117 魔法剣―2
翌日、バルゼアー師範とレイランはセルタス要塞を出て、平原で『魔法剣』を極めるようだった。
俺は急遽、道場の師範代として子供たちの世話係となってしまった。
活発な子は俺の正体を探ろうと質問攻めにしてくるし、比較的静かな子は隅っこで木刀を抱えて座り込んでいる。
修練しようとしていないのだ。
師範代になったものの、あまり厳しく教えるというのはしたくない。
助手がいないと、ろくに戦えない俺が偉そうに言うのもな。
と、いうことで。
「よし、集合しろ! 面白いもの見せてやる」
せめて、やる気にさせるようなことをしないと。
子供たちを家屋に上がらせ、庭に注目させる。
俺の成長にもつながること。
助手、協力してくれ。
〈しょうがないですねー。ゲームで勝てなくてイライラしていましたからー、鬱憤晴らしに協力しましょー〉
まず、俺を『分身』で二体出現させる。
現れた一体を『ものまね』で……トウハにするか。
鬼人で大斧を肩に乗せたトウハに化ける。
この時点で、子供たちは良い反応をしてくれている。
もう一体を……グリフォンに『ものまね』してみるか。
《スキル『増上慢』『鷹の目』『ホークシュート』『捕食』『雄叫び』を獲得しました》
《耐性『急所発見無効』を獲得しました》
何か色々獲得したな。
後で助手に整理してもらおう。
〈既にしましたよー。それで何がしたいんですかー?〉
大迫力の戦闘シーンを見せようと思ってな。
憧れ……いわゆる同一視によって、子供たちは真面目になってくれたら嬉しいんだ。
理由を説明して、助手には二体の分身を動かしてもらうことにした。
「皆、よく見ておけ。夢中にさせてやる」
そう言うと、子供は「おー!」と楽しみで仕方ないという表情になってきた。
動きと声を頼んだぞ助手。
「よし、今日はグリフォンを討伐してやるぜ」
助手が放った言葉だが、声はトウハそっくりだ。
お前まで『ものまね』が使えたのか、それとも声色を変える特技でもあるのか?
声に合わせて、庭の端からゆっくりとトウハを歩かせている。
この調子で……。
「お、グリフォン発見だ。『魔法剣:炎』!」
「ガーハッハッハ! 待っていたぞ、ずっと!」
今のセリフは俺じゃないぞ。
グリフォンから聞こえる怒気を込めた声は次第に意地悪くなり、抑揚が帯びている。
「お前の成長、誕生……そして、今日の決着を!」
そもそも魔物が喋るか!
セリフからして因縁の対決みたいになってるし。
おい、この声……エルドラだろ!
(いいじゃないか、ミミゴン。我にも出番をくれ)
迫力があるのは確かだ。
ただ、グリフォンのイメージとかけ離れ、魔王の域にいる魔物を想像してしまう。
声があるなら、少し落ち着いた感じで頼む。
「勇者トウハが、てめぇをぶっ潰してやる! ひとかけらも残さぬわ!」
グリフィンが言った言葉ではない、助手が操るトウハのセリフだ。
グリフィンの声がエルドラだと知った途端に、トウハの目の色が変わったように見えた。
助手もノリノリだな。
それにグリフォンの動きを、エルドラが担当することになった。
実質、エルドラVS助手?
一歩踏み出したグリフォンは、口を大きく開けた。
「さあ、我をあがめよ! 身を引き裂くような激しい悲しみを我に捧げるがいい!」
「再び生き返らぬよう、てめぇの腸を喰らいつくしてやるわ!」
無駄に魔王感溢れるセリフを言い放ったエルドラだが……それに対する助手のセリフも魔王化してしまっている。
腸を喰らいつくしてやる、って勇者のセリフじゃないだろ。
そもそも勇者という立ち位置なのかは不明なのだが。
トウハの戦斧は魔力をありったけ注ぎ込まれ、火柱を掴んでいるように見える。
対してエルドラのグリフォンは、なぜか巨大化し、パワーアップしていた。
巨大化すんじゃねぇ、エルドラ!
