128 恩讐を越えて―1
援軍がグレアリング王国へと帰路に就くのを見守ったあと、レイランが駆け寄ってきて尋ねてきた。
「グレアリングの王様と何、話していたんだ?」
「戦争の終結だ。いよいよ、終わりに差し掛かっている」
「そんな時代が来るなんて」
「信じられないのか?」
「いや、ただ、ミミゴンは忙しくなりそうだなって。ははは」
そんなに戦争が終わることを信じられないのか。
時代は変わる。
頭を掻きながら笑うレイランに笑い返しながら。
「で、どうだったんだ。『魔法剣』の使い心地は」
「ああ、これなら……勝てるはずだ。まだまだ改善の余地はあるが、でもラオメイディアに今度こそ、復讐することができる」
「その意気だ、レイラン。そなたは、もっと強くなれる」
バルゼアーが柔らかい表情を浮かべ、そう告げた。
言われた本人も、ガッツポーズをして喜ぶ。
そこで、レイランは気づいた。
師範の手に、黒く小さい物体が握られているのを。
「手に持ってるそれは何だ?」
「これか? ボイスレコーダーだ。音声を記録することができる電子機器。使ってみるか」
「いいのか。えーと、どこ押せばいいんだ?」
あれこれと教わったレイランは、早速自分の声を録音していた。
録音した音声データを再生し、自身の発する言葉を聞いて楽しんでいる。
このボイスレコーダーも、リライズのものだろうな。
しかし、何のために。
「なあ、ボイスレコーダーを何に使う気なんだ?」
「日記のように、日々の出来事を録音している。それだけだ」
「そうか。なるほど、日記としても使用できるわけか」
ボイスレコーダーを体感し、満足したレイランはバルゼアーに手渡す。
すると、ハンターの集合を呼びかける声が響いて、レイランが反応し、走り去っていった。
住処を失った魔物が、セルタス要塞へと襲いに来たのだろう。
人が良すぎるな。
無茶しすぎるなよ、と遠ざかる背中に向けて注意しておいた。
微笑ましく見守るバルゼアーが、何の前触れもなく語り始める。
もう、笑顔は消え失せていた。
「老人の寂しい独り言だと思って、聴いてくれるとありがたい」
「急に、どうした」
師範として、戦士としてのオーラが小さくなったように感じた。
弱々しいロウソクの炎のように消えかかっていると言ってもいいぐらいだ。
「今から7年前。まだ、道場すら考えていなかった頃。そのときには既にハンターではなく、グレアリング王国に仕える”風雲の志士”として、戦場で活躍していた。そして一度、帰国することができた。それまで、戦地での活動だったから、ストレスの解放を目的としての帰国だ。それで帰ったはいいが、することがない。仕方なく昔の伝手を利用して心身を鍛えなおそうと思い立ち、解決屋本部に足を運んだ」
いつも通りの賑わい。
大勢のハンターの中に一般人が混ざっているという、いつもの光景。
受付に大量にハンターが並んでおり、呼吸が十分にできないほどだった。
諦めて、席に座り、しばらく待つことにしてみた。
その間、剣を磨き続けて。
すると、ある会話が耳に入ってくる。
「そういえばさあ、リライズ領とデザイア領の狭間にある山のこと、知ってるか?」
「あれだろ。恐ろしい形相をした魔物が棲みついているってやつだよな」
「そう、それ! で、最近ハンター連れて、えぇとなぁ……ああ、魔物研究調査団が調査を行ったらしいんだ」
「それで、結果は?」
「聞いて驚くなよ。実はな、付近に村があった形跡を発見したらしいんだ。崩壊した建物があったからな。いいか、重要なのはだな、この次だ。その魔物、どこにも記録されていない新種でな」
「まさか、その魔物に蹂躙されたのか!」
「その可能性もあるけどな。だが、もう一つの可能性があるんだ。魔物の姿についてだ。なんでも、体表に人の顔が張り付けてあるかのような見た目らしい。しかも、嘆く表情や怒りの表情で埋め尽くされているそうだ」
「おい! 早く先を言え!」
「魔物研究調査団が出した結論は、村人の死体で創られた魔物なんじゃないかと言っている」
私は、ハンターの会話に耳を傾けている。
他の声に惑わされないように、聞き耳を立てていた。
どうしてか、この会話が気になってしまったのだ。
まるで、聴かなければいけないというような感じだった。
「村人の死体で創られた魔物だって? おいおい、魔物って創れるのかよ」
「まだまだ見つかっていない、知らないスキルだってあるはずだ。それがあれば可能だろう」
「誰がやったんだよ? それに、村があったなんてな。あそこは確か、高レベルの魔物ばかりで、狩猟するのに許可が必要な場所じゃなかったか」
「でも、ほんとに村はあったそうだぜ。人々が生活していた痕跡も残っているし、それに光る玉が落ちていたらしいぞ」
「光る玉?」
私の何かが震えあがった。
思わず耳を塞ぎたくなるような衝動に駆られてしまう。
持ち上がった手を強引に抑えつけて、続きを聴く。
「ああ、その玉には『認識阻害障壁』っていうスキルが発動できるらしくてな。村を丸ごと覆い隠すことができるらしいぜ。だから、目撃情報がなかったんだよ、村の」
続きを聴くことはなかった。
考えるより先に足が出ていたからだ。
気づくと私は、グレアリングの門をくぐり抜けていた。
後ろは、ハンターや商人で埋め尽くされている。
前方には、大きく広がる草原。
呼吸も荒れていた。
このまま真っ直ぐ進めば、リライズ領だ。
無我夢中で駆け出してきたが、再びこみ上げてくる疾走したい衝動。
ふと左方に目を向けると、巨体の鳥が見えた。
大きく広げた黒の翼が、とにかく目立っていた。
その足元には、鏡面仕上げの箱が置いてある。
側には、サングラスをかけたトレンチコートの男が立っていた。
もしかして、あの男……商人なのか?
