142 戦うという彼らの決意
「ミミゴン、俺を奴のところへ導いてくれないか」
レイランが剣に炎を纏わせて、巨大な本社の屋上を見上げる。
ここから本社まで、まあまあな距離があり、ほとんどがモークシャで埋まっていた。
前世の俺なら心が折れていただろう。
だけど、今はエンタープライズの王。
「任せておけ。我が軍は頼もしいぞ。トウハ、クラヴィス付いてこい! シアグリース、ここは頼んだぞ!」
シアグリースはゆっくり頷き、兵に散開を命じる。
ラヴファーストとアイソトープは力を振り絞って、周りのモークシャを己の武器で吹き飛ばす。
剣を自在に操り、次々と首を跳ね飛ばすラヴファースト。
モークシャを重力で圧し潰すアイソトープ。
俺たちに道が開けた。
そして、二人は沈黙する。
ありがとう、ラヴファースト、アイソトープ。
「ゆくぞ!」
モークシャが迫ってきても、トウハとクラヴィスが薙ぎ飛ばしてくれる。
もちろん、俺やレイランも敵を倒しながら本社を目指す。
上から攻めたり、下から攻めたり、束となって襲ってきたりと時を刻むごとに作戦が変化しているみたいだった。
『VWA』によるものだろう。
今は試行錯誤して、情報を得ているのだ。
無数のモークシャを犠牲にして。
もうモークシャを、人として見ることができなくなっていた。
元は同じ人間だったんだと思うことができない。
あと二百メートルほどのところで、歩みを止めることになった。
辺りが暗くなったのだ。
真上に顔を向けると、黒い塊が落ちてきていた。
すぐさま後ろに飛び退き、回避する。
両足で地面に足を着けると、地響きが鳴り響いた。
「よぅ、この先に進みたいんだってな」
この猪頭は、アスファルスだったか。
絶滅したと言われるオークは鋭い眼光で、俺らを睨みつけた。
体を頑丈な鎧で覆っている。
見るからに武闘派と分かる外見である。
アスファルスは口角を上げて、拳を構えた。
「残念だが、今からテメェらを殺さなきゃなんねぇんだ。悪いな」
瞬間、アスファルスの肉体は消え、顔面に拳が迫っていた。
やばい、これは痛いやつだ。
目を閉じて、防御しようと腕を動かした途端、鈍い爆発音が轟いた。
「……クラヴィス!」
「こいつは僕が相手をします。その隙に!」
「ほぅ、止めてみせるか。身の程知らずが」
クラヴィスは刀身で受け止めたアスファルスの拳を押し返し、こちらを見て頷いた。
溢れる安心感をクラヴィスから醸し出し、俺たちは先を目指して走り始める。
これが仲間だ。
あれから百メートルほど走った先、空から銃弾が降り注いできた。
なんとか躱し、先ほどまでいた場所には幾多の弾痕ができている。
「さすがは、ラオメイディア様が敵視するほどの人物。気配を消しても、あなたには通じなかったようね」
月明かりに照らされ、姿が露わになる。
青い長髪、全身を覆うほどのローブ、美女と評されるであろう美貌。
両腕を広げて、空を浮遊していた。
「ナルシス・ズームだったか」
「私のこと知ってるなんて、自己紹介を省けて助かるわ。じゃあ、私ナルシスと”死ぬ”まで付き合って下さらない」
「すまないが急いでいるんだ。ふざけたこと喋り続けるみたいだから、無視させてもらう」
「なら、無視できないようにしてあげるわ。『アイスバーグ』!」
真上に氷塊が出来上がっていき、ナルシスが指を鳴らすと塊に亀裂が入った。
『アイスバーグ』は確か、第三氷魔法だったはずだ。
氷塊は砕片となり、土砂降りの雨のように逃げ場のない範囲攻撃を仕掛けてきた。
『テレポート』が間に合うのか。
「そのまま、じっとしててください」
足元の影が波打っていた。
そして、間髪を容れず銃声が鳴り響く。
落ちてくる氷の砕片が何かとぶつかって、消えていった。
自身の周りだけ氷の砕片が消えていくのである。
あっという間に氷塊はなくなり、自分たちは無事だ。
背後に立つ人物は、二丁の拳銃を器用に回している。
辺りが静かになると、銃口をナルシスに突きつけた。
マントが風で揺らめいている。
「ツトム! 助かった!」
思わず、叫んでしまう。
ツトムは真剣な眼差しで、口を開いた。
「さあ、先へ進んでください。こいつとは……因縁のようなものを感じますから」
「そうか、分かった。……ツトム、お前に懸けることにした。お前を信じることにした。だから、頼んだ」
ツトムの肩に手を置く。
「その期待……絶対に裏切りません、ミミゴン様」
確信めいた表情をしたツトムを見て、俺たちは本社の入口を目指した。
今のツトムは死を恐れていない。
勝利を確実に得る瞳をしていた。
これほど心強い部下が他にいるだろうか。
入口の自動ドアを蹴破り、侵入することに成功した。
