138 作戦会議―1
月明かりがエンタープライズ城を照らす頃、第一会議室にて作戦会議が始まった。
会議室には、リーダー格が集結している。
『エンタープライズ国防軍』:総司令官ラヴファースト、指揮官シアグリース、最強の戦士クラヴィス、トウハ。
『テリトリーキーパー』:メイド総括責任者アイソトープ、メイド統括者ニコシア。
『EIHQ』:EIHQ長官オルフォード、副長官グレー、情報管理責任者ニトル。
『拠点開発研究所』:研究所長マトカリア&ゼゼヒヒ、研究副所長エックス。
『親衛隊(一人)』:隊長ツトム。
そして、『情報提供者』:コペンハーゲン博士。
『この物語の主人公』:テル・レイラン。
ついでに、『参謀役』:助手。〈任せてくださいよー〉
『謎の助っ人』:エルドラ。(迷宮の外であれば、我一人で十分だったのだが)
『エンタープライズ国王』ミミゴン。
「三日後決行する”傭兵派遣会社壊滅作戦”の謀議を開始しよう。ということで、まず情報提供者から弱点を聞き出す。コペンハーゲン博士、モークシャとダイナミック・ステートについて教えてくれ。いったいあれはなんなんだ?」
学校の授業を思い出す。
コペンハーゲンは教師のように落ち着いた声で話を始めた。
「まず、モークシャの説明から入ろう。特殊なナノマシンを体内に注射することで、モークシャとなるんだ。モークシャとなった者は死んでも、肉体は行動できる」
「そこが不思議なんだ。あれは、どういう仕組みだ?」
俺の質問に、ニヤリと笑って答えた。
開発者として自慢したいから笑ったのだろう。
「特殊なナノマシンのことを僕ら研究者は『プラーナ』と呼んでいる。プラーナの機能は、体内を巡る血球の要素を変化させることなんだ。通常、血液が血管内を流れているのは、心臓のポンプ機能によるものだ。でも、プラーナに感染した血球は自力で泳ぐ力を身につける。分かりやすく説明すると、血球に手足が生えるんだ。そうなると、死者となって心臓が動かなくなっても血管内を自由に移動することができる」
「だから、死後硬直が起きないのか」
「死後硬直が起きると、全力が発揮できない。もともと、この研究の根底には”身体能力の限界”を引き出すにはどうすればいいか、ということから始まったんだ。結論として、身体能力の限界を生きている内に引き出すのは無理だということ、そして死者となればリミッターを解除することができるということ。リミッターを制御しているのは体ではなく”脳”なんだ。リミッターが存在するのは生きる上で危険だからなんだよ。常に全力だと骨折や最悪、死に至る。だから、リミッターがある。だけども死者は既に死んでいるんだよ。全力を尽くして骨折しようとも関係ない。だから、身体能力の限界は死んでから到達できるんだ」
発想が残酷である。
こんなこと、思いついても実際に試してみようなんて考えに至らないはずだ。
「また、腐敗も死者にとって全力を出せない要素の一つ。だから、腐敗を防ぐ方法も考えた。その方法は血液が肺循環する際、加速と減速を繰り返して中の圧を変化させる。それから、自発呼吸に使用する呼吸筋を血流の調整で無理矢理動かす。このメカニズムがあるから、死者でも呼吸できるんだ」
何かのスキルによるものかと考えていたが、完全に自力でなんとかしている。
科学の力ってすごい。
人体もすごい。
「それで、モークシャの弱点は?」
ラヴファーストが全員の疑問を代表してくれた。
「重要なのは血液だ。浅い傷も深い傷も血液の活性化によって、すぐに塞がれてしまう。だから、傷つけても意味がないんだ。奴らを止めるなら、首ごと取っていくのが効果的だ。難しいなら、手や足を切断しても構わない。だけど、完全に停止するまで時間がかかってしまう」
「おそらく、奴らは何百体と襲ってくるだろう。時間をかけていては、集団で襲われることになるな」
「一撃で首を狩る、か。ラヴファースト、兵士にそれは可能か?」
「無論だ。手塩にかけて育てた部下は、世界最強の軍隊だ」
ラヴファーストの無表情は変わらないが、瞳が強く訴えていた。
安心感を与える目だ。
クラヴィスも、トウハも問題ないと頷く。
俺は、エンタープライズのルールを思い浮かべながら話す。
「俺らの国では、人を殺すことは禁忌だ。できる限り、気絶して捕らえよ。だが、奴らも本気だ。自殺をしてまで、モークシャを発動させるかもしれない。その時は、殺しても構わない。罪悪感が心を蝕んでくるかもしれないが、仕方のないことだ。もし、国防軍の中で、この事実を受け止めきれず、辞退したい者が現れた場合、絶対に辞退を許可させることだ。無理強いはさせるな」
「もちろんだ、ミミゴン様」
この言葉によって、会議室にいる者は悟ったのだろうか。
魔物ではなく、人を相手にしていることを実感しているのだろうか。
