141 戦闘開始!
「配置完了しました。ミミゴン様、いつでもいけます」
シアグリースが叫ぶ。
この声によって、覚悟する者もいるだろう。
死闘となることを肌で感じる。
ニトルが駆け寄ってきて、耳元で囁いた。
「シトロン・ジェネヴァより報告です。バイオレンス以外の全傭兵派遣会社を壊滅させたと」
「そうか。よくやったと伝えておいてくれ」
そう伝えると、闇に紛れるようにして引き下がっていった。
リライズの警察と解決屋が連携して、傭兵派遣会社を潰させた。
これによって、バイオレンスに増援が来ることはない。
目標は、目の前にそびえ立つ三角形の建物だけだ。
砂漠のど真ん中に位置する傭兵派遣会社『バイオレンス』の本社。
側には、いくつもの岩山が存在しており、俺たちは陰で待機している。
月は雲に隠されている。
俺の後ろに、エンタープライズ国防軍。
そして、支援が主のテリトリーキーパー。
エンタープライズ城内で見守っているEIHQ。
加えて、ゼゼヒヒとマトカリアは憑依状態で大量の回復薬が入ったリュックを背負っている。
俺の隣には、テル・レイランが佇んでいる。
聖剣を手にして。
「諸君、生きて帰るぞ」
右手を挙げて、勢いをつけて目標に突きつけた。
すると、一斉に大声を出して、砂の大地を国防軍が走り始めた。
舞い上がる砂、地面を揺るがす音。
戦闘開始だ。
「……! 止まれ!」
ラヴファーストの声が響き渡る。
軍はラヴファーストに顔を向けた。
その直後、バイオレンス本社の背後から巨大な影が飛び出したのを見逃さなかった。
影は一瞬にして上空へと舞い上がり、光の玉が唐突に膨らんだ。
まさか、あの影は。
「やられた!」
俺は軍を庇うようにして立ちはだかり、『ものまね』で姿を変化させた。
巨大な光の玉は一瞬の静けさを挟んで、発射した。
それは音速を超えた光線となって、自分を目がけて一直線に突き進んでくる。
ヤバいと思った、その時点で体がちぎれ飛んでいくような衝撃を味わった。
誰かが「ミミゴン様!」と叫んだようだが、耳に入る前に轟音が襲う。
「助手!」
〈うぐぐぐー! ミミゴンの魔力が一気に削られましたー!〉
間一髪、エルドラに化け、『究極障壁』を張ることに成功した。
が、光線は今も障壁を破壊し続けている。
いつになったら終わるんだ。
腕が、もげそうだ!
緑の障壁が手のひらを中心に展開して、光線の威力をかき消しているが。
魔力が尽きそうなのか、障壁が徐々に剥がれ落ち、原形をとどめることができずにいた。
破壊がもたらす強風は障壁を無視して、国防軍を吹き飛ばす。
ある者は逃げ遅れたことによって、空へ飛ばされていった。
ほとんどの者は近場の岩に飛び込み、身を縮こませている。
〈ミミゴ、ンー! そろ、そろ、限界、でーす!〉
「世界最強のエルドラの力だ! 簡単に吹き飛ばされて、たまるかー!」
強烈な光を直視し、目が真っ白に焦げてきた。
視界が頼りにならない中、背後から叫び声がする。
「アイソトープ!」
「宝珠『アドナイ・メレク』!」
地球に似た色の結晶玉がちらっと見え、アイソトープが握り潰す。
ガラスが割れた音と共に、さっきまで疲弊していた心身が元気を取り戻した。
体の内から活力が湧いてくる。
が、それでも。
(魔力が光線に勝っていない。このままでは、また繰り返しになるぞ!)
