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ミミック・ギミック:ダイナミック  作者: 財天くらと
第五章 傭兵派遣会社壊滅編
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ヒストリー ラオメイディア―6

 朝、目覚めたのは、いつものベッドだった。

 周りは皆、寝ている。

 メデイアのベッドは空いている。

 おそらく、歌いに外へ出たのだろう。

 昨日と同じだろう。

 しかし、違和感は拭いきれなかった。

 奥のベッドで眠っていたはずのドワーフがいなくなっていた。

 とりあえず、体を起こして、宿舎を出る。

 思った通り、メデイアは木の踏み台に立って、深呼吸していた。



「おはよう、メデイア。昨日は……大丈夫だったか?」

「ラオ……おはよう。薬の副作用のこと? なら、大丈夫よ。もう慣れたようなものだから」

「副作用? もしかして、ワクチン接種に伴う副作用なのか」

「ええ、そうよ。そういえば、ラオは平気そうだったね。あたしは、ほとんど意識がなかったけど……ラオの声が聞こえた気がする。あたしを心配してくれている声が」



 申し訳なさそうに下を向いて、手を握り締めていた。



「ああ、必死に呼びかけたんだが、突き飛ばされたんだ」

「ご、ごめん」

「謝る必要はない。あんな状況になるんだ。仕方がない」

「ありがと、ラオ。……歌って、いいかな?」



 もちろん、と意味を込めて頷く。

 パッと明るくなった表情で、再び深呼吸して、昨日とは違った歌詞とメロディで朝に幸せをもたらした。







 朝食後、先生が手を叩いて、全員の視線を集めた。

 話の内容は、いなくなったドワーフの男の子についてだ。



「アーテ君のことで、皆に話したいことがあるんだ。アーテ君に原因不明の病が発生してね。彼は今、新都リライズの病院で治療を受けている。命に別状はないみたいだよ」



 安堵が一体となって、温かい空気に包まれる。

 だが、自分は例外だった。

 皆に起こった副作用が心配だ。

 一人、不安を抱えたまま、メデイアとウルヴを連れて、狩りに出かけた。







 孤児院で生活して、七か月は経過した。

 どうやら、ワクチン接種は一か月に一回だそうだ。

 毎回、それぞれの病気に対抗する免疫をつくるワクチンを腕に流し込まれる。

 そして、晩は激痛で悶える皆の姿。

 相変わらず、自分には何も起きない。

 七か月前に居なくなったアーテに続いて、二人の女の子も病院へ運ばれた。



 狩りの腕は順調に上がっている。

 この前まで、宿舎が見える位置で狩猟していたのに、今では奥へ奥へと進み、巨木が宿舎を隠すところまで進んできた。

 当然、魔物のレベルも上がり、一時期は苦戦したものの、反省会と研鑽を重ね、乗り越えてきた。

 この森では怖いものなしである。

 武器も全種類扱うことができる。

 ウルヴの戦い方を真似ていたら、自然と使えるようになった。

 今では敵に合わせて、武器を切り替えながら狩猟している。



 料理に関して、これまでメデイア任せにしていたが、俺はメデイアから料理を教わり、一人で食事を用意できるまでに成長した。

 ウルヴは、依然変わらず料理ができあがるのを待っているだけだ。

 自分がつくった料理は評判も良く、交代制のはずなのに、いつの間にか料理担当のチームになっていた。

 そして、メデイアと様々な料理を考案して試す。

 先生が泣くほど、料理の味に感動していたのは、忘れられない思い出だ。



 メデイアの歌も、かなり豪華になった。

 楽器を演奏する者まで現れ、一気にレベルが跳ね上がったのは記憶に新しい。

 院長先生の粋な計らいで、ギターやピアノ、ドラムも持ってきてくれた。

 自分はピアノに惹かれ、懸命に練習している最中だ。

 練習も先生と。

 いつか、彼女の歌に合わせて、ピアノを弾きたいものだ。



 朝食後、突然先生が俺を呼び出す。



「どうしたんですか、先生」

「……君は立派に変わったね」

「それだけですか」

「いや……今日から、君に先生役をお願いしたいんだ」

「俺が……先生役?」



 笑って、俺の肩に手をのせた。



「自信を持ってほしい。これは君のためにもなる。もしかしたら、先生役として活躍してると、君の夢が見つかるかもしれない。だから、挑戦してみませんか?」

「俺が先生だなんて」

「僕の真似をするだけだよ。簡単さ。それに、満更でもない顔付きだよ」



