116 魔法剣―1
目的である魔法剣の道場を探し、歩いてみる。
要塞内に”家”と思われる木の建物がいくつも建っていた。
入り口側は居住区、奥は軍備拡張区と分かれているみたいだ。
看板が教えてくれたが、一般人は軍備拡張区とやらには入れないようだ。
兵士も巡回しているが、何より女性の世間話や子供たちのはしゃぐ声が目立つ。
〈兵士だけでなく妻と子供も連れてきているのでしょー。それに、この辺りはハンターたちのレベル上げの場所としても有名ですねー。周りの山に、高レベルな魔物が生息していますー。ですが、倒しやすいのですよー。状態異常が効きやすく、防御力の低い魔物ですねー〉
道理で、解決屋のハンターもよく見かけることだ。
レイランの様子を見てみると。
「あの! テルさんですよね! 僕たちと一緒に」
「悪いが……用があるから」
Bランクのハンターと言えども、人気はあるみたいだ。
特に、レイランの狩猟は他とは違う。
『魔法剣』という変わったスキルがあるから、それで評価されているのかもしれない。
レベル上げに誘われて、断って……を続けて。
目的の道場に行き着いた。
「でかい……屋敷だな」
感想としては、時代劇で見るようなお屋敷にそっくりだということ。
石の塀で庇護され、中の様子を覗くことはできない。
だが、子供たちの活気溢れる気合の声が響いてくる。
道場で、あっているはずだ。
屋敷の周りは溝が掘られており、水が流れていた。
「ここに『魔法剣』の……」
「道案内の看板に『魔法剣道場』って書いてあったからな。間違いない……とりあえず、師範っぽい奴と会うか」
頑丈そうな木橋を渡って、正門をくぐると庭が待ち構えており、教え子たちは炎魔法を唱えたり、木刀を素振りしている。
視線を右往左往していると、家屋から正座して見守っている老人を発見した。
「ダイコウ、想像してから魔法を放て! 的に、しっかり当てるんだ! お前に目はあるのか? オースラ、木刀を握り締めろ! 魔力は残ってるか、『ファイア』を唱えてみろ! ……まだまだだな、そんなんでは魔神獣も殺せないぞ!」
『ファイア』程度で死ぬ魔神獣がいてたまるか、とツッコみたくなっても抑える。
やる気にさせる言葉だからな。
ただ見ていて、厳しい師範であるのは見て取れる。
俺とレイランは、ご老人に接触しようと近寄っていく。
来客に気付いた老人は正座を解き、立ち上がって俺らを観察した。
白髪を後頭部に撫で付け、片方が白濁した目を動かし、ほとんど唇を動かさず呟いた。
「ほう、珍しい客人だな……既に強き、そなたらがいったい何の用ですかな?」
額に皺を寄せて、尋ねられる。
どう答えようか迷っていると、レイランが一歩出て、質問を提示した。
「あなたは……マギア村の居住者でしたか?」
語尾を強めて放った言葉は、老人の脳を目覚めさせたようで。
両眼を見開き、屋内を手で示す。
「中で……お話しましょう。靴は脱いでください」
俺らは老人の後ろを付いていくことにした。
襖を引いて、畳の部屋に入る。
子供たちの声も通りにくくなり、耳を澄ましてないと聞き取れない。
老人からは自然と一体になったように穏やかな波動を感じ、敵意は感じなかった。
先ほどの反応、マギア村を知っているな。
レイランは質問攻めにしたいほど、目の前の人物に興味をもっているだろう。
あとは、レイランに任せよう。
お互い、畳に座ったのを確認した老人が沈黙を破った。
「さて……先ほどの質問にお答えしましょう。当然、マギア村を把握しております。『魔法剣』の存在を知ったのも、その村があったからです」
「父さんが言っていたが……もしかして、魔物に襲われて村に運び込まれた……」
「ええ、間違いなく私でしょう。今から、20年ほど前です。ハンターを職としていた当時、運悪く強力な魔物と遭遇してしまいましてな。気が付くと、マギア村に運びこまれておりました。偶然通りかかった狩猟者に、救助され……一命を取り留めました。その村でしばらくお世話になり、『魔法剣』も知りました。それからすぐ、村を出ました。村の事を秘密にして」
老人は人差し指を立てて。
「互いに名前を知らないでしょう。まず、自己紹介させてください。私は魔法剣道場の師範バルゼアーといいます」
「俺はミミゴンだ。エンタープライズっていう国の王様をさせてもらっている」
「エンタープライズ……! 兵士たちの間で話題になっていた国の王ですか」
グレアリング王が喧伝してくれたおかげかもしれない。
しかし、どういう話題になっているのだろうか。
悪い方向の噂は勘弁だ。
肘で俯いたレイランを突いて、紹介させる。
「テル・レイラン……です。故郷マギア村から離れ、今は解決屋のハンターをしている」
「ふむ……まさかとは思いましたが、故郷はマギア村ですか。15年前に、マギア村は陥落したのでしょう?」
レイランは黙りこくってしまった。
俺は老人に、なぜマギア村がなくなったのを知っているのか問い質す。
すぐ出ていったバルゼアーが、マギア村の情報など皆無に近いのに、なぜ陥落したことを知っている?
