ヒストリー ラオメイディア―9
「あなたに注射したのは、クイーンネクタルの髄液。適合したあなたは『超再生性質』を持つ身となったの」
名前からして、死にそうになさそうだ。
俺は奴らのせいで、不死身の体になったわけか。
両足で立って、乃異喪子を睨む。
乃異喪子は強風を起こす勢いで、俺を指さした。
「何としてでも捕らえなさい! 逃がしてはなりません!」
脚を撃ち抜かれ、前に倒れる。
しかし銃弾に開けられた穴は、スキルで塞がりつつある。
近づいて捕らえようと腕を伸ばした兵士に、木のナイフで首を突き刺して立ち上がった。
不死身といっても、衝撃まで失わせることはできない。
海に向かって走りだすも、背中を弾丸に押され、前のめりになってしまう。
脚全体の筋肉を働かせ、倒れることだけは避けた。
奴らに追い付かれたら。
背後から、乃異喪子の叫び声が聞こえた。
「『ハリケーンアロー』!」
突風が矢の形となって襲うスキル。
俺を止めるためだ、威力も桁違いのはず。
あと数メートルで、荒れ狂う海に辿り着く。
そして、後ろで何かが弾ける音を耳にした後、空気を切り裂く音を発しながら迫ってきた。
当たったら、しばらく動けなくなる。
数秒後には矢が体を貫くだろうと、終わりを覚悟した時。
何者かの背中が、目に入った。
「貴様らを守るのが……俺様の役割だ!」
直後、ウルヴの胴体に大きく空洞ができあがり、後ろに倒れた。
肉片と血飛沫が、俺を赤く染め上げる。
倒れるウルヴを抱きかかえ、泣きながら怒鳴った。
「あのままでいれば、生きていられたかもしれないのに……どうして!」
「ふん、そのまま奴らの手駒になって、死ぬだけだ。だったら、親友を守って死ぬ方がカッコイイだろ」
「この大馬鹿者が。やめてくれよ、これ以上……俺の前で死ぬなよ」
「貴様の夢、皆が協力しているからな! 無事、逃げてくれよ……」
兵士が遠慮もなく、俺たちに詰め寄ってくる。
お前たちの想い、無駄にはしない!
最後に、ウルヴの手を強く握って誓った。
奴らはウルヴの死体を巻き込みながら、銃弾をばら撒いてくる。
俺は前だけを見て、走る一心で全力を発揮した。
体のあちこちが悲鳴を上げている。
背後で爆発音が響き、ウルヴの装備していた防具の破片が背中に降りかかる。
海が目の前に迫ってきた。
脚も撃たれ、立ち止まりそうになるも、歯を食いしばって、ようやく逃げ道の海へ飛び込んだ。
海は怒り狂った魔物のように暴れ回っている。
飛び込んだはいいものの、果たして生きて、陸に足を着けることができるか。
水面に体を打ちつける寸前、皆の笑っている映像が見えた。
それは……皆が生きているときに見たかったよ。
だけど、完全に死んだわけじゃない。
俺がお前たちを、先生を、憶えている。
決して忘れない、絶対に。
だから、戦う……強敵が現れても。
そして、この思い出は俺だけの秘密にしよう。
今の俺だけが知る秘密だ、誰にも共有できない秘密。
奴らと戦うには、俺の心では弱すぎる。
友達が死んで、先生が死んで……心は深い傷を負って、疲れ切っている。
俺の持つ記憶を封印しよう。
思い出す時は、火を嗅ぐことにしよう。
友を殺した火が蘇るだろうから。
そして湧き上がる怒りを、復讐の動力源に変えるんだ。
それから、”ラオ”の人格を殺そう。
心が役に立たないのだ、仕方がない。
この先、俺に会うことはもうないだろう。
ラオの意識が消滅することは、死に等しい。
あまりにも、無慈悲で残酷な決断だ。
恐怖と悲哀が襲ってきた。
だけど、俺は笑った。
先生の夢を叶えられるなら、こんな傷だらけの人格なんて喜んで捨ててやろう。
差し出した自分自身の意識は、海に揉まれるたびに薄れていく。
そして、自分の意識は新たな自分の名と使命を遺して消えていった。
先生と孤児の遺志を継ぐ者よ。
あとは頼んだぜ、ラオメイディア。
ここからは僕に任せて、ゆっくり休んでください……お疲れ様でした、ラオ。
僕が目を覚ましたのは、どこかの村だった。
海が近くにあり、砂浜に打ち上げられていた僕を介抱してくれたのだ。
その時の僕は、記憶喪失だった。
何も思い出せなかったわけではない。
ラオメイディアという自分の名前、先生の夢、孤児の皆、法則解放党、乃異喪子。
それ以外のことは忘れていた。
小さき頃を思い出そうとしても、頭が真っ白になるだけ。
この七か月を憶えているだけだ。
だけど、その記憶は自分が体験したはずなのに、自分のものではない感じがした。
どこかの誰かが託した記憶。
その誰かは、とても身近にいるはずなのに。
助けてもらった村のために、僕の持てる力で恩を返した11歳。
目的はあるけど、何からしようか迷っていた。
このことを村の友達に相談すると「世界中、旅してみなよ」と答えが返ってきた。
僕は世話になった村を去り、14年間もの旅をする。
この旅で様々なことを知り、たくさんの仲間を得た。
先生の計画では、最初に建国と言っていた。
だけど、いきなりは厳しいと考え、国の代わりに会社を設立した。
傭兵派遣会社『VBV』。
先生が書いていた日記の中で知った言語を学んで、社名にした。
暴力は暴力を生む、という意味のようだ。
僕たちには響かない言葉だけど、異世界人には響くはずだ。
そして、内に秘めた想いを忘れないように、復讐の念を忘れないように、と意味を込めて。
全ての夢を叶えるためには、暴力しかないと考えて。
戦争を無くすには、戦争を操るしかない。
いずれ、大国全てを支配する。
そのために、グレアリング王国、デザイア帝国、新都リライズを巻き込んで、密かに事を進めた。
戦争に協力した振りをして、大国と信頼を築く。
事が進めやすいように、傭兵派遣会社を守るために。
それから、戦争の中枢にまで傭兵派遣会社が介入し、いつでも戦争を終わらせるようにする。
どのような終わり方をするのも、自分で決められるように。
そうして、いつの日か世界を我が手中に収める。
その時、もう一度……奴らと戦う日が来るはずだ。
法則解放党との戦いに向けて、戦力も高める。
国という存在を超えた傭兵派遣会社は、法則解放党を滅ぼすことができるはずだ。
乃異喪子も含めて。
これが僕の復讐だ。
復讐を終えるまで、死ぬわけにはいかない。
いかなる強敵が立ちはだかろうと、絶対に打ち勝つ。
強敵こそ、自分を強くする糧なのだ。
先生、必ず叶えてみせます。
81年、自分は生きた。
僕は現在、赤い剣を握り締めている。
先ほど、失くした剣の代わりとして。
「さあ、始めようか。どちらの剣が強いのか。僕が握る魔剣か、君が握る聖剣か。かかってこい、レイラン!」
ナルシスから譲り受けた魔剣『ブラッディソード』。
この剣で相手の武器を受けた時、武器を腐蝕させることができる。
たとえ『超再生性質』を無効化する剣であろうと、役立たずとなれば、僕に怖いものはない。
僕の信念を貫き通すため、レイランを斬り倒す!