ヒストリー ラオメイディア―4
昨日、先生に指導されたことを思い出しながら、敵を囲む二人に声をかける。
「自分の役割を考えながら、戦うぞ!」
「俺様が敵を引きつける!」
「あたしとラオが後ろから攻める!」
簡単に倒せるモリウルフではなく、ビッグウルフである。
モリウルフと同じ深緑色の体毛で覆われているのだが、体格は別だ。
俺とウルヴが肩車して、ようやく身長を同じにできるほど。
おまけに腕が太い。
鋭利な爪で引き裂かれば、無事では済まない。
ウルヴは大剣にのしかかる腕と戦っており、その隙に俺とメデイアが槍で後ろ脚を攻撃する。
武器も昨日とは違い、剣から槍に持ち替えた。
振り回し方は異なり、剣より慎重に行動すべき点もあるが、ウルヴが注目を集めてくれているため、こちらは動きやすかった。
それから一分ほどで、ビッグウルフは脚を引きずりながら逃げていくため、一気に畳みかけた。
特に大きな怪我は、誰も負っていない。
これはひとえに、先生の教えがあるからである。
昨日、先生が言っていたゲームというのは三人協力プレイが必須のRPGだった。
ゲームについては、先生が簡単に説明してくれた。
「これは作戦を考えるための遊びです。君たちは、動き方が分からないとのことでしたね。では、ラオ君をリーダーに、二人は彼に付いていってください。ラオ君は草原を歩いて、敵と接触してもらえますか」
「こ、こうですか」
事前に操作方法を教わり、思い出しながら、コントローラーを握った。
コントローラーの左スティックを倒して、ゲームキャラを走らせる。
目の前に見えてきたのは、モリウルフだった。
俺のキャラは剣を構える。
後ろの二人も武器を取り出したのだが、ウルヴは速攻して、俺を追い越していった。
「ウルヴ!?」
「おお、勝手に攻撃してるぜ!」
「はい、敵に近づくとオートアタックが発動して、自動的に武器を振り回してくれます。さ、ラオ君もメデイア君も戦ってください」
特に苦戦することはなく、モリウルフは倒れ、光の粒子となって消えた。
俺は疑問を呈さずにはいられなかった。
「これで何が分かるんだ。ウルヴが突っ込んでいくところか?」
「それもあります。では次に、あそこにいるビッグウルフを倒してください」
「俺様が一番に向かうぜ!」
俺がリーダーのはずなのに、我先に突進していく。
これでは、ウルヴに付いていくだけの班員と同じだ。
ここはリーダーらしく、ウルヴに指示を出す。
「ウルヴ、とりあえず止まれ! うわ、もう戦ってやがる!」
「ラオの指示に従ってよ!」
「や、やべー! 助けてくれー!」
ウルヴはHPの横に表示されている数字が見る見るうちに減っていき、やがて0となって、倒されていた。
これは、ビッグウルフの攻撃だけによるものではない。
ビッグウルフは、周りのモリウルフに指示を出して、ウルヴを一斉攻撃したのだ。
下手すると、ビッグウルフの方が俺よりリーダーに向いている。
残された俺たちは、なすすべもなく全滅。
コントローラーを床に置いた。
ウルヴが悔しそうに叫んだ。
「うう! もう一回だ!」
「それで、どうすればいいんですか……先生」
「反省会をしましょう。重視するべき点は、キャラクターの特徴を知ること。それから、敵を観察すること。何が原因で敗北したのか、じっくりと考えてください。僕は、お茶でも持ってきましょう」
先生は部屋から退出していった。
表情は、やけに楽しそうだ。
遊びだから良かったものの、現実だったらと考えると頭が痛くなる。
メデイアが、ウルヴを指さして。
「あなたが一人で突っ込むから、悪いの! ラオに従っていれば、勝てたのよ!」
「いーや、貴様たちがいても負けていたな。周りのモリウルフが邪魔なんだ!」
「モリウルフが邪魔……なら、どうにかして奴から引き離すことができれば、勝ち目はある」
「けどよ、ビッグウルフの一撃も酷かったぜ。メデイアは一撃でやられてたしな」
「あたしの回復スキルで、あなたを回復できたのに」
回復スキル?