 図星だった。

 憂いを抱えていても仕方がない。

 俺は決意した。



「いざとなったら、手を貸してください」

「ええ、もちろん。さらに、楽しくなりそうです。プラス思考で、楽観的に考えてくださいね」







 その日から、俺が先生役となって、皆に指示をしたり、励ましたりした。

 先生を真似するようにして振舞っていると、一週間ほどで受け入れてもらえた。

 「ラオせんせい」と、ちょっと馬鹿にするようなやつもいるが気にしない。

 夕食の支度をしていると、メデイアがからかうような声と共に脇腹を突いてくる。



「やっぱり、先生とラオってどこか似てるね。笑顔とか」

「そうか? 俺が先生に似てきたのかもな。自分の個性は、先生の影響を受けている」

「ラオ自身の能力もすごいよ。何でもできるよね」

「買い被りすぎだ。メデイアみたいに歌は上手くない」

「ラオが歌ってるところなんて見たことないけどね。ほら、あたしが教えた料理も卒なく作ってるじゃん。さっき口で説明しただけだよ。よく憶えているね」



 記憶力が良いのかもしれない。

 そう思って、皿に料理を盛り付けていく。

 楽しいという気持ちが、不可能を可能にしているのかもしれない。

 ピアノも先生から習って、今日ようやくメデイアの歌に合わせて弾くことができた。

 これからも、彼女を上手く支えることができるはずだ。



 今日は注射の日。

 いつもは夕食後に医者が来ていたのに、今日は違った。

 院長先生が用事の関係で早く済ませたいと言う。

 テーブルにのせた料理をそのままに、宿舎の前で医者が注射器を取り出す。

 皆、慣れているため、一言も発さずに縦に並んで、腕を差し出していった。

 俺の腕にも針は注入され、中の薬液が押し出されていく。

 針は抜かれ、左手を回して、異常がないか確かめる。

 普段通りだ。

 椅子から立ち上がって、医者に礼を伝えようとすると、院長先生が先に言葉を投げかけてきた。



「あなた、どこにも異常はないかしら。孤児院に来た頃と、どこか違う体の具合とか」

「いえ……何も。ありがとうございました」



 その場をすぐに立ち去った。

 あの様子、俺に何が起こっているか、ある程度、予想しているのではないだろうか。

 実は、自分の体に奇妙な現象が生じている。

 それは狩りの時に判明した。

 魔物の攻撃で、皮膚が裂け、出血するまでは普通なのだが、次の瞬間には皮膚が元通りになっていた。

 何事もなかったかのように、血は消え失せ、傷跡も消え失せている。

 つい最近の出来事だ。

 これは皆にも話していない。

 嫌われたくない、というのが本心だ。

 それに院長先生にも話さなかったのは、嫌な予感がしたからだ。

 この事実を話してはいけない、と脳が警告している。

 いや、もう考えるのは止めよう。

 頭を振って、思考を払い落とす。

 横でカレーを頬張りながら、不思議そうな目で見つめてくるウルヴがいた。







 運命の時が訪れた。

 俺にとって、全てを失った時間。

 振り返るのが辛くなる、最期の日。

 俺は初めて、自分の優れた記憶力を呪った。

 今、振り返っているのは相当の覚悟を手にしたからだ。

 だから、これを読む君が俺なら、次のページに進まないでほしい。

 記憶がなくとも、君の日記はここで終わりだ。

 君は予想しているだろう、それが正解なんだ。

 この日記は、僕ではない誰かに伝える物である。

 願わくば、僕が認めた人物に読まれていることを望む。

 







 俺は、先生の授業を受けていた。

 ワクチン接種後、二時間が経過する。

 皆は宿舎で寝ている頃だろう。

 実を言うと、先生に授業を依頼したのは僕自身だ。

 夜遅くまで付き合わせて申し訳ない気持ちが、頭に浮かんでくる。

 だけど、先生は乗り気だった。

 この世界の歴史を習って、孤児院の外に出ても困らないように勉強した。

 先生の解説が終わり、歴史の本を読む。

 内容がスラスラと脳内に入ってくる。

 しかし、脳内は別の事も考えていた。

 そろそろ、あれが。



「ラオ君、君は孤児院をどう思いますか」

「どう、というと?」



 いきなりの質問に戸惑った。



「存在するべきか、存在すべきではないか」

「それは……答えようがありません。俺は、孤児院という存在は必要ではないと思いますが。それでも、俺は孤児院で様々なことを学び、経験してきました。だから、一概にどうとは言えません」

