126 魔法剣―11
あれから、一時間が経過した。
セルタス要塞への被害は少なかった。
ひとえに助手のおかげだ。
ただ、イマジンが残した爪痕は大きかった。
聖剣の祠があった山が消失したのだ。
レベル上げの場所であると同時に、セルタス要塞を守る盾としての意味があった。
挟み撃ちをされてしまう可能性だってある。
バルゼアーを中心に、兵士たちは議論していた。
ハンター達は山に生息していた魔物が居場所を失くして、セルタス要塞の側に迫ってきたところを仕留めている。
あの戦いの余韻のせいか、妙にテンションが高い。
ただ、途中で強化していたスキルの効果が切れて、小さな騒ぎに発展していたが。
そのたびに、俺のところに来て「ミミゴン様ぁ、お願いしますー」と頭を下げているハンターが目立つ。
「自力でなんとかしてくれ」とあしらって、俺は見張りとして要塞入口付近で立っていた。
俺と同じように見張りとして立っていたレイランも注目の的だ。
もはや、英雄のような扱いだ。
最後まで戦い抜き、倒した龍人の数も多い。
「どうやったら強くなれますか」とか「サインください」とか。
仕舞いには、泣きついて抱きしめている男もいる。
活躍度合いで言えば、俺が一番の功労者のはず。
イマジンと変な少年を撃退して、モークシャを何体か潰して、兵士を強力にして。
感謝状、一枚二枚じゃ足りないはずだ。
ていうか、感謝状なんていらねぇ。
もっと実のあるものを出してもらいたい。
(どうしたんだ、我が親友ミミゴンよ。悩んでいるのか)
エルドラか。
そういえば、エルドラに化けると人の姿になっていたな。
龍と人で違いはあるのか。
(我は”神龍人”という龍人を超えた種族なのだ。……簡単に説明すれば、龍と人とで違いはないといっていい。ただ、体積が異なる。『ものまね』で活用するというなら、状況に応じて変化すればいい。突進攻撃なら、単純に神龍である方が強いぞ)
使い分けが必要か。
基本は人の姿でいいかもしれない。
助手が、エルドラは気力の消費が激しい、と言っていたから最後の手段として使わせてもらう。
それでいいか?
(ミミゴンの好きなようにやればいい! 我は偉そうに言える立場ではないのでな)
ありがとう、気が楽になったよ。
何だか、お師匠を思い出してしまうな。
(どんな奴だったんだ、ミミゴンの師匠とやらは)
俺の人生を変えてくれた偉人だ。
芸能界じゃ知らぬ者などいないほどの人気を誇っていた。
連日、テレビに動画サイトにも現れて、皆を笑わせた。
まるで未来予知してたかのように、的確にツッコミとボケを繰り出し。
芸歴関係なく、職業関係なく、年齢さえ無視して、色んな人と関係を築いていた。
若者がやるようなゲームとかスマホも操り、推理小説を読んでいたかと思えば、ライトノベルも読んでいて、アニメも見ていたんだ。
寝る時間はあるのかというほど、活動していらっしゃった。
おまけに超健康で、医者からはギネスを狙えるほどに長寿を保つのではないかと言われるほどだ。
(完璧な人間ではないか。我でも勝てそうにないぞ)
弱点なんてあったのだろうか。
お師匠様の側を離れなかった、人生の半分。
神様と呼ぶ者もいたのを思い出す。
人間離れしていたからな。
あの頃を思い出すとキリがない。
だけど、名前が出てこない、思い出せない。
どうして……俺の記憶の中に存在しているというのに、どうして。
忘れてしまったんだ。
「ミミゴン! あれが見えるか!」
「……どうした、レイラン」
レイランが肩を叩いて、前方を指さす。
真っ暗闇となった時刻。
火の玉が縦に並んで進軍しているように見えていた。
『暗視』を発動させ、目を凝らす。
オピドム街道を馬が駆けている。
武装した人間が乗馬していた。
敵ではなさそうだ。
要塞から出てきたバルゼアーが横に立って、耳打ちする。
「我らの王様……グレアリング・リーブ王だ。おそらく、襲撃を受けたということで加勢に来られたのだろう」
グレアリング王国から全力で走らせて、半日で到着か。
兵士の表情に疲れが見えている。
このまま戦闘に突入したら、大変なことになるぞ。
リーブは不審な顔をして、辺りを見渡す。
王様だけでなく、部下も同じだ。
あれは、アルテックか。
自称グレアリング最強の剣士と名乗っているみたいだが。
リーブとアルテックは馬から降りて、迎えたバルゼアーに話を聞く。
「バルゼアー領地主……戦が始まったと聞いたが」
「ご覧の通り、我々が勝利いたしました」
「なんと……聞きたいことが山ほどある」
「では、場所を変えましょう。私の道場へ」
リーブはアルテックに戦場の後始末を命じ、兵を伴って走らせた。
バルゼアーが道場へと案内しようと歩き出し、俺たちの前で立ち止まる。
「グレアリング王。今回、我々セルタス要塞にいる者だけでは勝てなかったでしょう。たまたま居合わせた彼らがいたからこそ、戦を制したのです」
紹介するように腕を動かし、俺らに注目を集める。
リーブはゆっくりとレイランに近づき、握手を交わした。
驚くレイランに、王は頭を下げる。
「セルタス要塞を守ってくれたこと、感謝する。ここを死守してくれたことは、同時にグレアリング王国を救ってくれたことと同様だ。本当に本当に感謝している」
「あ、ありがとうございます!」
「そなたの名前は、何という?」
「テル・レイランです」