障壁は修復されているが、光線はまだまだ続いている。
『究極障壁』を発動している間、魔力を消費し続けるわけだが。
「ミミゴン様。前を向いてください」
突然、両足に手のひらを押し込まれる。
両側に、ラヴファーストとアイソトープが立って、魔力を送り込んでいるようだった。
巨大な龍の姿であるため、ぶにっとした皮膚に手がめり込んでいる。
「ラヴファースト、アイソトープ……」
「私達の魔力を合わせて、ようやく打ち勝てます」
「俺たちの質も落ちたものだな、アイソトープ」
アイテムの効果に加えて、二人の強力な魔力も合わさり、光線以上の魔力を有することになった。
ここから、反撃だ。
障壁の色が、薄い緑から濃い緑へと変換されていく。
魔力を注ぎ込めば注ぎ込むほどに色は濃くなり、やがて真緑の『究極障壁』となった。
助手が微笑み、余裕が出てきたみたいだ。
〈さあー! 一押ししてくださーい!〉
腹から噴き出す雄叫びによって魔力は増幅し、光線を反射させる。
反射させた光線は緑色となって、敵が放った光線へ逆流させた。
目も開けないほどに光輝き、爆発音が響き渡り、岩山を砕いていく。
意識がもみくちゃにされ、自身が宙に浮いている錯覚に陥った後、ようやく瞼を開けることができた。
俺もラヴファーストもアイソトープも、膝をついて息を荒くしていた。
それぞれに顔を向けて、安否を確認する。
「立てるか? ぐっ……」
「ミミゴン様、あなたの方が心配だ」
ラヴファーストの返しに頷くしかない。
痛みが電流となって全身に走り、消え消えの煙が皮膚から噴出していた。
それからあまりの激痛に、膝をつく力も失い、地面に倒れた。
『ものまね』の効果も失い、元のドローンに戻ってしまう。
エルドラ以上の魔力で放たれた光線か。
シアグリースとトウハ、クラヴィスは兵を伴って、側に来た。
「トウハ! 周りを警戒してください!」
兵はラヴファーストに肩を貸し、メイドはアイソトープに肩を貸す。
最強クラスの二人が一瞬にして、瀕死の状態だ。
まだ人間の姿にはなれる魔力はあるので、いつもの人に化ける。
だが、エルドラの『ものまね』はあと一回しか使えないな。
クラヴィスが俺を守るように前に立ち、大剣を構えて周囲に目を配っていた。
「ミミゴン様、これは完全に待ち伏せされています。どこかから情報が漏れたのでしょうか」
「そんなはずは」
(あり得ません!)
EIHQのニトルが『念話』で声を張り上げた。
それを聞いても、クラヴィスの表情は曇ったままだ。
(オルフォード様と共に徹底して、情報漏洩を防いでいます)
「ニトルさん……ですが、この状況は何ですか。明らかに……」
続きを話す前に、何かが地面を蹴る音がした。
それは数多く。
いち早く気付いたトウハが見上げて怒鳴った。
「上だ!」
上空から降り注ぐ人の群れ。
口を開けて、握り拳を叩きつけてくる人は。
「モークシャです!」と叫んで、シアグリースは剣で顔を切りつけていく。
「先手を取られましたね、ミミゴン様」
真剣な物言いをされ、心を傷つけられた。
クラヴィスはただ思ったことを口にしただけだと思うが、どこか完全癖な俺からしたら悔しくて仕方なかった。
あれほど作戦会議した結果が、これとはな。
自虐したい気分だが、そうも言ってられない事態だ。
国防軍の兵は、自分のことで精一杯の様子である。
兵だけに限らず、クラヴィスもトウハも波のように押し寄せる敵の首を斬り飛ばすのに、頭がいっぱいのようだ。
手を指鉄砲の形にして、俺も攻撃に移る。
「『デストロイビーム』! くそ、キリがないな」
モークシャの顔を奪っても、そのまた後ろから追加されていく。
『デストロイビーム』を発射して、顔面に直撃させて。
それをひたすらに繰り返す。
依然状況は変わらず、防戦を強いられている。
しかも極度に追い詰められた状態だ。
指鉄砲であちこちにスキルを発動させていると、本社の方からスピーカーを通した声が響いてきた。
「来てくれたんだね、エンタープライズ。待っていたよ、君たちを。どう、僕たちの歓迎は」
「死にそう。軽口もたたけない」
「はは、楽しんでくれているみたいだね」
声は上空の機械龍から聞こえてくる。
さっきの光線も奴か。
両手両足を動かしながら、口も動かすのは至難の業だ。
助手のサポートがなければ返事もできない。
「エンタープライズをここで潰せば、僕たちに敵はいなくなる。世界最強の国エンタープライズを倒したとなれば、傭兵派遣会社が世界最強を名乗れるからね」
「俺は一度も世界最強の国とは言ってない。世界を甘く見過ぎなんじゃないか、ラオメイディア」
「まだ余裕があるみたいだね。それじゃあ、屋上で待っているよ」
機械龍が建物の裏へ隠れ、ラオメイディアの声は途絶えた。
俺の隣に現れたモークシャを魔法剣で斬り殺したレイランは、建物の屋上を睨む。
「ラオメイディア……」