「僕は無くすべきだと思っています。孤児院の存在は、不幸せな者がいるという証明ですから。戦争と同時に、戦災孤児は生まれ、孤児院が建つ」



 先生の発言は、主張が強かった。

 なんだか、先生らしくない雰囲気である。



「先生は、戦争を無くせますか」

「実現しますよ、僕は。そのために、ここにいるのですから」

「そんなの叶いませんよ」

「僕が転生してきたのには、理由があるのだと思います。少なくとも、僕はこの世界で何かを成し遂げたい。せめて、戦争ぐらいは無くさないと死ねません」

「スケールが大きすぎますよ。どうする気なんですか、最初は」



 とりあえず、聞いてみた。



「最終目標は世界の仕組みを解体して、作り変えることですね。ですから、最初は小さく……建国でもしますか」

「……さすが、先生ですね。呆れて、何も言えません」



 それは突然だった。

 最悪の事態が、楽し気な雰囲気を崩壊させる。

 先生は目を見開いて、胸を強く握っていた。

 低い呻き声も漏れている。

 じっとしてられない俺は、すぐに先生を支えて、椅子に座らせようとしたが、様子がおかしかった。

 いつもは、声を引き絞って子供たちの心配をしていたが、何も喋らないばかりか、口が開きっぱなしだった。



「先生! しっかりしてください! 先生!」



 背後から、子供たちが絶叫している声も聞こえる。

 立ち上がろうとする先生は、逆に崩れ落ちていく。

 俺は先生の肩を持って、椅子に座らせようとするのだが、全体重でのしかかられているようだった。

 背中に先生をのせるがつまずいて、草原に投げ出されてしまう。

 すぐ起き上がって、先生に近づくと俺の腕を強引に掴み、引き寄せられた。



「先生、様子が変ですよ。いつもみたいに、笑ってくださいよ……」



 先生の手が、俺の顔を撫でる。

 白い手に宿る覇気が弱々しく感じた。

 この前、俺を突き飛ばした手とは思えなかった。

 これじゃあ、まるで死人みた……。



「大丈夫です……泣かないでください。君の先生役、とても素敵でしたよ……正直、君が羨ましいです」

「先生、しっかりしてください! 先生が死んだら、俺は……」

「夢は……見つかりましたか?」



 先生は笑顔で問いかけてきた。

 顔を撫でる手を、俺はしっかりと掴んだ。

 首を幾度となく振る。



「いやだ、先生が死ぬなんて、そんなの、嫌に決まってるでしょ……。俺の夢は、先生と一緒に先生の夢を叶えることです! だから!」

「そうですか……良かったです。なら、その夢を叶えてくださいね。大丈夫です。成功しても……失敗しても笑っていればいいんですよ。……ありがとう」



 俺を撫でていた手の力は消え失せていた。

 先生の顔に、涙をこぼす。

 許せなかった。

 この世界がとても憎い。

 許せない奴もいる。

 奴は、この手で殺さないと。

 俺の中で初めて芽生えた確かな殺意。

 だけど、一番許せなかったのは、先生に甘えてばかりの俺だ。

 先生の胸に、顔をうずめて、泣き叫んだ。

 何度も叩き起こすように拳を打ちつけたが、反応が一切なかった。

 情けなかった、自分が。

 先生の死に際が目に張り付いて、泣いても泣いても剥がれない。

 後ろに何者かが立つ気配を感じたが、どうでもよかった。

 先生は死んでいないと思い込みたかった。

 また朝起きたら、メデイアの歌を聴いて……先生が起きて。



「天国進……彼も()()だったようね」



 その言葉を聞いた瞬間、頭に血が上った。



「なにが……ダメだって? 院長先生……先生に触れないでください。今、寝ているだけなんです」



 振り返らないで、一言ひとことに怒りをのせる。

 そうだ、寝ているだけだ。

 僕が無理矢理、付き合わせたせいで疲れが一気に表れたんだ。



「いいえ、彼は死んでいるわ。……魂が耐え切れなかったのね。転生者といっても、普通の人間と一緒。ちょっと長生きした程度ね」

「それ以上、喋るんじゃない。……お前を殺したいほど、暴れたい気分なんだ」



 長生きなんてしていない。

 先生には、まだやりたいことがたくさんあったんだ。

 後ろの人物の顔なんて見たくない。



「先生がいないと、何も出来ないあなたが? 私は、あなたが好きな先生と一緒の世界から来た転生者。純異世界人のあなたが勝てるはずないわ。今から、試してみる?」

「先生の前で争いなんて見せたくない。さっさと俺の前から、立ち去れ」

「まあ、いいわ。死体には興味ないですもの。あなたたちは先生の死体を、聖像代わりにでもしていなさい。ふふ、お似合いよ。まあ、朝になったら引き取りに来るけどね」



 雑草を踏む音だけが響き渡る。

 先生の手を握り締めて、神かけて心に誓った。

 先生の夢は、俺の夢だ。

 先生の痛みは、俺の痛みでもある。

 先生が遺した願い、俺が叶える。

 そして、奴を……ノイモコを殺す。

 世界の仕組みを作り変えてやるんだ、俺が。



 俺は遠大で難解な計画を練った。

 俺の夢を叶えるために。

 そして、ラオはまず……ラオである自分を殺した。

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