「テル・レイランだな。しっかりと覚えておく。救国の英雄として」
次に、俺に近づいて「ありがとう」と呟き、名前を尋ねてきた。
「そなたの名前は……」
「ミミゴンだ。蛇足の時、以来だな」
「……ミミゴンだと!? 本当か!」
握手するが、確かめるように手首まで触ってくる。
「リーブ王、俺は……」
「分かっている。ミミゴン、本人だな」
「今ので分かったのか」
「いや、ミミゴンなんて名乗る者は……本人以外に考えられないからな」
「”なんて”って、どういう意味だ」
「まあまあ、そこまでにしておきましょう」
バルゼアーが宥めに入ったことで、言い争いにはならなかった。
そもそも言い争いなんてするつもりはないが。
レイランは引き続き、見張りを任され、俺らは今回の事をまとめるため、道場へと足を運んだ。
リーブが頷く。
「そうか……傭兵派遣会社か」
「あんたは知っているだろ。というか、協力して戦争を長引かせている本人だ」
暗い小部屋を、バルゼアーが灯したランタンで温かい光に包まれる。
テーブルに手を置いて、椅子に座り、三人は顔を向けあった。
セルタス要塞の長バルゼアーが、先ほどまで起こっていた交戦を簡単に説明した。
上空にイマジン、地上に龍人十数体。
サイボーグドラゴンは、セルタス要塞の防壁となっていた山を壊滅させ。
龍人は、モークシャとなって猛威をふるったこと。
兵士とハンター、レイランに俺が一致団結したことも付け加えて。
口を挟むことなく黙って相槌を打ち、リーブは聴いていた。
一通り、話し終わった後で、俺が質問する。
「今回のこと、傭兵派遣会社から何も聞いていなかったのか?」
「そうだ。裏切られたと言っていいかもしれないな。社長は龍人だったはずだ。もしかして帝国が……」
「それはない。奴らが独断で始めた戦争だ。いや……戦争ではなく、実験だな。裏切られたんじゃなくて、利用されたんだよ。味方でも何でもない」
「互いに相手を利用しようとしていた。ただ、立場は違った。奴らの方が上だった」
自らを恥じる様子のリーブ王。
いつもの風格が、消えかかっているように見える。
馬に乗っていた王は、戦士として王としての威厳に満ちた態度だったのに。
知りたいことを聞くために、また話を伺う。
「傭兵派遣会社が戦争に関わっていることを知っているのは?」
「私とバルゼアー領地主、それにアルテックだ。ただ、アルテックには詳しく話していない。あいつは国のために尽力している。真実を話す気にはなれない」
「ラオメイディアと、いつ話し合っているんだ? どうやって、バランスを保っている?」
「奴とは一度、会っただけだ。敗北が決しようとした、ちょうどその時だ。奴が現れ、”調整”したと言って、デザイア帝国と同等の強さにさせられた。それからは、勝手に奴らが”調整”している。見返りとして、こっそりと大金を渡す。傭兵派遣会社とは、そういう関係だ」
グレアリングが敗北していれば、新たに血が流れることはなかったというのに。
傭兵派遣会社は王国と帝国の起こした戦争に介入し、調整という名の「いつまでも終わらない戦い」をつくっている。
自身の育てた傭兵を強くするのに、うってつけの場である戦場。
戦争を長引かせることで、リライズの経済を潤わせる。
グレアリング・リライズ・デザイアの三国と協力関係にある傭兵派遣会社バイオレンス。
メリットがあるから、三国は頼るのか……自分たちよりも強力な愚連隊を。
「私は、つい最近まで知らなかったことがある。デザイア帝国もまた、傭兵派遣会社に依存していたことを」
「最近まで知らなかった?」
「ああ、そうだ。人間が竜人より弱いのは事実だ。その証拠に傭兵派遣会社が介入する前は、じりじりと追い詰められていた。数では我々の方が多いが、武力は圧倒的に竜人が凌駕している。奴らの歩みが遅かったため、一気に攻められはしなかったが、いずれ制圧されるのは目に見えていた」
グレアリングは豊富な資金と資源を手にしていた。
対して、デザイア帝国の軍事費はグレアリングの半分以下だという。
リライズから大量の装備と兵器を購入し、耐えてきたのがグレアリングという国だ。
「戦争によって民を導きやすくなる。勝てば、相手の国も手に入る。両国の王による欲が、戦争を始めたのだ。もう……200年も続いているのか。父と祖父から、負けられない戦争を託された私は戦争を終わらせたい気持ちで一杯なのだ。そう、私はさっさと負けて終わらせたいと願っている」
「それでも王は戦い続けなければならない。国を守るために」
「……逃げたかったのだ。私は、戦争から。関わりたくないと。早く息子に託して、逃げたかったのだ。だからだろうな……息子が父親から離れ、祖国を出ていったのは。あれこれと子供を縛り付けて、教育し……あいつに自由を与えられることはなかった。まったく皮肉なものだ……不羈の王国と謳いながら、自由がないとはな」
「出国と同時に滅ぼそうとしたからな。よっぽど鬱憤が溜まっていたんだろう」
「結局、後継者は消え……私は玉座に座り続けなければならなくなった。しばらく戦争からは逃れられないということだな」
リーブの自虐した笑いで、バルゼアーを心配させる。
「大丈夫だ」と安心させたリーブは、ため息をついた。
俺は、傷心の王に止めを刺すように宣言する。
「俺らは傭兵派遣会社を潰す。戦争は、やがて終わりを迎えるはずだ」