どんよりとした空気が生まれ、誰も口を開けようとはしなかった。
「あのー、そのモークシャって、どうやって判断して行動しているのですか?」
えらく呑気な声が耳に入る。
声の主は、椅子に座ったマトカリアだった。
隣に、ゼゼヒヒもいるが顔を引きつっている。
「もっと空気を読んだ声にできないのか、小娘!」
ぼそぼそとマトカリアに叫んだが、意味を理解していないようだ。
俺は空咳して場を整え、コペンハーゲンに目で伝える。
目に込められた意味を読み取り、コペンハーゲンは答えた。
「いい質問だね、お嬢さん。これは全てにおいて、とても重要なことなんだ。モークシャは死者と同義だから、脳は考えることができなくなっている。いくら限界突破した力を持っていても、力の使い方を思考することができないから、結局モークシャは使い物にならない。この問題は研究してきた中で、とても悩んだことだよ。最初は死滅した脳を生き返らせる案があったけど、現実的じゃなかった」
全部、現実的じゃないだろ、と心の中でつっこんだ。
マトカリアの質問は核を突いている。
この答えが、作戦を立てる際の軸になるはずだ。
「脳を生き返らせるということは、同時にリミッターの存在を復活させてしまう。つまり、脳を死なせたままにしておかなくてはならないんだ。そこで考えたのが、プラーナに機能を追加することだった。プラーナは二種類の物質で構成されていて、血管内で分解される。分解されると『血粒子』と『脳粒子』の二つが現れ、血粒子は血液細胞を感染させ、このとき赤血球のヘモグロビンを赤から黒へと変色させる。モークシャになったことを確認しやすいようにね。神経粒子は血流を泳いで、末梢神経を侵蝕するんだ。末梢神経と同化したことで筋肉を動かすことが可能になった。では、本能や外部の情報を集約して、個体の意思決定をする中枢神経はどうなるのか。脊椎動物である僕たち人間は、中枢神経系は脳と脊髄にある。前述した通り、脳は死んだままにしなくてはならない。だから、死者の中枢神経は使えないんだ」
頭が痛くなる内容だ。
トウハはキャパオーバーして、眠り始めた。
聴いている全員も顔をしかめていた。
コペンハーゲンは話すことに夢中になって、会議室の雰囲気に気が付いていない。
ここでタブレット端末を取り出し、中央に設置されたプロジェクターと接続し、壁に設置された大型スクリーンに画面を映し出して、説明を始めた。
画面は、建物内部の断面図を映していたが。
「博士、それはバイオレンス本社か?」
「その通りだよ、ミミゴン様。今からズームする場所に注目してほしいんだ」
そう言うと、映していた本社全体から徐々に地下にズームされていく。
地下二階あたりだろうか。
そこを大きく画面を支配し、コペンハーゲンは続きを話す。
「ここに中枢神経の役割を担った”量子コンピューター”が置いてある。こいつには高度な人工知能が宿っているんだ。この人工知能には、エキスパートシステムと事例ベース推論の二つの機械学習に加えて、最近リライズ大学で研究されているアビスラーニングも組み込まれた。つまり、この人工知能は最強なんだ。人工知能が最強ということは、人間の知能に迫ったということだ。いや、それ以上の知能を有しているといっていいかもしれない。僕はこいつに『V-Wave A』と名付けて、戦場の支配に長けた指揮官となった。『VWA』が存在する限り、モークシャも一筋縄ではいかないよ」
「この前、セルタス要塞で襲われたが、俺たちの戦いが学習されているのか」
「確実に、モークシャは成長しているね。ありとあらゆる戦闘を学習、分析し、最適解を求める。いざ、奴らと対峙した時、最初は優勢だったけど、時間が経過するたびに劣勢へとなっていく、ということが起こるよ。だから、余裕をかましている時間はないよ。最初から本気で挑む。このことを忘れないように」
ここで、博士の説明から一筋の光明を見出した。
中枢神経である『VWA』が、モークシャを指揮しているなら。
「博士! 『VWA』を壊せば、奴らは……」
「行動を停止する。いや、もっと簡単に言えば、本来の”死者”に戻る」
「作戦において、重要な第一目標は『V-WA』の破壊だ。こいつを壊せば、モークシャはいなくなる。博士、こいつを壊すのに特別な技術はいらないよな」
「もちろん。今、画面に映し出しているこの量子コンピューターを物理で壊せば、動かなくなる」
説明を終えて、コペンハーゲンはこちらを振り返る。
先ほどまで覆っていた暗い雰囲気がいくらかマシになった。
勝てる希望を発見できたからだ。
これは、コペンハーゲンがもたらした勝利への活路を見出した。
だが、まだ弱点の一部を聞き出せただけである。
「博士、ダイナミック・ステートについて教えてくれ」
非現実的なことばっかりですが「何だか現実でもあり得そうだな」と思って下さると嬉しいです。