133 博士と自分
「ニトルです! ご報告に参りました!」
「ありがとう。助かる」
玉座の間に入ってきた彼に、メイドは椅子を与え、座らせる。
横には、紅茶の入ったティーカップ。
彼のは無糖だが、俺は砂糖たっぷりの不健康極まりない紅茶を用意してもらった。
EIHQのニトルくんは、シアグリースと同じ戦争から逃げてきた移住者。
白いカジュアルスーツを身に纏った彼は、オルフォードも認める情報収集能力の持ち主。
ありとあらゆる知識に長け、記憶力も良い。
それでいて、根っからの真面目。
メガネが余計に真面目さを引き立てる。
真面目すぎて困っていると、オルフォードから聞かされた。
だけども、エンタープライズにとって欠かせない一人となりつつある。
「報告に入る前に、レイランはどうしてる?」
「彼は今日も、トウハさんと共に修行しています。最近は特に競争心も激しくなっていますね。ラヴファースト様を困惑させていましたよ」
「そのままでいいんだよ、あいつは。それに、ニトル。君もだ」
「僕も、ですか?」
そんなことを言われるとは思っていなかった、という顔だ。
「オルフォードから、真面目が過ぎるって注意されて、レモレモのゲームに熱中してるらしいな」
「ええ。昨日も、ランキング一位を死守しました。FPSゲーム、パズルゲーム、恋愛ゲ」
「あのな、息抜きとかイメチェンのために始めたみたいだけど、真面目だよ、お前は」
「そんな!? これほど、ゲームしているというのに!」
言葉からして真面目だ。
気付かないなら、俺が気付かせないとな。
「別にな、真面目が悪いという話じゃない。むしろ、良いことだ。とても。だけど……ニトル、友達はいるのか?」
「い、い、いま、いません」
「友達なんていなくても生きていける。だけどな、情報を提供してくれているのは同じ人だ。情報を生み出すのもまた、人だ。人と人との付き合いが情報共有に繋がる」
「はっ!?」
「気付いたか? 確かに、情報はインターネットで手に入るし、解決屋でも手に入る。お前は、それらを駆使して情報を収集してきた。だけど、限界を感じたんじゃないか? それだけでは手に入らない情報があると。他の皆は、自分より情報量は少ない。だけど、自分の知らない情報を入手している。それが余計に真面目へと変えていく。お前の中にある真面目は、悪い真面目だ。限界の壁に遮られたまま。努力しても努力しても変わらない」
「確かに僕は、焦っています。それに、悩んでいます。自分でも理解できない苦悩を抱えています」
なぜ、こんな会話をしているのか。
EIHQは協力し合うことで成り立つ職だ。
情報は、スムーズに共有されなければならない。
エンタープライズの命に関わる情報を疎かにはできないのだ。
ニトルを強くすれば、きっとEIHQはより一層素晴らしく成長する。
だから、オルフォードの相談を受けて、昨日通販で人間関係の本を買いまくった。
とにかく読み漁った。
今、ここで発揮する、本の効果を。
「ジョハリの窓でいう盲目の窓だ。自分では分からないが、他人から見える心の領域。言われなきゃ気付かない点を指摘してもらうことで、自分の人物像を掴むことができる。今、理解できただろ。自分の未知を」
「はい! 僕の真面目は融通が利かない、マイナスな真面目でした。ですが、ミミゴン様の指摘で、真の真面目に気が付きました! 孤独ではなく、協力し合って情報収集に当たります!」
「そうだ、いいぞ! ニトル! そのままの自分で強くなれ!」
「ありがとうございました! 失礼します!」
「ちょっと待て。何しに来たんだ」
「す、すみません」
帰ろうとした彼を引き留め、椅子に腰掛けさせた。
