143 VSラオメイディア―6
「『魔法剣:炎』!」
「なるほど、あの時とは違うんだね」
互いの剣が互いを斬ろうと、刃を打ちつけ合う。
両者とも強さは互角。
レイランが攻めると、ラオメイディアは的確に防御する。
隙を見つけ、ラオメイディアは反撃に転じるが、レイランも負けじと剣を動かす。
金属音が響き、戦いが始まって一分を経過しても、離着陸場に血が付着することはなかった。
ここで、レイランが仕掛けた。
「『魔法剣:雷』! 『肉体強化』!」
後ろに飛びながら、スキルを発動させ、ステータスの強化と属性を変更する。
雷を全身に纏ったレイランは、足に力を込めて、一気に攻めた。
両者の間にある距離を、雷の如く目にも止まらぬ速さで駆け抜ける。
防御を捨てて、体力のある内から突撃する魂胆である。
レイランの変化に戸惑いを隠せないラオメイディアは反応が遅れ、攻撃を許してしまった。
結果、胴体を斬られた。
もう一度、斬り込もうと腕を捻って、刃の向きを変える。
ただ、ラオメイディアも手練れである。
戦場で培った勘によって、考えるよりも先に飛び退けた。
振るった刃に何も当たらない。
「確かに、その剣は変わっているね。『超再生性質』なのに、傷が塞がらない。それに君の動き、どこかで見たことがあるんだ」
二人は動きを止めた。
ラオメイディアは左手に火の玉を発生させ、顔に近づける。
整った鼻で、炎を嗅いでいる。
「思い出した、バルゼアーだ。そうか、バルゼアーの側にいた青年は君だったか」
「何をぼそぼそ呟いている」
「……懐かしんでいるだけだよ。これが答えか」
深呼吸をして、左手をレイランに突きつけた。
火の玉は一直線に進み、剣に真っ二つに叩き割られた。
剣を振り下ろして、すぐさまレイランは走りだす。
ラオメイディアと激突し、雷を纏った剣を振り回した。
いくつかダメージを与えるも致命傷はなく、ラオメイディアの回し蹴りを避けるため、一度距離を置いた。
スーツ自体の防御力が高く、渾身の力で刺さないと貫通しないだろう。
ラオメイディアも黙って、食らっているわけではない。
『異次元収納』から、薬液の入った注射器を取り出し、前腕に打ち込んだ。
中身の無くなった注射器を抜いて、思いっきり捨てて、目を大きく開ける。
苦しそうに呻き声を漏らしながら、右の拳を固めた。
『インパクトブレイク』を唱え、明らかに間隔があるにも関わらず、全身で構えている。
レイランの脳が嫌な予感を感じたときには遅く、ラオメイディアは『ワープ』を唱えた。
「まずい!」
「食らえ、『インパクトブレイク』!」
レイランの肉体は一瞬で、ラオメイディアの正面に吸い寄せられ、同時に風を巻き付けた鉄拳で殴りつけられた。
胸を貫く衝撃が、勢い良く吐血させ、固いコンクリートの床にヒビを入れながら転がっていく。
途中で意識を取り戻して、手足に力を入れる。
それによって、足場から落下する寸前で耐えることができた。
下では、エンタープライズ国防軍がモークシャと戦闘している。
そこに自分の死体が落ちていたらと想像すると、身の毛がよだった。
「筋肉増強剤で強化した『インパクトブレイク』を放ったのに、生きているなんてね。死んではいなくても、転げ落ちていくと考えたのに」
「『魔法剣:氷』……これが守ってくれた」
衝撃が加わる刹那、『魔法剣:氷』を詠唱し、胸を魔法の氷で覆ったのだ。
威力を完全には消せないが、氷の鎧によって生存率を高めた。
レイランが磨いてきた直感と、バルゼアーによる指導の賜物だろう。
剣に氷を付与させながら立ち上がり、ラオメイディアを睨みつける。
先ほどよりも肉体が巨大化し、スーツがはち切れそうになっていた。
筋肉増強剤による効果が現れているのだ。