第一関門、突破か。
最上階まで繋がるエレベーターを探しているとき、目の前に何かが飛び降りてきた。
こいつら上から登場ばっかだな。
見た目は人と同じ身長と体格であり、パワードスーツを装着していることがわかる。
顔はフルフェイス型のヘルメットに似たもので隠されていた。
そう思った直後、相手の右手がシールドに触れ、顔が窺えるようになった。
「ミミゴン王、この前はよくもやってくれたな」
「オベディエンスか」
ドワーフのオベディエンス。
身体はスーツの胸の部分にすっぽりと収まっており、両手両足を広げて立ち塞がった。
「階段を下りた先にある『VWA』に用があるのだろ。だったら通せないな」
いつの間にか、そんなところに来ていたのか。
ちゃんと建物内の構造を調べておけば、迷わずに済んだのに。
ていうか、助手も働いてくれ。
返事は小さなため息だけで、何も起こらない。
そうこう考えている内に隣のトウハは笑って、大斧を構えた。
「んじゃあ、ここは俺の出番だな」
「そういえば『VWA』の破壊は、トウハの役目だったな」
「おう! ラヴファーストに鍛えられた、この力! 見せつけてやるぜ!」
「トウハ、かなり重要な仕事だからな。失敗するなよ」
ここをトウハに任せて、さっさとエレベーターを目指した。
背後から弱々しい声がする。
「おいおい、プレッシャーかかるなぁ。まあ、その方が緊張感もあって、本気出しやすいけどな」
前向きなトウハに任せて、正解だったな。
『VWA』の破壊、お前にしかできない仕事だ。
あれから、どれほどの月日が経ったのだろう。
「ラオメイディア社長! ミミゴンとレイランがもうす……!? ぐは!」
見なくても分かる。
来たのだな、奴らが。
まったく、報告はいらないと言ったのに。
無駄に死なせてしまったな。
「良いビジネススーツだな、ラオメイディア。だが、もったいないな。もうじき、ボロボロになるぞ」
「別に構わないよ。一応、言っとくけど僕は超大金持ちだよ。王様に心配されるほど、弱くはないんだ」
涼しい風が髪で遊んでいる。
こんな、ヘリがない離着陸場にわざわざ来てくれるなんて。
僕は寂しくて仕方ないよ。
けど、真下では彼らが戦っている。
ここは彼らの雄姿が一番よく見える場所だ。
あそこ以上に危険な場所なんてあるかな。
「ほら見てよ。ダイナミック・ステートが暴れ始めたよ。そこから見えなくても、音で分かるでしょ。ミミゴン、レイラン……もう引き返せないよ」
正面に立つ二人に笑顔で振り向いた。
脳の働きを活性化させ、自律神経も整えるため、僕は笑う。
それに幸せになれるから。
「レイラン、挫けずによく来たね。それは不死に近い僕に勝てる手段があるから、でしょ?」
「この剣を覚えているか。あの時、お前らが連れ去ったエイデンの剣だ。エイデンの想いが託された剣だ」
レイランは鞘から剣を抜き放つ。
「けど、今は違う。エイデンだけじゃない。ミウも、ミミゴンも……そして俺も。俺は一人じゃない。だから今度こそ、負けない!」
「想い? 想いで強くなると考えているの? だったら、間違いを正さないとね。そんな甘言がまかり通る世界ではないってね!」
『異次元収納』から、見た目は普通の剣を取り出す。
けど、新都リライズで最も優れた職人が仕上げた逸品だよ。
そして、ミミゴンに目を合わせ、空に向かって手を挙げた。
「ミミゴンの遊び相手を用意したよ。彼が君と遊びたいと言っているんだよ」
背中をなぞるようにして強風が舞い上がり、離着陸場のほとんどが影で覆いつくされた。
下から聞こえていた爆発音は、背後からする機械音にかき消される。
「ミミゴーン! ぶっ殺してやる! この藤原良太が相手をしてやる!」
「機械龍に乗ったクソガキに言葉遣いを教えるのも、大人の務めだな」
最初に君と出会った時、まさかこうなるなんて思ってもみなかった。
やっぱり、生きているって素晴らしい。
ミミゴンはレイランの肩を掴む。
「レイラン……できる限り、お前たちを巻き込まないように戦うよ。だから、俺のことを気にせずに全力で戦ってくれ」
「ああ。ありがとう、ミミゴン。俺を、ここまで導いてくれて」
「当たり前だろ。民を守るのが王だ。それにクラヴィスやトウハ、ツトムも進んで、お前に力を貸したんだ。あいつらの想い、無駄にしないようにな」
「もちろんだ」
二人は別れ、ミミゴンは夜空へと旅立った。
フジワラは、その後を追っていく。
残るは、僕とレイラン。
「ミミゴンに助けられっぱなしのレイラン。たった数日で、僕を超えたと思うなよ。さあ来いよ、レイラン!」
「終わらせてやる!」
ちっぽけな存在だった君が、よく育ってくれたよ。