急に話題を変えた俺が悪いな。
ティーカップを手に取って、甘々な紅茶を啜る。
幸い、機械の体だ。
糖尿病にはならない。
甘党の俺にとって、これほど嬉しいことはない。
さてと、話を戻して。
「コペンハーゲン博士について。本名、コペンハーゲン・ニールス。リライズ大学では、生体工学を専攻していて、2年後には教授になっていただろうという噂で持ち切りだったそうです」
「今は?」
シトロン・ジェネヴァの総管理支配人、イフリートが言い残した最後の言葉。
奴らの研究を詳しく知りたかったら、コペンハーゲン博士を助けろ、と。
場所も第一研究所と言っていたから、探しやすかったそうだ。
「VBV……いえ、バイオレンスの第一研究所といえば、傭兵の間でも有名だそうです。瀕死の者や、実力を発揮できなかった者が最期に運ばれるのが第一研究所で、彼らを実験体として利用しているみたいですね。また、兵器開発もそこで行われているそうです。一人、諜報員を送り込み、コペンハーゲン博士なる人物が軟禁されているのを確認できました」
「そうか。他に情報はあるか?」
「コペンハーゲン博士はどうやら、その研究所を出たがっているそうです。博士は自ら研究に協力したそうですが、何らかの理由で退職したいのでしょう」
「だが、軟禁されているということは……傭兵派遣会社にとって、かなりの重要人物というわけか」
はい、と頷いたニトルを横目で確認する。
もしかしたら、ヨークシャやダイナミック・ステートの弱点を発見できるかもしれない。
特に、ダイナミック・ステートの情報は得たい。
そのためには、コペンハーゲン博士を救い出さねばならないな。
「ニトル。諜報員に、今日の21時に王自ら向かうと伝えておいてくれ」
「かしこまりました、ミミゴン様!」
ニトルが退出していく音を聞きながら、今後の流れをイメージする。
やることはたくさんだ。
忙しいから悩む暇もない。
これほど充実した毎日を過ごせることに感謝だな。
俺は復讐できない。
夜、一人で外の空気を吸いながら散歩していた。
奴は『魔法剣』ごときで、死なない。
俺の努力が裏切られるのは目に見えている。
ミミゴンの力を借りれば、ラオメイディアを殺すことができるだろう。
傭兵派遣会社だって、半日もあれば壊滅させられるだろう。
だけど、ミミゴンはそうしない。
俺が、テル・レイランがラオメイディアに復讐することが目的だからだ。
だから、ここまで献身的だった。
トウハも、シアグリースも。
エンタープライズが一丸となって、俺を支えてくれている。
感謝しても、し尽くせないほどに。
なぜ、そこまで俺のために。
憐れんでくれているのか、同情でもしてくれているのか。
正直、言って有難迷惑だよ。
”結局、理解されないのが辛いよね”
ラオメイディアの言葉だが、この言葉を聞いて共感してしまった。
これまでにも、俺の目的を聞いて「協力したい」と言ってくれた者がいたが丁重に断った。
これは俺の問題だ、俺の領域なんだ、と線引きして。
お前らに俺の憤怒する復讐を理解できるものか、と。
ここでは仲良しこよしで過ごしているが、本当は利用しているだけだ。
お前らと仲良くなるために、エンタープライズにいるわけではない。
強くなるため、奴を倒すためにいる。
俺は……最低な人間だ。
「ミウー! ほら、捕まえてみろよー!」
「もう! エイデンは、ずるいよ! レイランが速いからって、いっつも私に!」
「喧嘩しないでくれ、エイデンもいじめるな。ミウ、俺がオニになってやる。ほら、タッチしてくれ」
なんだ、幻覚に幻聴か?
目の前に、三人が走り回っている。
幼少期の俺やエイデン、ミウだ。
なんで、俺とあいつらが……!
いや、幻だ!