「本当は、こんな薬に頼りたくないんだけどね。予想以上に手強い相手だ」
「褒め言葉として受け取る。だが、俺はまだまだこんなもんじゃない!」
剣の切先を越えて、氷が伸びていき、やがて長剣へと姿を変えた。
レイランの剣だけでなく、肉体全てにも氷を展開させ、氷のバトルスーツを装着する。
魔法剣の属性ごとに戦い方を変えて、ラオメイディアに考える隙を与えない。
ラヴファーストに鍛えられた無意識によって、レイランは戦場を制すのだ。
狙いを定めて、レイランは駆け出した。
剣戟が続く。
斬られたら斬り返す。
攻撃に転じたら、防御に移転する。
互いに血を撒きながら、互いを斬っていく。
魔法による牽制もあった。
優勢も劣勢もない。
このまま拮抗し続ける雰囲気だったが、遂に機会が訪れた。
上空の機械龍が発射したミサイルが、ミミゴンを通り越して、離着陸場を爆撃した。
足場が振動し、両者がバランスを保とうとした直後、一筋の光線が離着陸場と社長室を切り離すように襲ったのだ。
足場は地上を目指すようにして、徐々に傾いていく。
社長室の方面からガラスの破片が落ちてくる中、先に動いたのがレイランだった。
「ラオメイディアー!」
雄叫びと共に、氷の剣を振り上げ、腕を斬り落とそうとする。
微妙に位置がずれ、手の甲を裂くことになったが、衝撃が剣を吹っ飛ばして、ラオメイディアは手を押さえて唸った。
空を舞う逸品の剣は、傾く足場を跳ねて、モークシャが蠢く戦乱の地へ落下していった。
レイランはここぞとばかりに、武器を失ったラオメイディアを追撃するが『回避術』で剣を躱し、そのまま建物の中層を目指して跳躍した。
ラオメイディアはガラスの窓を突き破って疾走し、事務机の裏に姿を隠した。
上からスピーカー越しの怒鳴り声が飛んでくる。
「ミミゴンを殺すんだ、俺は! てめぇを生きて帰さねぇ!」
レイランは危険を感じ、垂直になりつつある離着陸場を器用に走って、ラオメイディアが侵入した部屋へ前進した。
勢いを味方にして全力で飛んだタイミングで、機械龍が発砲したミサイルが足場を爆裂させ、レイランの背中を衝撃波が襲った。
空中で体勢を崩し、ラオメイディアが飛び込んだ窓に着地したものの、無様に回転して家具に体を打ちつけながら、ようやく勢いを殺しきる。
起き上がる気力が湧かず、何度も荒い息を繰り返して、今にも失いそうな意識を回復させた。
額に左手を当てて、もう片方の手で剣の握りを確かめる。
ふらつく意識のまま、剣があることに感謝して持ち上げた。
今さらになって、剣が重いことに気付く。
これが命を奪う重さか。
まずは身を隠さねばと思考し、這いずりながらソファの後ろに凭れかかった。
朦朧としながらも空中に手を伸ばし、『異次元収納』を発動させ、回復薬を握って自分に浴びせる。
マトカリアが調合した回復薬は、まだ質が低いものの傷を癒すには問題はなかった。
倦怠感の彷徨う全身が、爽快感で満たされた。
髪は薬液が滴り、少し焦げ臭い。
「僕はここだよ。君も隠れていないで、出てきなよ」
ラオメイディアの声が意識をハッキリさせた。
その声は、笑顔で発していない。
奴も余裕がなくなってきたのだ。
疑うこともなく、ソファから身を乗り出し、声がした方向へ顔を晒した。
ラオメイディアの右手は血で塗れている。
不気味な笑顔ではなく無表情。
長い髪がだらしなく垂れているばかり。
対峙して、二者は相手の出方を窺っている。
不意に横から轟音と爆風が流れ込んできた。
腕で顔を庇いながら、ラオメイディアを強く見据える。
ミサイルが辺りを爆破したあと、火が家具に燃え移り、大量の資料が燃えていく。
炎が四角い部屋を囲んでいった。
嫌な臭いが鼻の奥へと潜っていく。
