121 魔法剣―6
セルタス要塞近くの平原。
正面では、師範と共に『魔法剣』を使いこなすレイランの姿がある。
「『魔法剣:氷』! 『魔法剣:雷』! 『魔法剣:炎』!」
「そうだ、その調子だ」
剣と肉体に変化が生じる『魔法剣』は、見ていて飽きないと言ってもいい。
だが、レイランのやつ……一日中、発動しているってのに、疲れた様子を見せない。
常に前向きで、必死さを感じる雰囲気。
『魔法剣』は発動している間、魔力を消費し続けるのだろう?
〈師範はおそらく『習熟』のスキルを獲得させたのではないでしょうかー。発動させるたびに消費魔力を減らす『習熟』ならば、『魔法剣』を長時間発動させても、レイランの戦闘継続能力は衰えませんからねー〉
師範と呼ばれているだけあって、魔法剣に関して熟知しているな。
それに気のせいだろうか、師範は教える事に喜びを感じているように見える。
顔に出さないものの、声の調子からしてそうではないかと思ってしまった。
イフリートが、エンタープライズを訪れてから二日。
届けられた諜報員の死体について。
ハエや蛆は発見されなかったので、シトロン・ジェネヴァが防腐処理をしてくれたのだろうと考えた。
死因はラオメイディアに直接、殺されたことではない。
奴自身が語っていた特殊なナノマシンとやらの仕業だろう。
内部が恐ろしく美しかった。
解剖し、体内を観察した職員がそう報告していた。
外部は綺麗に保たれ、内臓も肉も艶やかだったらしい。
血液もだ。
ここからが、本題だ。
そう言って話を進めたオルフォードを思い出す。
異常だったのは、その血液。
黒く変色した血の成分――赤血球は変異し、全く別の血液細胞となっていたようだ。
通常、鉄を含んだ赤色の蛋白質ヘモグロビンによって赤くなっているのだが、そのヘモグロビンに異常が発生していると言っていた。
何より不気味だったのが……死した後も血液循環していたのだ。
人は死ぬと、まず心臓の鼓動が止まる。
血液が循環しないため、体温が低下し、よく聞く死後硬直が発生する。
これが一般的な流れだ。
しかし諜報員の死体に、死後硬直は起こらなかった。
常識を保つため、一度外に出て深呼吸してしまった俺。
爽やかな笑顔で、ここで冗談は良くないよ、と言ってしまったが、オルフォードは呆れていた。
嘘、偽りではない。
更に疑ってしまう事が遺体に起きていた。
普通は血液循環しなくなると死後硬直だけでなく、腐敗もしていく。
ヘモグロビンの役割は主に、肺から全身へと酸素を運搬すること。
血液循環停止によって、各細胞に酸素が運搬されることなく、細胞が死に始める。
すると酵素が放出、菌類やバクテリアが出現し、腐敗していく……のだが。
まず職員が驚いたのが、強烈な死臭を放つはずの遺体から全く臭いがしなかったことだ。
腐敗していないということ。
特殊な防腐処理でもしてくれたのかと思考していたらしいが、そもそもシトロン・ジェネヴァによる遺体衛生保全の跡がなかったらしい。
どうやったら殺されて数日経っているはずの遺体を、エンバーミング処置せず、まるで生きているかのような外見を保たせられるのか。
そのヒントが、黒色の生き血。
もっと面白いことを話そうか。
腐敗に関係してくるのは酸素だが、死者に呼吸は不可能だ。
酸素を取り込めない体になっているはず。
なんと……血液が肺を強引に動かし、肺呼吸させているのだと言うのだ。
死体の鼻と口に耳を近づけてみた。
僅かに息を吸い込む音が聞こえてくる。
さすがに笑ってしまった。
冗談で、おい起きろよー、と遺体を小突いたが、オルフォードに怒られた。
取り出した血液は、いくら待っても凝固しない。
いったい、この諜報員の体内はどうなっているのか。
相変わらず、謎だけを残して終わった。
聖剣エクスカリバールについても、職員達が集まって情報収集していた。