目を閉じて、再び開ける。
そうか、そうだよな。
両手の握り拳をさらに強くした。
皮膚が裂けるほどに。
そこにいたのは、走り回っている三人。
トウハ、シアグリース、ヴィヴィだった。
ヴィヴィは座り込んで、男二人を見ていた。
トウハは怒っているみたいだ。
「シアグリース! 一つぐらい、いいじゃねぇか! そのチョコ、一口くれ!」
「さっき、あげたじゃないか!」
遠目からでは確認しにくいが、どうやらシアグリースが持っている板チョコを奪おうとしているみたいだ。
怒ったトウハはしばらく追いかけまわしていたが、これでは埒が明かないと思ったのか、大斧を取り出し、振り回した。
トウハ……!
シアグリースが、迫る刃を前にして叫んでいた。
「トウハさん!?」
「やめろ!」
顔を目前にして、斧が止まった。
俺がトウハの腕を掴み、動かせないよう力を入れている。
顔面蒼白のシアグリースは、立ち上がろうと必死になっていた。
トウハもようやく、自分が何をやっているのか気が付いたらしい。
腕の力が抜けていくのを感じる。
斧はどこかに消え、うなだれた。
「す、すまねぇ。当てるつもりはなかったんだ」
「これ以上、大事にならなくてよかったな。仲間に武器を向けるなと、王様が言っていただろ」
「シアグリース、悪かった!」
シアグリースが伸ばす手を掴み、トウハは起き上がらせる。
普通なら激怒すべき場面だが、シアグリースは笑顔で答えた。
「反省してるなら、許すよ。僕も煽ったからね」
「許してくれるのか、シアグリース! チョコは我慢することにするぜ」
側で見ていたヴィヴィも安心して、胸を撫で下ろした。
トウハはこちらに振り返って、礼を伝えてくる。
「レイランも、迷惑かけたな」
「トウハらしいが、ほどほどにな」
「もう睡眠時間ですよ。規則正しい生活を送らないと、ラヴファースト様の訓練についていけませんよ」
「そうだよな。じゃあ、帰るか!」
シアグリースはチョコを口に頬張って、エンタープライズ城へ歩いていく。
他の二人も同様に、部屋へと戻っていくみたいだ。
この三人は、どうして仲が良いんだろうか。
さっきみたいなことがあって、どうしてすぐに許せるのだろうか。
俺がシアグリースの立場だったら、許せていただろうか。
殺されかけたのだ。
「なあ! 俺は……ここにいてもいいのだろうか! 迷惑を、かけていないだろうか」
なんで、こんな言葉が。
どうしたんだ、俺は。
この質問に答えをもらったところで、いったい何が変わるんだ。
トウハが先に振り返った。
「迷惑なんて、かけまくってるだろ……お互い。それに、お前がここに来て、三日目だぜ。いちゃダメなら、とっくに出ていってるはずだ」
「レイランさん! 馬鹿なトウハですけど、意外と良いこと言うでしょう。時には、馬鹿が心強く感じるものです。僕も、トウハさんと同感ですよ」
「元気出してください! 悩みなら、私達が聞きますよ!」
そうなのか。
三人は、そう答えるのだな。
「すまん。気にしないでくれ。俺は、エンタープライズに出会えて幸せだ」
「まったく、変なこと言いやがって。ほら、帰るぞ」
トウハは暖かな雰囲気をまとって、シアグリースの時と同じように手を差し出した。
ありがたいが。
「ありがとな、トウハ。ちょっと用を思い出した」
「用を思い出しただと?」
「新都リライズに行ってくる。心配するな、買い物だ。欲しいものがあるんだ」
「こんな夜中に出かけるのですか。明日の朝でもいいのでは」
「別に今、出かけてもいいだろ。ってことで、ラヴファーストに伝えておいてくれ」
本当に買い物だ。
三人は不審な顔をしていたが、リライズで買いたいものがある。
バルゼアーに教えてもらったあれを買うのだ。
俺は暗い夜道に足を踏み入れていく。
予定では、サカイメの街で一度休憩して、新都に向かう。
早く行けば、明日の夜には帰ってこられるはずだ。
あの三人のおかげで、忘れかけていた。
ありがとな、トウハ。
心置きなく……。