なら、あの鳥は移動に?
とにかく体を動かしたかった。
「そなた、商人か!」
「お? その通りだ、旦那ぁ。自分は、メルクリウス・クワトロだ。クワトロって気軽に呼んでくれ」
「え、ええ。私はシュバリエ・バルゼアーといいます。実は、そなたに頼みたいことが」
第一印象としては、飄逸した人物に見える。
だが、名前で思い出した。
メルクリウス家は、商人の血筋を引き継ぐ家柄だと聞いたことがある。
知識に間違いがないことを信じ、仕舞っていた小袋を差し出した。
「ここに、6000エンある! どうか私を運んでくれないか。リライズ領までで構わない! 頼む!」
クワトロは小袋を掴むと、中を一瞥する。
商人だというなら、金があれば動くはずだ。
あとは着の身着のまま。
いや、刀がある。
リライズに着いたら、無一文で放りだされるが気にしない。
金なら、向こうで稼げばいい。
幸い、解決屋に依頼される魔物なら軽く倒せるほどの力がある。
納得したクワトロは後ろを向いて、黒い鳥と話している。
魔物ではないみたいだが。
鳥は背を低くして、クワトロが指さす。
「こいつはキャリー。召喚獣だ。さ、背中に乗りな」
「ありがとう! 感謝する!」
相手に向かって腰を折り、感謝を伝える。
それから、キャリーと呼ばれた召喚獣の背に飛び乗った。
クワトロは、キャリーの腹に鏡面の箱をくくりつけて、背にジャンプした。
私の前に、クワトロが跨っている。
「よし! キャリー、最速でいくぜ! 風雲の志士様ぁ! 楽しんでくださいねぇ!」
「わかった。……うん? 私がいつ風雲の志士だと……」
言い終わる前に翼が大きく羽ばたき、強風で顔を覆ってしまう。
一瞬、呼吸ができなくなる。
体が浮き上がっていく感覚を味わい、慣れてきた頃には既に上空を飛行していた。
下を覗くと、草原と魔物の姿、森、川が遠くなっている。
最速によって、景色が次々と変化していく。
「旦那ぁ! どこいけば、いいんですかい!」
「リライズまでで結構!」
押し寄せる暴風に負けない声で叫ぶ。
「遠慮しなくていいんだぜ! 大事なお客様だ! どこにでも連れてってやるよ!」
「なら、キセノン山地を知っているか!」
「オーケー! キャシー、満足するまで速度を上げろ!」
「こんなに早く、キセノン山地に到着するとは」
「さてと……旦那ぁ。こいつは返すぜ」
投げられた何かを掴み、確認する。
3000エン入った小袋だった。
「お駄賃、3000エン。それで成立だ」
「しかし、ここまでしてもらって」
「損して得取れ主義なんでな。ってことで、どうぞクワトロをご贔屓に」
「もちろんだ。今度、セルタス要塞へ来るといい。”客”が多いはずだ」
しばらくして、後方から強い風が吹いてくる。
彼らが去っていくのを理解した。
周りは砂地のため、まばらに草が生えている。
クブラー砂漠に近いため、グレアリング領と比べると圧倒的に草本が少ない。
ただ、乾いた涼しい風が流れている。
水も山地へ行けば、綺麗な川で手に入る。
左手で刀の柄を撫で、存在を確かめた。
解決屋ハンターも滅多に来ないキセノン山地。
目的地まで気を抜かないように進まねば。