得られた情報は、ほんの少しだけ。
オルフォードが言っていた通り、大昔に女性の冒険者が武器としていたという。
あらゆる魔物を人々から守り抜くため、手にしていたらしい。
しかし、ある日突然、存在が消えたそうだ。
ただ、エクスカリバールだけを残して。
セルタス山にあった祠は、その英雄に感謝していた当時の人々が建てたらしい。
それとエクスカリバールには、転生者以外が手にすると脱力するというスキルがあるため、誰にも持ち去られぬまま、時が過ぎていったみたいだ。
結局、レイランの武器としては相応しくないということだ。
これに関しては、俺がなんとかする。
映像も職員の手によって解析された。
モークシャが放たれるという衝撃のラストだったが、合成の疑いは低い。
第一研究所について、EIHQから調査員を派遣した。
何かしらの情報が得られるといいが。
シトロン・ジェネヴァの二の舞とならぬよう、調査員は国防軍でも強い人間を選んだ。
それに、オルフォードが餞別に転移石を渡し、いざとなればエンタープライズに即帰還できる。
生存確率は高いはずだ。
太陽が頂点で輝き始めようとした時、突如サイレンの音が響き渡る。
「何事だ!」
「これは……レイラン、ミミゴン様! セルタス要塞に戻るぞ!」
師範が叫ぶと、セルタス要塞の入口へ目がけて足を動かす。
サイレンは要塞が鳴らしているみたいだが、襲われているのか。
ここからでも十分、視認できるが目立ったことはない。
バルゼアー師範は走りながら、サイレンの説明をしてくれる。
「敵が近くにいるということだ。龍人が攻めてきたのか」
「それにしては兵士に動きが見られないが」
レイランの指摘通り、兵士は戦場がある方角を向いて、銃を構えているだけだ。
銃撃は始まっていない。
ハンターたちも、それぞれ武器を手にして非戦闘員を守っている。
ようやく、セルタス要塞を越えて、状況を確認できる位置に移動できた。
左右に山が配置され、攻めてくるなら中央だが。
『千里眼』を発動させて、近くの様子を知ろうと思ったが、あるものが目に入った。
「なんなんだ、あれは……」
「敵だー! 敵だぞー!」
兵士の叫び声で敵が現れたのを訴えている。
武器を握る音が静かに響いてきた。
凝視して、見えてきた集団を把握する。
陸には武装した龍人が”数名”。
たったの数名?
10人程度だが、全員に共通しているのは……明確な殺気を感じないということ。
いや……兵士が注目しているのは陸ではなかった。
兵士の宙を見る表情が凍りついている。
「ミミゴン、あれは!」
レイランの怒号が脳に張り付く。
俺だって大声の一つや二つ、叫びたいものだ。
空を支配する巨大な龍。
背中の巨体に相応しい翼が羽ばたき、徐々に近づいてくる。
誰もが気になる特徴を身に着けて。
顔の右半分は機械装置に覆われ、ほぼ全身を強化外骨格で置換された外見だ。
名前で簡単に表すならば……サイボーグドラゴンと名付けるだろう。
「パワードスーツを装備した……魔物か」
「……傭兵派遣会社だろうな、正体は」
連中は普通じゃない。
デザイア帝国ではなく、傭兵派遣会社バイオレンスが攻めてきたと考えれば、サイボーグドラゴンがここにいる理由も何となく理解できる。
それに、10人の龍人。
おそらく、仕込まれているだろうな……モークシャが。
サイボーグドラゴンが地面を震わせるほどの咆哮を放ち、軽い砂嵐を発生させた。
対面した相手を震え上がらせ、圧迫させるのに満足な環境だ。
なら、戦わないとな。
「『魔法剣:雷』ー!」
「レイラン!」
閃光の速度で龍人へと一直線に駆けていった。
それを合図に、ここは戦場となった。
続いて兵士とハンターは武器を構え、走り出す。
ここに平和はない。
あるのは生か……死か。
数時間後、傷だらけで立っていられるか、地面に伏せることになるか。
決めるのは、互いの武器だ。