125 魔法剣―10
「さっきのは逃げたんじゃなくて、儀式してたんです。勇気が出る儀式を……」
「言い訳とかいいから、武器振り回せや! 誰も聞いてねぇんだよ!」
「俺たち、余裕ありすぎて喋りながらでも戦えるな」
「いの一番に逃げた奴の台詞は一味違うな」
「うるせぇな! スキルで能力向上でもしとけ!」
「レイラン、立てるか」
震える腕を強く握って、立ち上がらせる。
曲がった足を真っ直ぐにしようと、レイランは猛り立つ。
落とした剣を拾ってやり、柄を向けて渡した。
受け取ったレイランは、刃を眺めて口角を上げる。
「『魔法剣』は、今こそ輝く時なんだ。剣技最強クラスの『魔法剣』……使いこなしてみせる!」
「そうだ、レイラン。『魔法剣』は、ただ単に魔法を武器に付与するだけではない」
レイランの側に立っていたのは、バルゼアー師範だった。
こんな時にも……いや、こんな時だからこそ、身に染みる教えになるわけだ。
バルゼアーはレイランに、マジックポーションを手渡し促す。
魔力を回復させるために。
それを一気に呷って、口元を手で拭い、両手で剣を構えた。
「私が託した復讐心を思い出せ……君だけじゃない、私も共に立ち向かっているのだ。数十年間、積み上げてきた『魔法剣』を発揮しろ」
「ああ、分かってる。だから……安心して、武器を掴んでくれよ」
周りの戦士たちも、そんなレイランの姿に勇気づけられたのか、動きが俊敏になった。
レイランは戦場中に響き渡るほどの声を張り上げた。
「こいつらの弱点は、頭部だ! 首を斬り飛ばしてやれ! 腕や脚を失えば、動きは確実に鈍くなる!」
胴体を狙っていた者が攻撃を避けて、咽頭を斬りつけていく。
しかし、浅く傷つけるのみ。
すぐさま、黒色の血液が傷口を覆っていった。
こいつらのレベルが平均より高いのは間違いないが、モークシャ相手だと一歩及ばずといった具合だ。
それに加え、モークシャの一撃が凄まじい。
軽くあしらわれただけで、重傷。
臨時のパーティ――全体で40人ほど、龍人一体につき4~6人ほどのパーティ――で挑んでいる。
近接攻撃を繰り出す者達から順にダメージを受け、戦闘不能になる。
瓦解するのも時間の問題だ。
助手ー! 起きろー! 起きてくれー!
見たことも、そもそも現実に存在するのかどうかも怪しい”助手”をイメージして、叫び続ける。
イメージといっても、靄を思い浮かべるようなものだ。
いつもそれで助手と会話している。
〈かわいいかわいい女の子でーす! ちゃんと、イメージしてくださいー! もぅ、コーヒー一気飲みでやってやりますよー! あー、カフェインの神様ー、今しばらく私に力をー!〉
すまないな、いつも。
もし、お前と会えるなら……一緒にゲームしてやるよ。
ソロプレイが沁みついて寂しいだろう。
〈身近に”敵”を置くと退屈しませんねー。ミミゴンを一回懲らしめるまでー、死ねませんね、これはー!〉
苛立った声で、スキルの発動を始める。
〈『マイティガード』ー! 『獅子心王』ー! 『計略のラプソディ』ー! 『干天の慈雨』ー! 『無双のフォース』ー!〉
「おお! 何だか力が溢れてくるぞ!」
「いける! これならいけるぞー!」
『マイティガード』が、モークシャの破壊力にも耐える防護となり。
『獅子心王』が格上の相手だろうと楯突く勇気を与え。
『計略のラプソディ』が思考と行動が速くなる。
『干天の慈雨』が癒しの雨となって、味方を回復させていく。
『無双のフォース』が魔力と体力を強化させた。
助手が発動させたスキルは、彼らを最強へと導いたのだ。
これが反撃の狼煙となった。