『不可視領域』を発動させて、外からは見えないように結界を張った。
憶えている様々なスキルを使用して、家屋を強化したり、子供たちに攻撃が当たらないようにしたりと忙しくなる。
俺の分身体が今や、俺以上に驚異的な存在へ変化していた。
頼むから、力を抑えて戦ってくれよな。
俺の願いなど耳に入っているはずもなく、両者は死闘を繰り広げた。
こんな激しい劇を予定したわけではないが、助手がいる。
彼女なら、ちゃんと分かってくれているだろう。
俺は遠くの出来事も近くで見ることができる『千里眼』を発動させる。
セルタス要塞近くにいるはずの……ああ、いたいた。
レイランだ。
今、師範が側に付いて、何やら指示しているみたいだ。
「『魔法剣:氷』は、第二クラスの氷魔法『ブリザード』を発動させ続けることだ」
「『ブリザード』! 『ブリザード』! 『ブリザード』!」
「そうだ、それでいい。マギア村で生まれた子は、最初から『魔法剣:炎』を使うことができる。私は生まれつきではなく……称号で獲得したのだ」
称号で『魔法剣』を獲得した?
確かに、この世界で重要な要素であろう「称号」システム。
俺も最初の頃は、けっこう獲得していたよな。
称号それぞれにタスクが存在しており、達成することで手に入れることができる。
また、称号と共に何かしらの効果が付いてきて。
スキル、経験値……など、あるみたいだ。
なるほど、人間でも『魔法剣』を得ることができたのか。
しかも、マギア村以上に『魔法剣』を会得していた。
今、レイランに『魔法剣:氷』を獲得させようとしているな。
さて、どれほどかかるかな。
俺にも同時並行して行うべきことがある。
あいつらに……。
「やった! 『魔法剣:氷』が使えるようになったぜ!」
「さすがだ。レイランは、魔力の量も多い。この調子なら、今日で『雷』も使えるようになるだろう」
早いな、おい。
師範の言う通り、今日でスキルに関しては終わりそうだ。
だが、師範は『魔法剣』の扱い方についても教えると言っていた。
明日、明後日とかかるだろうな。
レイランに遮られてしまったが、俺のやるべきことは。
オルフォードを脳内でイメージし『念話』で呼びかける。
暇そうなあくびを一つ聞かされて、聞く体勢に入ったみたいだ。
「オルフォード……ラオメイディアに関する情報は、どこまで進んだ?」
オルフォードは部下の職員に任せると宣言していたから、今回は出番がないかと思っていたが。
意外なことを発言した。
(この件は、ワシが担当することにしたぞ)
おいおい、この前の発言は何だったんだ。
それとも何か理由があるのか?
(大した理由ではないが。さてと、まず何から話そうか……)
オルフォードは、悩んでいるのが分かる調子で呟いた。
(そうじゃな……まず、なぜ部下ではなくワシが、という理由だが。部下に、そこまで力がないからのう)
禅問答は勘弁してくれ。
もう少し、分かりやすく丁寧に教えてくれ。
(ミミゴンが知りたい奴の過去だが……不明じゃ)
不明、だと?
ラオメイディアにも、しっかりとした歴史を歩んできたはず。
奴には奴の物語があるはずだが。
それに歳も……見た目はかなり若いが意外と老人かもしれないな。
(話を最後まで聞いてくれ、ミミゴンよ。部下のスキルでは、奴の過去を調べ尽くすのは不可能だったんじゃよ。だから、ワシが代わりに……この世界最強の頭脳で、調べ尽くしたのじゃ)
自慢げに自信満々の報告が脳内に刻まれようとしたときには、既にエルドラと助手の決着がついていた。