怖した吸血鬼ツトムさんも変えてしまいました。今では、僕たちエンタープライズのために命をかけてくれています。もしかしたら……あなたが慕うラオメイディアも」

「どうして、そんなことが言い切れる」

「そうなってほしいと、僕が願うからです。ラオメイディアとミミゴン様、どこか似ているんです。歩く方向は異なれど、目的地は一緒なのかもしれません。アスファルス、あなたたちが戦う相手は僕たちではありませんよ」

「……わがままなお願いを聞いてくれないか」



 アスファルスは大の字に倒れて、空を見上げた。

 どこかで爆発する音、誰かが雄叫びを上げる声、まさに戦場の光景だ。

 だけど、この空間だけは違った。

 ここにはもう、戦う理由なんてものはなかった。

 さっきまで敵対していた相手は、そこにはいない。



「なんですか?」

「ラオメイディア様のところへ、行かせてくれないか。ダメだと分かっているが……」

「いいですよ。僕の残っている魔力を分けます。それで歩くことぐらいはできますよね」



 するとクラヴィスはアスファルスの胴体に触れ、微量の魔力を送り込んだ。

 アスファルスは両手を上に伸ばして、手のひらを開いたり閉じたりを繰り返す。



「疑わないんだな」

「ええ、生きたいという目をしていますから。いい笑顔ですよ。それに、あなたは最後のオークです。僕の手で絶滅させるなんてこと、したくありません。せっかくの命です、最後まで罪を償うことに使ってくださいね。僕との約束です」

「約束か。守らないと、今度こそ殺されそうだ。ありがとうな、クラヴィス」



 アスファルスは立ち上がる。

 ボロボロになった鎧を、自らの手で外した。

 血で塗れた小手も外して、投げ捨てる。

 再び戦おうという意思はなかった。

 心には、最期までラオメイディア様の側にいたいという純粋な願いだけがあった。

 重い足を一歩ずつ前へ歩かせて、本社を目指した。



「お金よりも大切なこと……か」

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