131 恩讐を越えて―4
「おい、貴様! そこで止まれ!」
「そうだ、動くな」
目の前に聳え立つのは、Δの形をした建造物。
周りには、かまぼこ型の建物。
兵器の数々が大きく開いた門から覗かせる。
人の姿もよく目立つ。
何より、武装しているからだ。
初心者ハンターが装備するような安い防具ではなく、きっちりとした防御力の高さを思わせる身なりである。
武器も銃をぶら下げ、近接武器も同じように腰にぶら下げて、いつでも戦える準備はできているみたいだ。
「何者だ、あんた。用件を言え」
二人の男が物騒な銃器を向けて、近づいてくる。
男の質問に返答はない。
警戒を増々、強めている。
いつでも戦える態勢に入っていることから、豊富な戦闘経験を感じさせる。
「用がないなら、帰り……」
言い終わる前に、肉体は真っ二つになっていた。
隣の男は、こうした状況にも慣れているのだろう。
手慣れた速さで銃を構えるが、引き金を引く手を切断されている。
刃を十字に斬って、狼狽える男は事切れた。
剣を片手で握り、刃先には血が垂れている。
剣士は、そのまま建物の入口を目指した。
ここは傭兵派遣会社『VBV』本社。
クブラー砂漠のど真ん中を占める会社に、一人の男が入っていく。
その男の目的は、社長の殺害。
動機は、復讐。
彼の恩人であるマギア村は、傭兵派遣会社によって失われた。
亡き者達のため、単身で乗り込む。
頼りは己の剣、経験、技術、運。
名は、シュバリエ・バルゼアー。
「こ、この部屋に、ラオメイディア社長が」
「そうか」
首を掴んでいた男の背中に、渾身の力で刃を突き刺した。
顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった死体を放り投げ、正面の扉を蹴り破る。
ようやく、見つけた相手。
間違いなく、私が殺す敵だ。
一人でよく来れたものだ、ここまで。
最上階まで来るのに、どれほど時間を無駄にしたものか。
『異次元収納』から回復薬や身体能力を向上させる錠剤も口にして、準備を十分にした。
今の自分が考えられる限りの最強だ。
あとは……魔法剣。
部屋の壁一面、ガラス張り。
左手には、大きなヘリポートが確認できる。
部屋から直接、ヘリに乗り込むのだろう。
「僕の愛する部下を大量に殺したのは、君だね。風雲の志士バルゼアーくん」
「そなたが、ラオメイディアか」
部下を斬り殺した切先を、奴に向ける。
目の前の男はダークスーツに身を包み、頭部に黒い角を二本、龍人だ。
机に腰かけ、不気味な微笑みで迎えてきた。
「いかにも、僕がラオメイディア。傭兵派遣会社『VBV』の社長を務めてるよ」
机から降りて、一歩前に出てくる。
「マギア村、知っているだろう。人間と魔人の混血が住む村だ」
「まぎあむら? ちょっと待ってね」
突然、手のひらに箱を出現させ、ラオメイディアは箱の側面に何かを押し当てた。
押し当てたそれは、マッチ棒のようだった。
棒の先端に仄かな火を灯し、気でも違ったのか、自身の鼻に火を持っていったのだ。
火の匂いを嗅いでいるようだった。
理解の範疇を超える行動だ。
それから、思いっきり振って火を消し、ゴミ箱に落とす。
箱は、いつのまにか消えていた。
私は剣を握る力を強くする。
「思い出したよ、マギア村のこと。あれがあったからこそ、こうして立派に居を構えられたんだ」
「それ以上喋るな。私は、マギア村の者達に助けられた。彼らに魔法剣を教えてもらった。だから、私はこうして風雲の志士を名乗れるようになった。グレアリング王国の誇る特殊部隊の一人として、数えられるようになったのだ」
「単身、乗り込んだ理由は復讐か。知ってしまったが、ゆえに」
「私の行く末を案じてくれているのか。心配無用だ。そなたを倒し、彼らの無念を晴らす」
「死者の心を理解できるとはね。驚いたよ」
「何が言いたい」
後ろを振り返ったラオメイディアは、顔を俯けている。
「君は”死人”に喋らせたのか? それとも遺書でもあったのかな? 冗談はともかく、復讐が死者の願いなのか。僕を殺して、死者たちの恨みが晴れるのか」
「諭しているつもりか?」
「ただ助けられたというだけで、どうして戦えるの? どうして死者の為に復讐できるの?」
『魔法剣:雷』を発動させ、剣と自身に雷を纏わせる。
ラオメイディアに狙いを定めて、一気に間合いを詰めた。
「終わりだ」
「――『回避術』」
あともう少しというところで刃を避けられる。
それで止まるわけがない。
こうしたことも想定済みだ。
間髪を容れず、胴体に突き刺そうと切先を動かした。
その攻撃も、見惚れるほど無駄のない身のこなしで乗り切られた。
躱されたなら次だ。
解決屋ハンターは魔物を相手にしている。
だが、私は人を相手にして戦っている。
ハンターよりも私の方が対人戦では有利のはずだ。
何より、人が相手なら考える脳を持っている。
心理も関わってくるわけだ。
今のラオメイディアに殺意を感じない。
なのに『回避術』を発動させ、攻撃を避けている。
戦意がないということか。
だからといって、鞘に納めるわけにはいかない。
復讐のためだ、死んでもらうぞ。
「そなたを殺しても、マギア村は戻ってこない。自明の理だ」
「分かっているなら、なぜ?」
「そなたに復讐したがっている者達に代わり、武器を手にしているのだ! 復讐とて、簡単ではない。力持たぬ者が挑めば、二の舞を演じることになってしまう。だから私が、そなたを討つ」
「理解したよ」
今まで軽やかな身のこなしで躱し続けてきた体を止めて、棒立ちになった。
好機到来、逃すわけにはいかない。
『魔法剣:炎』!
