ヒストリー ラオメイディア―3
どこかから小鳥の鳴き声が響いてきて、瞼をこじ開けた。
瞬きを何度もして、意識を安定させて、宿舎の外に出る。
そういえば、あのオンボロ小屋ではないんだと思い出した。
辺りを見渡していると宿舎の前で、木の踏み台を用意しているメデイアがいた。
「何をしているんだ」
「何って……」
呆れた口調で言葉を返された。
「あなたが人前で歌えって言ったんでしょ! 練習は朝って言ったし」
「いや、まだ皆が寝ている朝にやるとは思っていなかった。朝食を食べ終わった後に、と考えていたんだが」
「……もう用意しちゃったし、歌うわ!」
「恥ずかしがり屋の印象だったのに、意外と勇ましいんだな」
メデイアが立つ踏み台の前で聴いていたら、いつの間にか皆が集まっていた。
歌い終わったメデイアが今になって気付く。
「昨日の夢、本当だったんだな!」
ウルヴが歯を見せて笑っている。
「何よ、文句あんの?」
「柄じゃねぇなって」
「殴るわよ」
「よし、受けて立つ!」
「二人とも、静かにしろ」
俺が二人の間に割って入る。
ウルヴは笑いっぱなしで、メデイアは拳を構えて唸っていた。
腹を押さえて笑う彼に、怒りを表して声にした。
「笑うなよ、ウルヴ」
「馬鹿にしてるわけじゃねぇよ。ただ、小娘にも可愛いところがあるんだと思って、つい笑ってしまったんだよ」
「あたしの料理は可愛くないってことかしら。全く作れないあなたの代わりに、どれだけ頑張ってると思ってんの」
「わりぃわりぃ。いっつも感謝してるって」
「ほんとかな。眺めてるだけで料理ができると思ってない?」
「さっき、歌っていたのはメデイア君かい?」
「先生!」
言い争っている二人の背後から、先生が現れた。
全員の視線が先生に集まる。
メデイアが挨拶する。
「先生、おはようございます」
「おはよう、メデイア君。さっきの歌、とても良かった。寝起きが快適だったよ」
「あたしの歌は、目覚まし時計じゃないですけど」
「そうだ! これからも早朝に歌ってよ。君の歌声で目覚める一日は、最高の一日になりそうだ」
「だから、あたしは」
「僕にしては名案だ。彼女の夢を叶えられるし、朝が辛い僕のためにもなる。こんなに頭が冴えているのも、君のおかげだ。な、頼むよ」
戸惑いを見せながらも、断り切れず。
「わかりました! 歌いますよ、歌います! しょうがないですね……」
「だらしないな、メデイアは」
「それもこれも全部、ラオのせいだからね! はぁ、早く朝食を食べましょ」
怒ったような物言いでも、振り返る彼女の顔はにやけていた。
やはり、彼女は歌が上手い。
朝食を食べ終わっても、憶えた舌でまた味わっていた。
すぐに喉を通ってしまうため、この美味を忘れたくないのだ。
片付けが終わり、先生が手を叩いて注目を集める。
「さて、狩りの時間ですね。今日の食料の確保、よろしくお願いします。じゃあ、チームで行動してください!」
狩りの時間?
チーム?
聞き慣れない単語に顔をしかめていると、先生が思い出したように「あっ」と漏らす。
「そういえば、ラオ君が加わったおかげで、ウルヴ君のチームが三人になりましたね」
「ということは! ついに俺様が活躍できるというわけか」
「ええ、その通りですね」
他のチームは、宿舎横の倉庫から武器を取りに向かっている。
現在ここにいるのは、ウルヴとメデイアと俺だけだった。
ということは。
「ラオ君。ウルヴ君とメデイア君に協力して、共に魔物を倒しに行ってください」
「魔物を倒す? この森に魔物がいるのか」
にっこりとした笑顔で。
「いますよ、何匹も。本物です。院長先生に協力してもらって、捕らえた魔物を森に放してもらっているのですよ」
「そんな、危なくないのか」
「危ないですよ。ですが、僕の注意を守って、君たちが協力し合えば怖さはありません。習うより慣れよ、です」
この孤児院は、ほとんど先生任せにしている。
院長のノイモコは、あまり関わっていない。
つまり、ルールをつくっているのは先生なのである。
俺は旧市街地の外に出たことがないため、魔物という存在を耳でしか聞いたことがなかった。
目線を逸らして、別の子供に焦点を合わせる。
どうやら、日常の一つとして溶け込んでおり、何事もなく自分たちの狩場へと歩を進めていった。
狩りをする者は、木で作られた武器を持っている。
「先生、注意って何ですか?」
「君たちのレベルに合わせた狩場で狩りをしてください。これは絶対です」
基本、森の奥深くへ進むごとに魔物のレベルが上がっていく。
だから、レベルの低いうちは宿舎が見える範囲で狩りをしてほしい、とのことだ。
先生の説明を聞いて頷くと、ウルヴが倉庫を指さしながら大声を出す。
「はやく行こうぜ、ラオ! そんな説明、俺様がしてやる! さあ、武器を取りに行くぞ!」
