136 大変動―準備
第七会議室にて。
「ようこそ、おいでくださいました。エンタープライズへ」
「へぇ、ここがミミゴンさんの国ですか。国そのものが巨大な城なんて」
伊藤真澄が、会議室の窓を覗いて感嘆の声を上げている。
ロボット娘ファジー・ネーブルも目を光らせながら、景色を眺めていた。
最上階の会議室に初めて足を踏み入れたが、豪華で煌びやかな部屋という印象だ。
縦に長いテーブルも、椅子も。
黒を基調とした家具で揃えられている。
「ただ自慢したいだけじゃないでしょ、ミミゴン王」
「失礼した、エリシヴァ女王。イフリート支配人も。飲み物を、ご用意しましょう」
「もてなしは結構よ。あなたがいったいどのような用件で呼んだのか、聞かせてほしいの」
伊藤真澄は部屋の隅から隅まで歩き回り、ネーブルもついていっているのが目に入る。
俺は椅子に座り、エリシヴァ女王とイフリートの二人に目をやりながら、話を切り出した。
「そろそろ……傭兵派遣会社の壊滅に乗り出そうと思いまして、そのご相談です。エンタープライズは着々と準備に入っています。新都リライズも……いえ、三国も準備に入ってもらいたいなと思いまして」
「グレアリングにでも会ったのかしら」
「セルタス要塞で偶然。戦争に関して、聞かせてもらった。さて……傭兵派遣会社に関しては三日後、決行しようという腹積もりです」
はっきりと語尾を強めて言い切った。
既にエンタープライズの国民にも伝えてある。
ラヴファースト、アイソトープ、オルフォードを中心に態勢を整えてもらい、用意してもらっている。
エリシヴァ女王は頷いて、納得した笑みを浮かべた。
イフリートは手を挙げて、質問をぶつけてきた。
「当然、この場にアタクシがいるということは、シトロン・ジェネヴァにも仕事があるわよね」
「力量に比べて、簡単な依頼だから拍子抜けするかもしれないが重要なことだ。ヴァイオレンス以外の傭兵派遣会社を全て潰してほしい」
「あらまあ、それだけでいいのかしら」
「厄介な援軍を相手にしてもらいたい。おそらく、ヴァイオレンスが襲われた途端、各地の傭兵派遣会社に応援を要請するだろう。大丈夫だ、奴らの社長はヴァイオレンスで待機している」
「強敵がいないんじゃ、退屈で仕方ないわね。ただ、各地の傭兵派遣会社となると」
「人が足りない。そこで……」
突如、会議室の扉が荒々しい音を立てて開いた。
「ちょっとぉ! 迎えに来るとかないわけ!? アンタのテレポートは一瞬だけど、王国からここまで何日かかると思ってんのよ!」
「ナイスタイミングだ、ハウトレット!」
「労いの言葉とかないわけ!?」
「というわけで、解決屋が手を貸してくれる」
乱れた髪を整えながら、小さい体を誇張するように胸を張っているのは解決屋の長ハウトレットである。
「どうも、アタシが解決屋の……アンタ、リライズ警察のイフリートじゃない」
「こうして面を合わせるのは何年ぶりかしら。今も幼女体型を維持しているのね、偉いわ」
「好きで維持してるんじゃないわよ! アンタの呪いでしょ! 早く治してよ!」
二人とも知り合いだったのか。
それよりも、ハウトレットの呪いはイフリートがやったのか。
顔を真っ赤にして怒鳴っているハウトレットを、イフリートは愉快とばかりに笑っていた。
「アタクシの家に伝わる秘術の書によるものだから、誰にも治せないわ。さあ、座りなさい。アタクシのお膝に。でないと、テーブルから顔が出ないわ」
「調子に乗るな、クソ魔人! ドロドロの肉体に触れるわけないでしょ! ミミゴン、こいつをぶちのめして!」
「ぶちのめしはしないが、ここらで争いは終わりにしよう。いがみ合いは終わりだ、終わり」
「アンタがここに連れてきたからでしょ! クラヴィスのお願いだからと聞いてあげたのに、まさかイフリートがいるなんてね」
背を向けて帰ろうとするハウトレットの肩をがっしりと捕まえて、耳元で囁く。
「クラヴィスが引退したら、解決屋の信頼はどうなると思う? あんたらではどうしようもない魔物が現れても、無視することになるな。ちなみに、善意で助けることもないからな。エンタープライズは一切、関知しない。それに融資の件も白紙になるな」
「ぅぅ、分かったわよ。クラヴィスも貢献してくれているし、その恩返しよ」
くるっと回って、席についたハウトレットを見て、ホッとした。
イフリートを目で睨みつけるハウトレットに、エリシヴァ女王は気付き、声をかけた。
「ハウトレットちゃん、久しぶりね」
「エ、エリシヴァ女王!? あははぁ……どうもぉ」
「あの時は助けてくれてありがとね。命拾いしたわ」
「人として、当たり前のことをしただけですよ」
あの時、助けられた?