ゲームでも、スキルが使えるのか。
「なあ、メデイア。自分の持っているスキルって、どこで見れたんだ?」
「え、プラスボタンを押して、ステータスを押したら見れるけど」
言葉通りに従うと、ステータスが画面に表示された。
全滅した後、コントローラーを操作していたメデイアは、ステータスを見ていたのか。
ステータスには、いくつかの文字と数字が書かれていた。
HP、MP、攻撃力、防御力、素早さ、命中率、魔力、運……。
ひょっとして。
……俺の予想通り、全員のステータス値がバラバラだった。
全員、同じじゃない。
俺は攻撃力と命中率、運が高く、メデイアはMPと素早さ、魔力が高い。
ウルヴはHP、防御力が抜群に異なっていた。
先生は、重視するべき点はキャラクターの特徴を知ること、と言っていた。
これのことではないだろうか。
スキルの欄も見てみる。
ラオ 戦闘用スキル:『怒涛』『渾身斬り』
常用スキル:『心眼』
メデイア 戦闘用スキル:『ヒール』『マジックスティール』『ファイア』
常用スキル:『回復効果+20%』『慈愛』
ウルヴ 戦闘用スキル:『ガードシフト』『挑発』『プロテクト』
常用スキル:『挑発効果アップ』『ヘイト集中』
キャラクターの特徴を知る、とはこういうことだ。
俺は二人に顔を向けて、役割を説明する。
「俺たちに必要な要素は、役割だ。このステータスを見て分かるように、それぞれに得手不得手がある。俺は、攻撃に特化している。メデイアは回復に特化。ウルヴは防御に特化だ。俺が考えた戦い方はこうだ。ウルヴは敵を引きつけながら、攻撃を耐え忍ぶ。敵がウルヴに集中している隙に、俺が攻める。メデイアも攻めるが、ウルヴの体力に気を付けて。ウルヴを死なせないよう適宜、回復スキルを使うんだ」
「分かった!」
「よく分からんが、俺様は突っ込んで、ヤバくなったらメデイアの回復を待てばいいんだな」
「それから、『ガードシフト』で身を守ってくれ。それと、俺たちが攻撃されないよう『挑発』を頼む」
「貴様らを守るのが俺様の役割だ!」
それともう一つ、考えることがあった。
そのためにゲームで、ビッグウルフを観察する。
どうやら、ある瞬間だけ一匹になることがあった。
近くに、モリウルフはいない。
先に、モリウルフを倒してから、ビッグウルフに挑むことを決め、再びコントローラーを握った。
現在、握っているのは槍だ。
目の前には、ビッグウルフの死体が横たわっていた。
空を見上げて、呼吸を何度もする。
しばらくすると、ウルヴが大声を上げながら歓喜した。
「よっしゃー!」
狩りの喜び、槍で刺突した感覚を忘れることができないまま、ベッドに寝転がった。
夕食の料理が腹で消化されているのを感じながら、手を伸ばす。
手を開いたり閉じたりを繰り返して、天井を見上げていると、メデイアが顔を覗き込んできた。
慌てて、起き上がる。
「び、びっくりした」
「ふふ、あなたがそんな顔するなんて」
「それは、メデイアが気配を消して……」
「違うわよ。驚いた顔よりも、嬉しそうな笑顔よ」
「俺が笑顔……」
鏡があれば、心に住み着いた靄を消してくれるだろう。
オンボロ小屋で寝ていた自分が、今の自分とかけ離れている。
俺は、このままでいいのだろうか。
「まるで先生の笑顔みたい。なんていうか、純粋って感じかな。ただただ、ひたすら楽しい……そんな顔」
「そうか。メデイアが歌っている時と同じ、表情なのかな」
「うそ!? あたしも、笑ってるの?」
頷いて、彼女の顔を見つめた。
こんな生活になるとは、思わなかった。
今日は俺たちのチームが料理を担当したのだが、今思うとウルヴは酷かった。
俺はウルヴにも手伝わせようと声をかけたのだが、メデイアが必死になって止める。
頑なに手伝わせようとしないメデイアを落ち着かせて、ウルヴに食器を運んでもらった。
メデイアの料理を手伝っていると、彼が帰ってこないことに気付いて、宿舎の外に出ると、誰かと乱闘していた。
道中、料理の盛られた皿がひっくり返っている。
先生に止めてもらうまで、喧嘩は収まらなかった。
喧嘩といっても殴り合いではなく、ここに来た初日に仕掛けられた勝負に似ている。
どちらが、モリウルフを多く倒したかで揉め、拳で語り合おうとしたのだ。
まったく、血の気が多い奴だ。
メデイアが必死に止めた理由が分かる。
彼女がしみじみとした口調で話をしてきた。
「今日はいろいろあったね」
「ああ。だけど、楽しかった。実はさ、この後……先生から呼び出されているんだ。他の人とは違った授業をしたいんだと」
「なんだろう。あたしも受けてみたいけど、めちゃくちゃ眠たい」
この日常が、永遠に続けばいいのにと思った。
何度も何度も考えた。
俺の日常をガラリと変えてくれた、あの人には感謝している。
「皆さん、集まって! お薬の時間ですよ」
「院長先生だ。ラオ、行こう!」
そう、院長先生には本当に感謝しているんだ。
怪しげな注射器と兵士を連れて来なければな。