「バルゼアーさん。マギア村が襲われたのを、どこで知りました?」
「解決屋ですよ、詳しく説明するならグレアリングの解決屋本部です。【隠遁の森】が山火事で焼失したと耳に入りまして。原因は不明だそうですが、私は、マギア村に何かあったのではないかと、ひどく不安に駆られました。ただ、陥落と言ってしまいましたが……まさか本当に」
「村は全てを失い、この世から姿を消した。いや、一人……レイランが残っているがな」
「今でも助けていただいた恩を忘れていません。私は……せめて『魔法剣』を人々に遺そうと思いましてな」
「で、道場をつくったのか」
「はい……6年ほど前から」
6年ほど前、わりと最近だな。
道場は繁栄しているみたいで、将来グレアリングを守る兵士になりたいという子供たちが入門しているみたいだ。
それに『魔法剣』は剣術スキルの中で優秀なため、もし扱えるようになれば素晴らしいほどの成果を上げられるだろう。
ここの子供たちは、グレアリング最強の剣士アルテックを超えるほどの人材に化けるかもしれないな。
「なぜ……」とレイランは切り出した。
「なぜ、マギア村の生まれでもないバルゼアーさんが『魔法剣』を使えるのですか。……そもそも、あなたは本当に『魔法剣』を」
「――使えよう。それも、おそらく……そなたよりも」
そう言うと近くに飾ってあった刀に手を伸ばし、掲げながらスキルを発動させた。
「『魔法剣:炎』!」
注目してくださいと言わんばかりに、刀身が燃え盛っている。
軽く振り回している様子から、本当に『魔法剣』を獲得していることが分かる。
だが”そなたよりも”とは、どういうことだろうか。
俺が口にする前に、刀で返答された。
「『魔法剣:氷』!」
「氷……!?」
レイランは、自分の耳を疑うような驚きを表している。
『魔法剣』の一つ、『氷』を知らないようだった。
ていうか、俺も知らなかったが。
バルゼアーの刀を、解けない氷が覆っていた。
炎が生み出していた熱気が、今度は氷によって空間が冷やされている。
「『魔法剣:雷』!」
バルゼアーの身体と共に電気を纏い、刀身は光り輝いていた。
放出している電気が、俺の皮膚を焦がす。
「こげ!」
「と、このように『魔法剣:炎』だけではない」
掲げていた刀は下ろされ、スキルは解除された。
色々な種類があるのは分かったが。
刀を仕舞ったバルゼアーは、レイランの正面で再び正座する。
「感想を聞こう。そなたは何を感じた?」
「……自分の未熟さを思い知らされた。俺はまだ……強くなれる」
レイランは畳に頭を擦りつけ、土下座の体勢になる。
歯を食いしばって額を付けたレイランからは、底知れぬ復讐心が窺えるほど気迫に満ちていた。
「お願いします! 俺に『魔法剣』を教えてください! 俺は、マギア村の切望を背負って、闘っているんだ! 死んでいったあいつらの無念を、俺が晴らす! そのために、生かされているんだ! 俺を、強く、してください!」
レイランが心からの言葉を吐くたびに、精神が紅蓮の炎で包まれていく想像をしてしまう。
全てを燃やし尽くすまで勢いは止まらない。
たとえ水を浴びようが、決して鎮火することはないだろう。
バルゼアーは、レイランの耳元で怒りを味方にして囁いた。
「希望通り、そなたを強くしてやろう。君たちが蹂躙されている間、私は何も知らず生きていた。そう思うと、激しい悔恨が込み上げてくるのだ。そなたに託そう。そなたが抱えて離さない復讐心に、私の慚愧の念も吸収してくれ。私の『魔法剣』を継いでくれ!」