ハウトレットがエリシヴァ女王を助けたということか。
考えられるとしたら、グレアリング王国が蛇足に襲われた時しか考えられないが。
妙な繋がりもあるもんだな。
解決屋とシトロン・ジェネヴァが協力して、本社以外の傭兵派遣会社を壊滅させる。
エンタープライズが動くのは三日後。
この二点を話すことができたので、解散となった。
ハウトレットは忙しいスケジュールの中を縫って参加してくれたので、挨拶もなしに馬車に乗り込んでいった。
エリシヴァ女王やイフリート、ネーブルはエンタープライズを見学したいとのことで、今会議室には伊藤真澄の二人しかいない。
伊藤真澄も会議に呼んだ理由がある。
「確か、お前の特殊スキルは『融合』と言っていたよな?」
「チートスキルのことですか、そうっすよ」
眠たそうな眼を擦りながら、白衣のポケットに手を突っ込んだ。
見た目は女性だが、中身は男性という転生者。
新都リライズで『ヴィシュヌ』を開発し、この異世界で70年生活している変わった奴だ。
俺が特殊スキルを尋ねたのは理由がある。
「これとこれを”融合”してほしいんだ」
「立派な剣と……バールのような、もの?」
両方の手のひらには、それぞれ剣とバールを握っていた。
剣はテル・レイランのものだ。
そういえば借りるとき、あいつに会ったが新都リライズに昨日行っていたらしい。
買い物だとは聞いたが、いったい何を買ったのかは不明だ。
しかし、剣を強化することを伝えるとレイランは引き締まった表情をしていた。
いよいよ始まることを感じ取ったのだろう。
真澄は華奢な手で受け取ると、それぞれをじっくり眺めている。
「その剣は、レイランっていう剣士のものだ。バールは、地に刺さっていた”武器”だ」
「ぶき? いや、確かにバールは凶器になりえますけど」
「元の持ち主が”転生者”なんだ」
「……そういうことかぁ。そうだ、転生者に与えられる『転生者特典』って知ってます?」
何もない空中から、タブレット端末を出現させ画面を軽くはじいていた。
真澄による転生者の授業が始まっている。
「転生者は有利な条件で開始できるよう、転生者だけが扱える転生者特典が与えられるようです」
「俺や真澄は”スキル”だな」
「スキル以外もありえるそうですよ。そう、この武器も転生者特典の一つだと考えられます」
「”召喚獣”……もありえるのか?」
「とある転生者の日記に、召喚獣に関する記述がありましたし、転生者特典の一つとしてありえるでしょう」
傭兵派遣会社の藤原という青年は『アンビバレンス』という召喚獣を操っていたが、あれも転生者特典だったのか。
オルフォードとラヴファーストが奴と戦った感想を述べていたことを思い出す。
普通、召喚獣というのは召喚主に「命令」という名の使命を与えられる。
使命が無ければ、召喚獣は動かないからだ。
そして、一度出した命令は召喚獣を離脱させるまで変更ができないのである。
藤原は「ミミゴンを殺せ」といった命令を召喚の際、与えているはずだ。
しかし、途中で俺がいなくなったことで、命令を遂行することができなくなった。
そうなれば、強力な召喚獣とて無力に等しいのである。
だが、アンビバレンスは違った。
俺がいなくなっても無力化されることはなく、攻撃するラヴファーストを攻めた。
考えられる可能性は二つ。
あらかじめ襲ってくる邪魔者に反撃するよう、命令していた。
もう一つが、”途中”で命令を変更した。
相手は転生者特典の召喚獣である。
後者の可能性が高い。
最初から「反撃の命令」だと、ラヴファーストへ果敢に攻めるはずがない。
俺が名無しの家からいなくなったことを確認した藤原は、「ミミゴンを殺害」という命令を「ラヴファーストを殺害」へと命令を変更したのだ。
「うーん、このバール……何の効果があるんです?」
「スキルを無効化する効果だ。例えば、自身の肉体が液体となるスキルを使用した敵がいた場合、物理攻撃は通らない。だが、そのバールだとスキルの液体を無視して、ダメージを与えることができる」
「それはすごいですね。もし、相手がスキルで不死身になっていても、殺すことができるということですから」
「だろ? だから、お前にこの二つを『融合』してほしいんだ」
「分かりました! ミミゴンさんの頼みです! いきますよ……『融合』!」
剣とバールが勢いよくぶつかると、光が部屋中に溢れた。
これが転生者「伊藤真澄」のスキル『融合』。