腕を広げ、待っている奴を横一文字に斬りつける。
さらに、剣は踊り続ける。
奴を中心に、血だまりが床一面に広がっていく。
一撃一撃に、マギア村全員の恨みを込めて。
剣を振るう力が失われた頃、ラオメイディアは自ら流した血の池に倒れ込んだ。
私の足も脱力して、片膝をついてしまう。
奴が動いていないことに安堵したのだろうか。
「復讐を誓う若者を、この目で幾度も見てきた。風雲の志士に所属する者のほとんどが、故郷を帝国に奪われた者達だ。風雲の志士は復讐の念で結束していると言っても過言ではない。私はこれまで復讐を考えたことがなかった。だから彼らに同情できなかった。復讐なんて無駄だ、許してやれ……そう思っていた」
剣を握る手に力を込め、目を閉じる。
「今は違う。”許す”なんてできない。ただ黙って踏みつけられておけと? 無かったことにしろと? 何もしない、なんてのは臆病者の屁理屈だ。そうとしか聞こえない耳になってしまった」
立ち上がって、扉まで歩いていく。
自分が考えていた以上に膨れ上がった復讐。
ラオメイディアを倒しても、視界は曇ったままだった。
心に晴天が訪れると思っていたのに、ますますドス黒い雲で覆われていくみたいだ。
何をしたらいいんだ、私は。
「悩んでこそ、人というものだよ。復讐を君はどうやって処理する? 死んでいった者達の恨みはどうなった?」
「ラオ、メイディア……」
背後に、ラオメイディアがいることが音や気配で感じ取れる。
それになんとなく、こうなることを理解できていたみたいだ。
奴が大人しく死ぬはずがない。
「もっと良い反応を期待していたのに。何で生き返ったの、ってさ」
「そんなこと、日常茶飯事だ」
「君の日常、見直した方がいいよ」
「長年、生死の狭間である戦場にいたからか、大切な何かを失っているような気がしてならない。これが普通じゃないことは分かっているのに、素直に受け入れられる自分はいったい」
「だから、代わりに復讐してやろうと思えたわけだね。復讐に終わりなんてないんだよ。自己満足で終われるほど贅沢な復讐なんてない。生きている限り、ずっと囚われたままなんだよ。復讐に寄生された君の生き方を教えてくれると嬉しいよ」
「ラオメイディア、そなたを必ず殺す。まずは、それを目標に生きてみせよう」
含み笑いをしながら、こちらを見送っている。
振り向かず、彼に声を飛ばした。
「最後に聞きたい。私を、殺さないのか? このまま逃すと、大変なことになるかもしれないぞ」
「むしろ、大変なことになるのを望んでいるんだよ僕は。弱っちい敵ばっか倒していても、経験値は少ないよね。倒すなら自分よりも強い敵に挑まなきゃ。一気に経験値を稼いだ方が時間を無駄にしなくて得だよ」
「それが理由なのか」
半ば自暴自棄になったからこそ、問いかけた。
ラオメイディアは極悪非道だと思っていたが、イメージがかけ離れている。
何を考えているのか。
その笑顔の裏が知りたい。
「それに、バルゼアーくん。僕には敵が多いけど、立ち向かおうとする者はほとんどいない。だけど一人、とても威勢のいい青年がいてね。もし偶然出会ったなら、彼に魔法剣を教えてあげてほしい」
「誰だ、その青年というのは」
「教えても分からないだろうね。けど会えば、すぐ分かるよ。さて、何年後になるかな。楽しみだなぁ」
本社から立ち去り、戦場に帰った。
結局、最前線はボロボロ。
知っている顔が戦場の土を被って、死んでいる。
ラオメイディアへの復讐も叶わず。
心に曇天が広がるばかり。
また、休暇期間が終わったにも係わらず遠出していたことを理由に、風雲の志士には相応しくないとされ、セルタス要塞の領地主へ鞍替えとなった。
これを活かすべきだと思い、魔法剣の道場をつくった。
子供たちに魔法剣を教え、将来有望な兵士に育てるという表向き。
だが、ラオメイディアを殺すための兵士を育てたいという内実。
この7年間、実に楽しんだものだ。