115 体験入国―3
「こちらをご覧ください」
EIHQに戻り、傭兵派遣会社に関する報告を聞く。
職員がタブレット端末をテーブルに置き、動画を再生させた。
真っ暗な画面が数秒間、何かを動かしている音と音楽も聞こえてくる。
音楽……音量は小さいが、祈るような女性ボーカルが歌っているみたいだ。
暗闇から一転、緑色の明かりに照らされ、闇に潜んでいた正体を映し出す。
ラオメイディアだ。
赤目、黒い角が二本、体格、恐怖を与える笑顔、黒い長髪。
間違いない、奴だ。
口角を上げて、ようやく口を開けた。
『この映像は、エンタープライズだけに用意した超特別な映像だよ。ミミゴン、君に向けて喋っているからね。さて、この間は楽しかったよ。この映像は、そのお礼だ。次に、僕たちVBVは社名を変更します! 君たちに対抗するための名前……『バイオレンス』だ。ただ、君たちだけに向けた暴力。それと、もう一つ……社名変更に伴う変化。複数の傭兵派遣会社を『バイオレンス』に統合する。つまりだ……君たちを襲うのは、種族の壁を越えた傭兵部隊ということだ。要するに、エンタープライズの真似をするのさ。それも、より過激な武装カルト集団に進化してね。今日から僕が”王”になった。……僕の野望に、エンタープライズは邪魔だ。エンタープライズを消すことで、僕たちバイオレンスに敵はいなくなり、より完璧な征服を構築できる! ちなみに”降伏する”という選択肢はないよ。君たちは強くなりすぎた。なら、こちらも全力を出すだけだ。ありがとう、ミミゴン。レイランにも”待ってるよ”って伝えておいてくれ。じゃあね』
最後の言葉が発したあと、動画に終わりを迎えた。
職員はタブレット端末を抱え「これで以上です」と声を出して、お辞儀する。
「声紋分析も、ラオメイディア本人でした。映像の方もCG合成の疑いは低いです。発信源も、本社のコンピューターからでした。検疫しましたから、ウイルスの心配はありません」
「そうか……ご苦労さん、ニトル」
職員の胸ポケットに挟まった名札を見て、苦労を労う。
他にも話したそうな職員を見て「どうかしたか」と声をかけた。
頭を掻きながら、答える。
「えーっと、テル・レイランさんは『魔法剣』という変わったスキルをお持ちなんですよね」
「変わったスキルかどうかは分からんが、それがどうかしたのか?」
「グレアリングから東に進んだところに【セルタス要塞】という場所がありまして、調査員の報告によると『魔法剣の習得を目的とした道場がある』だそうで」
「魔法剣の道場? ああ、ありがとう知らせてくれて」
「ミミゴン様、ありがとうございました!」
俺が立ち去ろうとすると、彼が叫んだ。
『テレポート』して、あいつが向かったトルフィドの村にでも移動するか。
剣と剣同士の激しい打ち合いが聞こえてくるトルフィドの村。
外で遊んでいた子供たちは、レイランを興味深く観察していた。
広い草原の中で、ラヴファーストの空飛ぶ『召喚刀』と対戦していたのだ。
三本の刀がタイミングをずらし、しかも全方位から襲っている。
刃を刃で弾き、それを繰り返すトレーニングだ。
おそらく、先ほど言っていた「無意識」とやらに挑戦させているのだろう。
「もしかして……ミミゴン?」
「うん? あ、ケイト! 久しぶりだな!」
「あの時のミミゴン!? エンタープライズすごいね! あれができてから、村の近くに魔物が少なくなって助かっているよ」
様々な野菜をのせた籠を抱えた女の子が話しかけてきた。
彼女はケイト。
ここしばらく、トルフィドの村に訪れてないし、ケイトたちに会う機会はなかった。
「今でもエンタープライズに野菜届けてくれてるんだってな。感謝してるよ、特にメイドたちがな」
「私も嬉しいよ。貴族たちからは感想なんて送られてこないし、それに比べてメイドさんたちは”美味しい”って言って、ちゃんと食べてくれてるもん。作ってる人は皆、喜んでいるよ」
「そうか、これからも仲良くしていこう」
「うん! 改めて……エンタープライズの皆様に感謝です!」
「バイバイ」と手を振って別れた後、レイランとラヴファーストが俺に気付いて近づいてくる。
『異次元収納』からタオルを取り出して、レイランに放り投げる。
