134 コペンハーゲン博士救出
砂漠というだけあって、夜は冷えている。
さて、ここらに。
「ミミゴン様! こちらです!」
白衣を着たドワーフが手首を動かし、俺を呼んでいた。
待っていた潜入調査員が口を開いて、コペンハーゲン博士の現在地を手短に説明する。
ここからでも確認できる位置に、第一研究所はあった。
そこに博士が囚われているそうだ。
ただし、場所は不明。
どうも監禁場所がシークレット扱いされており、末端の研究員や兵士には伝えられない。
研究員として紛れ込んだ調査員も、コペンハーゲンという名前だけが耳に入るだけで、存在は確認できなかったそうだ。
本当にいるのか、確実には分からないが手掛かりはここしかない。
博士は、奴らの弱点を握っている。
我々が今、手に入れなければならない人物なのだ。
調査員に礼を言い、『ものまね』で化ける。
外見は同じだが、中身は違う。
研究員の変装であれば、潜入しやすい。
こうして潜入調査員は立ち去り、俺は研究所に移動することにした。
厚いコンクリートの壁の中は、巨大なドーム状の建物が中心となって、周りは監視塔や通信塔などが配置されていた。
恰好が白衣を着たドワーフなので、兵士は堂々と侵入してきた俺に目も向けず、煙草を吹かしている。
装備は立派だが、人間の方は程度が低い。
こちらとしては助かるので、ありがたいが。
辺りを見渡すと兵士の巡回より、研究員の移動が激しいことに気付く。
というより、かなりの自由が与えられているみたいだ。
表情も穏やかで、互いに話し合っている姿もあった。
無理矢理抑えつけず、ある程度の自由を与えておくことが研究員の能力を上げることに繋がるのだろう。
人の扱いも流石だな、ラオメイディア。
助手、博士は見つかったか?
〈……ちょっと、まずいことになりましたー〉
それで、状況は?
〈こちらの侵入に備えていたようですー。敵は、こちらの感知スキルに反応して、地下で待ち構えているようですー。ですが、場所は分かりましたー。あとは、ミミゴンにお任せしますー〉
脳が博士の場所を感じ取る。
この地面の下。
じっとして動いていない。
座り込んでいるみたいだ。
それと、助手の言っていた敵の位置も把握している。
一人でこちらを見つめているということが感じ取れた。
何をする気か分からないが、どうやらそこを通る必要があるみたいだ。
幸運なことに、敵は全体に連絡していない。
警戒態勢にすらならないのが救いだ。
目的地まで駆け抜けていくだけだな。
研究員や兵士とすれ違っても、何も起こらない。
敵は今も動いていない。
走るなどといった目立つ行動は避けているが、かといってゆっくり歩いているわけにもいかない。
速足で、フロアを移動していく。
階段を見つけては降りるを繰り返す。
階段も厄介で、一気に下にいけないようになっているのだ。
占拠されにくい構造のようで、面倒くさいといった気持ちが階段を駆けていくごとに増していく。
そのうえ、エレベーターもない。
建物内は迷路のように複雑だ。
怒りが表情に出てきそうになるも、堪えて先を目指すしかない。
(妙だと思わないか、ミミゴンよ)
エルドラの『念話』が脳内で響く。
確かに、気になる点がある。
(この名探偵エルドラが推理してやろう! 結論から言おう、これは罠だ!)
だろうな。
もともと、コペンハーゲン博士の存在を知ったのはシトロン・ジェネヴァの総管理支配人イフリートからもたらされた情報によるものだ。
裏で、傭兵派遣会社とシトロン・ジェネヴァが繋がっている可能性も浮上してくる。
あくまで可能性の一つであって、傭兵派遣会社がわざと博士の必要性をにおわせている可能性の方が高い。
博士を餌として、シトロン・ジェネヴァの戦力を削っていく作戦だったのかもしれない。
博士の監禁場所だけは知らせず、探す者は当然スキルを使用するはずだ。
スキルを使用した際、使用者の魔力が出現し、すかさず魔力感知を使えば、相手が攻めてきたことがわかる。
そして、袋叩きにする……と、ここまでは誰でも考える。
しかし、待ち伏せしているのは一人。
よっぽど力に自信があるのか。
それに待ち伏せしている一人だが。
まるで、今日攻めてくることが分かっていたような待ち伏せだ。
潜入調査員によると、そこには普段誰もいないようだが、今はいる。
最悪の考えがよぎった。
エンタープライズの情報が洩れていることだ。
それも俺が侵入することは、一部の人間にしか伝えていない。
(……っておい! 我が推理すると言っておっただろ! 全部、言うんじゃなーい!)
すっかり忘れていた。
それで、エルドラも同じ考えか。
(う、うん。そうだぞ……)
エルドラの答えが濁っている。
何も考えていなかったように思えるが、俺も考えすぎかもしれない。
エルドラのように、たまにはアホをさらして進むのもいいかもな。
(考えていないようで、考えているのだぞ我は。だが、直感で切り開いていくのも方法としてはある。困った時は直感だ!)
そう言って『念話』が途切れた。
そうこう思考している内に、目的地の目の前に来ていた。
「抑止力のための兵器ではないのか! こんなに装備を追加して、何をする気なんだ……オベディエンス! 明らかに世界を滅ぼすつもりじゃないか!」
男の叫び声が、広場に響き渡る。
同時に歩みを止め、近くの遮蔽物に身を隠す。
開発現場と思われる場所には、コンクリートの床を大量の資材で埋め尽くされている。
コンピューターも見えている。
天井は丸い巨大な穴が空まで貫いており、月明かりが降り注いでいた。
おかげで、中央に何が置かれているかが丸見えだ。
サイボーグドラゴンだ。
セルタス要塞を襲った機械龍が鎮座していた。
周りを確認して、叫び声の方へ近づいていく。
「コペンハーゲン博士。井の中の蛙大海を知らず、という芸術言語をラオメイディア様に教わったんだ。まさに君は蛙だ。こんな兵器で世界など滅ぼせるはずがない。世界を甘く見過ぎだ」
「兵器の限界を追求したんだ。こいつの核濃縮魔砲が物語っている。たとえ、魔物王でも一撃だ」
「藤原によると、避けた奴がいたと報告されたぞ」
「ばかな」
「エンタープライズのミミゴンだ。奴は藤原と同レベルの強さを誇る化け物だ。ふふ、どうやら近くに来ていたみたいだ」
隠れていても無駄か。
姿を現し、二人の前に佇む。
怯えている方がコペンハーゲン博士、ニヤリ顔の男がオベディエンスか。
オベディエンスは両腕を広げ、俺を歓迎するかのように笑っている。
その身体はドワーフだが、発する力は人間以上だ。
「ようこそ、私の研究所へ! そして、さよならだ! 逃げたがっているコペンハーゲンと一緒にくたばりな、エンタープライズの王!」
男の背後にある機械仕掛けの龍が動き始めた。