〈これでいいでしょー。寝ますー……〉
ここからはもう負けなしである。
油断して、モークシャの攻撃を食らう者もいるが、平然とした顔で立ち上がって挑んでいった。
何だか、全員脳筋になったような気がする。
数あるスキルの内、”名誉系スキル”と呼ばれるものがある。
解決屋ハンターのほとんどが、一つは獲得しているスキル。
ハンターとなる前に、名誉系スキルを一つ取らされるのだ。
解決屋が用意している魔石――名誉系スキルが込められた魔石――は五つ。
『剣士』『魔法使い』『シーカー』『ヒーラー』『ガンナー』。
名誉系スキルには様々な効果とスキルが含まれており、バカにはできない。
更には『魔法使い』には、魔法系スキルを獲得する際の消費するスキルポイントが減少したりする。
何が言いたいかというと彼らはそれぞれ特化させた能力で、互いに補いあって臨んでいるということだ。
ハンターや兵士が一致団結して、ようやく魔物と対峙できる。
いついかなる時でも、迅速にパーティを編成し、攻略するのが基本というわけだ。
運が良い事に、セルタス要塞に滞在している者はベテランが多かった。
だから緊急事態であろうと、こうして対処できている。
挙句の果て、死者となった龍人は残さず頭部を失った。
つまり、生者の勝利である。
「うぉぉぉー! 勝ったぞー! 我らの勝利だー!」
戦場に大歓声が沸き起こる。
共に戦った仲間と、言葉で喜びを表していた。
あれほどの常識外れを見せつけられて、一度は衰微した。
けれども、戦士としての誇りを取り戻し、セルタス要塞を死守するよう決意したのだ。
死ぬかもしれないという恐怖に圧し潰されそうになっても、彼らは挑戦した。
きっと彼らは、言葉や体では表せないほどの歓喜に包まれているはずだ。
バルゼアー師範と並んで、レイランは佇んでいた。
「『魔法剣』の強さを実感できた。ラオメイディアに挑み、敗れ去った者達が数多くいる。皆、同じ復讐心を胸に。俺なら……」
「勝てるだろうな」
俺が、レイランの言葉を継ぐ。
二人は振り返って、健闘を称えあう。
バルゼアーの服に汚れはない。
師範をやってるだけのことはあるみたいだ。
「レイラン、『魔法剣』だけに頼ってはならない。それだけは忘れないでくれ」
バルゼアーはそう言って、兵士たちと同じようにセルタス要塞へと帰っていった。
レイランは師範の言葉を反芻しているみたいだ。
ぶつぶつと唱えるようにして、師範の後を追った。
空を見上げると、夕焼け雲が流れていた。
助手に託したエルドラの姿は、どこにもない。
力と血で汚された草原の戦場を見渡す。
死者よ、安らかに眠れ。
君たちに居場所はないんだよ。
ラオメイディアは死者蘇生技術と謳っていたが、結局死人のままだ。
死人に口なし。
だからだろうか、無理矢理に強力な肉体にさせられる。
そして、非人道兵器として働かされる。
いくら、敬愛するラオメイディアのためとはいえ。
死者となっても、更に罪を重ねなければならない。
なあ、俺に殺された龍人よ。
”死”というのは丁重に扱うべき存在だ、と俺は思ってる。
それがラオメイディアは、死人だから何してもいいんだと……そう、奴の中で定義されているんだ。
結果が、このざまだ。
誰の頭と胴体か分からないほどに、バラバラにされて。
おまけに腕と脚が断たれてさ。
意志なんて、あるわけない。
死んでも死体を操れるっていうなら、誰だって操ってるはずだよな。
偉そうに、誰も聞いていないからって言い過ぎたか。
お前は、それでよかったんだな。
次、転生しても……納得してから死んでくれよ。
ラオメイディア……考えさせられるよ、まったく。