120 魔法剣―5
レイランは、バルゼアー師範の許に置いていき、俺は一度エンタープライズに帰ることにした。
聖剣エクスカリバールの存在だ。
オルフォードに詳しく調べてもらい、何とかして運用方法を導き出さないといけない。
玉座の間に『テレポート』したのだが、直後来客を告げる声が聞こえる。
「あれが、ミミゴン王かな」
「彼が、そうよ」
咄嗟に後ろへ下がった。
なんだこいつは。
隣にいるのは……エリシヴァ女王じゃないか。
目の前の相手は、漆黒の手を出して握手を求めている。
「そんなに驚くことはない。アタクシは普通の”魔人”だよ」
そう言って俺の手を掴み、強引に握手させられた。
感触は気持ち悪い、ぶよぶよした手だ。
黒と白が混じった髪は長く、腕に絡みついてくる。
魔人と言っていたが……”普通”ではない。
「ミミゴン……彼が私の唯一信頼できる親友……シトロン・ジェネヴァの総管理支配人、イフリートよ」
「よろしく、ミミゴン王。アタクシは、イフリートという名前の魔人なの。シトロン・ジェネヴァで最も偉いのもアタクシ。仲良くしてちょうだい」
エリシヴァ女王の紹介に続き、発言したイフリートの声は低く、威圧するような声だが、男声よりも女声に近い。
腕の髪は、波が引いていくように消えていった。
高身長に恐ろしいほどに細い。
喪服のような服装に、何より目立つのは……顔の仮面だ。
顔全体を覆う漆黒の仮面に、穴なんてない。
口は開いておらず、目も真っ黒に塗りつぶされた仮面だから、呼吸しているのか不明、そもそも目があるのかも分からない。
存在がファンタジーだ。
「もしかして、仮面が気になるのかしら。見ない方がいいわ。酷く焼け爛れているもの。アタクシの肉体もね」
「魔人がリライズ警察をまとめているとはな。さすがに魔人がいることに驚いた。あんたも追い出されたのか、魔王に」
「あら、テルブル魔城に詳しそうね。アタクシは、スパイよ。いつでも魔城に帰れるわ」
「そんなこと、バラしていいのか」
全然気にしていないイフリートの様子。
エリシヴァ女王にも目を向けるが、既に知っているみたいだ。
「エンタープライズ……活気に溢れた素晴らしい国。エリシヴァ女王が依頼した理由も分かるわ」
ドワーフのエリシヴァ女王は小さな手足を動かしながら、イフリートの前に出てくる。
タブレット端末を手にして。
「まずは、これを見て欲しいの。傭兵派遣会社に侵入したエージェントからの……”最後”の映像よ」
映像の始まりはCJの諜報員と思しき息使いが聞こえ、カメラが前を向いた。
明かりはないが、奥から緑色の光が漏れているのが確認できる。
それによって、今いる場所の情報が目に入ってきた。
諜報員が歩く側には、鉄の檻が複数並んでおり、中には人影が。
「ここは傭兵派遣会社に保護されている第一研究所、地下。噂通り、檻が複数。中に、生きた実験体が」
諜報員はマイクに小さく声を吹き込んでいる。
カメラが上下し、先へ先へと進んでいるのが理解できる。
慎重に進んだ足は、不意に止まった。
誰かの声が耳に入ってきたからだ。
その場から離れ、物陰に身を潜めることにした。
「成功確率は60%? すごいじゃないか、オベディエンス君。確実に上がっているね」
「ありがとうございます、ラオメイディア様! 私は簡単に改造しましたが、あの二人はまだ調整中でございます」
「アスファルスに、ナルシス……楽しみに待っているよ。エンタープライズが攻めてくる前に終わらせてね」
「はい!」
白衣を着たドワーフはタブレットを操作しながら、ラオメイディアから離れていく。
ラオメイディアは近くの……何もない檻に声をかけた。
「今ここで行っているのは、モークシャに適合するかどうかを確かめているんだ。檻にいる彼らは、特殊なナノマシンを注入された者。成功すれば、モークシャとなり……失敗すれば」