「ミミゴン、何かあったのか?」
「うちのEIHQが面白い情報を掴んできてな。レイランには必要なんじゃないかと思った」
「俺に?」
「場所は、グレアリングから東に位置するセルタス要塞ってところだ。どうやら……『魔法剣』の道場があるらしい。当たってみる価値はあるはずだが」
「『魔法剣』の道場!? ……い、行ってみるか」
「決まりだな? ということで、ラヴファースト。また今度、頼む」
ラヴファーストは軽く頷いて、エンタープライズの方向へ足を進めていった。
レイランは訪れることを決断したものの、様子がおかしい。
顎をさすり考えているみたいだが、諦めて俺の肩を掴む。
「俺の主力となっているのは『魔法剣』だ。それを強くできるなら、やるしかない」
「自分を保てよ。狂っちまう前に、誰かに相談するのもいい」
「分かってるつもりだ」
自分を追い込んで、力を得ようとする人間。
誰でもそうだろうが、こいつは周りが見えなくなる癖があるみたいだ。
まるで、テル・レイランを自分の子供のように思えてしまう。
日本に残した自分の子は元気だろうか。
ちゃんと育ててやれなかった後悔で、レイランを育てて見せよう。
「『テレポート』で、グレアリングに移動してから陸路で向かうぞ」
五日間かけて、ようやくセルタス要塞と思われる石で築かれた障壁が見えてきた。
なんと、ここまで徒歩。
理由としては、レイランがレベル上げをしたいと言ったからだ。
道中の魔物を狩りながら、キャンプしながら……ようやく、辿り着いた。
オピドム街道と呼ばれる石で舗装された道を辿ることで、セルタス要塞へと導いてくれるのだ。
「あれは、グリフォンか!」
「レイラン!? いい加減、目的地に向かおうぜ。俺はヘトヘト……って聞いてくれ」
鷹の上半身、ライオンの下半身を合体させた見た目の魔物に突撃していくレイラン。
いきなり街道から駆けて、どっか行くから余計に時間がかかる。
倒したら、すぐに俺のところに戻ってきてくれるから、心配は不要かもしれないが。
たまに傷だらけで戻ってきたこともあるから、ドキドキさせる。
俺は引き続き、街道を歩く。
さて、オピドム街道とセルタス要塞について、助手が説明したことを脳内で整理する。
なぜ石で舗装されているかだが、時々ここをトラックが通っていく。
中身は武器防具に食料、戦闘補助アイテムと呼ばれる物など。
これらをセルタス要塞まで配達するために、オピドム街道があるわけだ。
俺らが目指しているセルタス要塞は、要塞と言うように軍事的防備施設としての役割を演じている。
ここから一望できるが、監視所や大砲、武装した兵士と、まさに敵を防ぐ砦だ。
しかし、主な役割となっているのが、物資の中継地点としての活用だ。
ここを越えた先は、戦場へと変わり果てていく。
セルタス要塞に物資を搬入し、ここから各地の軍事拠点へと届けていくのだ。
地形としては、山に囲まれているのが特徴だ。
それなりの山が、進む道を限定にしてくれているので、突破しようとしても返り討ちになることが多いだろう。
関所が設けられているはずだ。
もし、ここを襲われると……各拠点にも大きく影響されることとなる。
それだけではない。
セルタス要塞を突破されると、グレアリング王国まで突撃できてしまう。
ここは、グレアリングにとって重要な盾なのである。
だというのに……なんだか平和に見えてしまうのは気のせいだろうか。
要塞の周りを子供たちが走り、大人たちは店を開いている。
明らかに解決屋のハンターと見える者も、自由に出たり入ったりしている。
戦場に近いと言うのに。
「ミミゴン……回復してくれ!」
「ううぇ! 血だらけじゃねぇか……『フェムトヒーリング』。魔物が見えても、無視しろよ」
俺たちも緊張感が足りてない会話をしているが、やはり要塞からは和やかとした雰囲気が漂ってくる。
あまり気にする必要もないな。
背後でクラクションが鳴らされ、横を荷台に大量の物資を載せた輸送トラックが通過していく。
入口に近づけば近づくほど、戦争に無関心な者たちの笑い声が耳に入ってくる。
これを平和と言うと、要塞が築かれた意味がない。
いずれにせよ、俺は無駄な戦争行為をこの世から消すつもりだ。
エンタープライズの総力を懸けて。