「はぁ……」
メデイアは額に手を当てて、ため息をついた。
その表情から察するに、ウルヴには相当苦労しているのだろう。
料理ができないウルヴのために、一人で頑張っていると昨日、聞いたし。
せめて、ウルヴの面倒は俺が見ないとな。
倉庫に立てかけてあったのは、木製の武器である。
種類も豊富だ。
剣や大剣、弓、槍、斧など。
悩んでいる俺をよそに、二人はさっさと自身の武器を手に取った。
ウルヴは大剣を掴み、メデイアは槍を掴む。
早くしろと急かしてくるウルヴに苛立ちながら、剣を攻める道具とした。
この狩猟が毎日あるなら、自分に合った武器を探すのも悪くはない。
初日は、剣にしよう。
俺は文句を胸の内に秘めて、さっさと走るウルヴに付いていくことにした。
「メデイア! そっちのモリウルフを倒せ! 俺様はこいつだ!」
メデイアは手にした槍で足払いして転倒させ、上から突き刺した。
「もう! 勝手に突っ走らないでよ!」
モリウルフがメデイアの背中から突撃しようとしている。
咄嗟に、彼女の後ろに立って、剣で薙ぎ払った。
見事に命中し、回転した魔物は出血していた。
「ありがと、ラオ」
「なるほどな、メデイアが怒鳴るのも無理はない」
「でしょ! ほら、目を離した隙に、別のモリウルフも狙いにいったよ」
「こっちはこっちで、精一杯だってのに。あいつは、雑な命令しかできんのか」
「あいつに、リーダーは無理ね」
「まあ、分かってたもんだけどな。終わったら、反省会だ」
それから、ウルヴが連れてきた魔物も一掃して、その場で身を投げた。
草が首や頭をチクチクと刺してくる。
モリウルフに噛まれた腕は、メデイアの『ヒール』で治してもらった。
あんなにも血が出るのかと、噛まれた部分を眺める。
初めての狩りだったが、初めてにしてはよく動けていた方だと思う。
先生の宿題も思い出して、二人の行動も観察した。
二人も狩りは初めてだと言うが、それにしては身のこなしが上手い。
メデイアに何度、助けてもらったことか。
「ウルヴは想像通りだが、メデイアも強いな」
「女だからって油断しないの。こいつに鍛えられたのよ、悔しいことに」
鋭い眼光を、ウルヴにぶつける。
掠り傷だが、いくつもやられているウルヴは口角を上げて笑った。
「良かったじゃねぇか! 二人で訓練した甲斐があるな!」
「あんなめちゃくちゃな訓練で、強くなるなんて。戦闘においては、ウルヴが一番ね」
そんなことを言ったら。
すぐに彼女の耳に口を近づけて、注意した。
「褒めるなよ、ウルヴを。調子に乗って、リーダーを続けるぞ」
しまったという顔をして、メデイアは口を閉じた。
俺はウルヴを見ながら、彼女に手を向ける。
「確かに、ウルヴは強い。突っ走って、傷だらけになる点は認めないが。メデイアのように周りを見て、戦ってくれ」
「だけどよ、余裕じゃねぇか」
「モリウルフ相手、ならな。だが、突っ込んで勝てる魔物だらけじゃないはずだ。先生は協力し合って、と言っていた」
「協力していただろ」
「これは協力じゃない。俺たちが敵に囲まれているのに無視して、先先行くお前のせいで協力できてないんだ。このままじゃ痛い目に遭うぞ」
ウルヴは不満げに聞いてくる。
「じゃあ、どうすればいいんだよ」
「リーダー変更だ」
「おいおい、俺様がリーダーだ!」
「俺たちに何かあったら、お前の責任だ。先生に怒られるのも、全部お前だ。それに貴重な命を、お前なんかに預けたくない」
「グ……。メデイア、俺様がリーダーでも」
「絶対やだ! こんな運任せな戦い方してたら、命がいくつあっても足りない! あたしは、ラオにリーダーをやってもらう」
メデイアが言い切ったことで、あれほど笑みを浮かべていた顔が呆然としていた。
よっぽど、ショックを受けたのだろう。
口をだらしなく開けたままのウルヴに話を続けた。
「お前に、リーダーは適していないだけだ。戦闘能力は抜群のウルヴだ。お前には別の役割があるはず」
「別の役割ってなんだよ」
「……一度、宿舎に帰るか」
ウルヴの質問に何の答えも浮かばず、宿舎に帰宅した。
先生がいつもの微笑で、戦果を尋ねてくる。
倒した相手と数を報告して、ウルヴの酷さも教えた。
それから、どうすればいいか質問もした。
返ってきた言葉は。
「一緒に、ゲームしませんか」
三人は、ポカンとして先生を見つめた。
ゲームというのは、リライズという国で流行している、おもちゃらしい。
先生に案内されるがまま、付いていくと。
液晶テレビと箱型のゲーム機だけが設置されている部屋に到着した。
もちろん、箱がゲーム機というのも知らないし、そもそもゲームというのも、テレビというのも知らない。
その時の俺にとって、未知の世界なのである。
「さ、コントローラーを持ってください。みっちりと教えてあげますよ、協力して戦う意味を」