ラオメイディアの言葉を遮るように、諜報員の背後にいる人間が絶叫した。
驚いた諜報員は前のめりにつまずき、落としたカメラを拾う。
拾ったカメラを自分の方に向け、レンズが割れていないか確認している。
後ろに、ラオメイディアがいるとは知らずに。
気配がして振り返った諜報員は、カメラを落としてしまい、横になって地面に置かれてしまう。
レンズは、絶叫する実験体が悶え苦しむ姿を撮影していた。
檻の中を縦横無尽に駆け回り、底を両手で殴り続けている。
光が無いため、どんな人間かは不明。
それに地面の影が、脚をバタバタとさせ、やがて力尽きた諜報員だと知らせる。
地面に放った諜報員を、足音をさせて来た部下に運ばせる音だけが響いてきた。
「うん、そいつにも……そう、よろしくね」
檻の実験体は鉄格子を握って、もたれかかり……絶命したようだ。
死体は底に納まる。
ラオメイディアがビデオカメラを拾いあげ、ニヤケ顔が画面に現れた。
「人類がバイオレンスを知る時、この世の正義は跡形もなく消し去られ、意識は消滅するだろう。絶対的な敵は、魔物だけとなり……種族同士は憎みあうことなく、単純な生活を送ることになるはずだ。それが僕の目指す理想郷。モークシャは死者蘇生技術の一つだ。死者となっても、完全な死を得ることにはならない。死体は今まで通り、戦い続ける。不死身となって。このモークシャが確立されれば、魔物を絶滅させる時代が到来するはずだ。さあ……世界に我々の鎮魂歌を聴かせよう!」
言い放った言葉は、空間に光を灯らせ、檻の中で佇んでいた”モークシャ”たちが一斉に鉄格子を破り、解放されていく。
全ての森羅万象に報告しようとでも言うかのような騒然。
そこで映像は途切れた。
「映像データが入ったUSBメモリと一緒に、諜報員の死体が届けられたの」
イフリートは、エリシヴァ女王からタブレット端末を受け取って、死体の画像を選択し、目の前に突きつけられた。
瞳に光が宿っていない人間が、そこにいた。
それが意味するのは”失敗”したということ。
あいつは適合と口にしていたが、諜報員は運悪く適合しなかったのだろう。
特殊なナノマシンとやらに。
「遺体の解析は、エンタープライズに任せるわ。アタクシは触りたくもないの。USBもあげちゃうわ」
後ろの扉が開き、中に何者かが入ってくる。
振り返った先には。
「お前、グレアリングで会った……」
「支配人! 遺体、運び終わりました!」
「ご苦労様……エリシヴァと一緒に外に出ているといいわ」
蛇足に襲われたグレアリングの会場で遭遇した人間。
二丁の拳銃で戦い、俺に任せてどっか行ったやつ。
やたらと食いまくっていたこいつが、まさかシトロン・ジェネヴァで働いたとはな。
そうか、あの時……エリシヴァ女王の護衛をしていたのか。
その時、まだ俺は女王の存在を知らなかったが、もしかしたらあの会場を訪れていたのだな。
……だから、なんだ。
思考を安定させ、イフリートを眺める。
「ミミゴン王……何かあったら、手を貸してあげる。できる範囲で」
エリシヴァは退出し、跡を追うイフリートが突然、思い出したかのようにある情報を話した。
「奴らの研究を詳しく知りたかったら、第一研究所で軟禁されているコペンハーゲン博士を助けてあげな」
それを言い残して、扉の奥へと消えていった。
メイド達は、あの三人に付き添っていき、この場にいるのは俺と二人のメイドのみとなった。
イフリートの存在そのものが音を出していたかのように、いなくなると随分静かになってしまう。
あいつらが言っていた遺体とUSBはEIHQに届けられているだろうな。
エクスカリバールも預かってもらって、先ほど知った研究者コペンハーゲンについても調べてもらうか。