すぐにでも部屋から脱出したいのに、ラオメイディアは気にすることなく、むしろこの臭いが好きとでも言うかのように鼻を震わせていた。
「僕は記憶障害なんだ。一年前より過去を思い出すことができない。だから、一年前の出来事は覚えていないし、少年時代のことなんか欠片もない。けど、ある瞬間だけ全て思い出すことができるんだ。記憶喪失でありながら、忘れることができない記憶能力を持っている。今が、その瞬間なんだ。火の香りを嗅いでいるとき、一生の記憶を保持している。自分が一歳二か月で9時20分27秒をアナログ時計が示した時間、身が碌にない鮭を口に含んだ。炭の臭いが口内に蔓延して、味なんてなかった。その後、骨が喉に刺さって、泣いた。親は盗みに出かけていて、半日中ずっと泣いていた」
「ラオメイディア……?」
「レイラン、君は友人のために闘っているのだよね。アスファルスに眠らされたミウを僕が担ぎ、エイデンはアスファルスに連れ去られ、レイランはエイデンから託された剣を大事そうに抱えて逃げた。僕はあることが気になって、依頼人に引き渡した子供の行方を探ったんだよ。14年前のことだ。さて、エイデンやミウ、マギア村の子供たちは何をされたのか教えよう。……実験だよ、彼らは実験体として利用されたんだ」
実験体。
剣を持つ手が震えてきた。
「そして、彼らはもう……この世にはいない」
「――!」
全身から汗が噴き出した。
「な、何を言ってるんだ」
「実験の内容は、子供を魔物に転化させることだ。子供たちは毎晩、激痛を伴う薬を注入され、腕が脚が変形していく。薬を摂取した子供は長い年月をかけて姿を変容させ、最期は魔物になる……そういう実験だ。もしかしたら、君が狩った魔物は……エイデンかもしれないな」
「ふざけるなー! お前の話すことを全く信じる気にはならない!」
「そうやって、また逃げるのか。真実から目を背けて、ミミゴンの甘い言葉だけは信じて。自分の復讐だというのに、ミミゴンに手を貸してもらって。ミミゴンがいないと、僕の前に立つことすら叶わなかったんだよ。どこまで甘える気なんだ。君も覚悟していたんだろ、友がもういないことに」
その通りだ。
心の隅では生きていることを願っていた。
いや、生きていると信じて、俺も生きていた。
だけど、それでは自我が崩壊していくだけだった。
何日も旅して、解決屋で耳を澄ませて、友の名を聞くことに賢明だったけど。
儚い希望は、日に日に復讐心で圧し潰されていった。
「友を死なせたことにしないと、復讐を維持できなくなったんだね。しかし、復讐する意味を失ったね。しょせん、君の復讐なんて、その程度なんだ。ありがとう、レイラン。君のおかげで、僕は強くなれたよ。そろそろ時間も無駄にできなくなってきた、エンタープライズは恐ろしいからね」
「待て、ラオメイディア。俺がいつ復讐する意味を失った? 今もあるぞ。お前を瀕死にして、あいつらがいる研究所を教えてもらう。それから、お前らに依頼した依頼人についてもだ。それにな、ミミゴンが言ってくれたんだ。ラオメイディアはお前が倒すんだよ、ってな! 俺はミミゴンに恩を返したい! 復讐だけが生きる理由じゃない! 俺は諦めないぞ!」
レイランの脳裏に、ミミゴンの言葉が蘇る。
「ばーか、あいつはお前が倒すんだよ」
「けど、不思議なことに人っていうのは、成長できる生き物なんだ。復讐でも、しに行けばいいさ……レベルアップした後でな」
「民を守るのが王だ。それにクラヴィスやトウハ、ツトムも進んで、お前に力を貸したんだ。あいつらの想い、無駄にしないようにな」
エイデンやミウが死んだというなら、あいつらの分まで生きる。
「俺は俺の本心に従う! ミミゴンに忠を尽くす!」
「予想外のことばかりだ。これほど充実した日は久しぶりだ」