113 体験入国―1
テル・レイランが目覚めました。
メイドからの報告を受け取り、2階に『テレポート』する。
医療施設などは、2階3階が独占している。
使われること自体、少ないため、いつも寂しいのだが。
王として振舞う際は基本、人間の姿でいることにした。
目覚めたテル・レイランが入っている部屋に、メイドが一人立っており、頭を軽く下げて扉を開ける。
メイドは俺と一緒に入室した。
室内は、非常に寂しい。
ベッドが複数台並んでいるのだが、壁際に一人しかいないため、音がない。
シーツ、枕は真っ白。
よく知っている病院の光景だが、違和感が激しかった。
こんなに落ち着いた雰囲気だったか、と。
窓の外を無表情で眺めている者は病衣を着て、ベッドに座っていた。
「俺は、あれから何日……眠っていたんだ?」
「昏睡状態にはなってない。たったの二日だ。お前の状態は大変酷かったよ。医者に任せたんだけど、いちいち詳しく教えてきてな。大怪我ぐらいは、その日で治せたが……問題は、お前自身の気力だ。気力に関しては、どうしようもできないからな」
「二日前は……特別記念日だった」
顔を伏して、握りこぶしをつくっていた。
メイドに「退出してくれ」とジェスチャーをすると、簡単に丁寧なお辞儀をして、自動ドアの先へと消えていった。
まさか、ここもセンサーが感知して自動で扉を開けるシステムになってるとはな。
ドワーフの奴は「暇だ暇だ」って口走りながら、エンタープライズのあちこちを改造していやがった。
便利になったから、いいけど。
俺は近くから椅子を持ってきて、座りながら話を聞くことにする。
「毎年、特別記念日の朝になると……復讐に憑りつかれた。今まで、力が足りないことを自覚していたから、何とか抑えることができた」
「今年は抑えられなかったか」
「ミミゴンの存在が、俺の背中を押したんだ。村の事を話せたのが一番良かった。これで俺には、後悔することなどなくなった。後は、終わりを迎えるだけだ」
「EIHQが捕捉した情報は『第一武器兵器庫に、ラオメイディア一人で現れる』という内容。こいつは、不自然なほどに拡散されていた。もちろん、情報屋だけをメインにな。つまり、裏社会全体に、ってわけだ。お前は……釣られに行ったんだな、わざと」
テル・レイランの体内からは、様々なポーションに薬が発見された。
摂取しすぎだろ、とツッコミたいぐらいに。
それは、ラオメイディアを殺したい奴を集合させる情報だと知りながら、突っ込んでいったということ。
ラオメイディアは、迎え撃ったのだ。
まんまと乗せられたシトロン・ジェネヴァは特殊部隊を失い、解決屋内で人気のハンターも巻き込まれた。
邪魔者を消したラオメイディアは、ほくそ笑んでいるだろう。
「あれは……俺だけに向けられた情報だ。CJは、俺に見せつけるための哀れな連中。自分は、こんなに強いんだぞ……と」
このままだと、ぐだぐだと愚痴が並べられるだけだ。
話を切り上げて、眠っている間の出来事を教える事にした。
「お前が眠っている間に、新都リライズで騒ぎがあった。各放送局が支配され、あの戦場を放送したそうだ」
「……傭兵派遣会社のPVと言っていた。俺に対する”見せしめ”の意味もあったとは思うが」
「PVか……事実、NEWTUBEっていう動画サイトに、奴らのチャンネルがあってだな。現在……チャンネル登録と、あり得ないことに”高評価”の嵐だそうだ。おかしいだろ、普通は低評価……というよりも見ないはず。平和ボケしたリライズに求められていた動画だったのかもな」
エリシヴァ女王が、リライズの若者が傭兵派遣会社に就職していると言っていたが。
原因を調べてみた。
ドワーフは、戦闘よりも研究と開発で募集されており、かなり待遇も良い。
人間は、ゲームなどに影響を受けて、戦ってみたいと思って就職する。
PVに映っていたものを思い出す。
後で聞いた話だが、特殊部隊は『モークシャ』と『ダイナミック・ステート』という化け物と戦っていたらしい。
やたらと死体が少ないな、と思っていたが。
PVで、奴らを確認した。
もともと、その”PV”というのは、CJが撮影していたもの。
VBVは、その映像を入手し、勝手に放送したわけだ。
内容も衝撃的だったのは、間違いない。
そもそも……なぜ、奴らは放送したんだ?
推測でしかないが、CJへの抑止力としての意味合いか。
いや、あれを見た上で、傭兵派遣会社を攻撃しようという者なんているはずがない。
かなり細かい部分まで撮影されており、ダイナミック・ステートによる謎の攻撃で爆発する人間がバッチリと映っていた。
グロすぎる映像だ。
もちろん、傭兵派遣会社に就職したいと思う奴だって生まれるかもしれない。
更に、もう一つの目的があるのではないかと思う。
奴は確かに、こう言っていた。
「”君たち”と再戦したいと思っていたんだけど、”ここ”で叶うなんてね」と。
思考が読めない奴だから、的外れな推理になりそうだが考えてみた。
君たちというのは、エンタープライズのことだ。
「ここで」と言っていたが、本当はあの映像でエンタープライズを動かしたかったのではないか。
世間は傭兵派遣会社を批判しているので、リライズはどうしても動かなければならない。
国家は数多くの国民がいるからこそ、成り立っている。
VBVに支えられているとは知らない者が多いのだ。
それにあの映像で、”リライズ”では勝てないと思われている。
そうなれば、他の国に頼るしかない。
グレアリングとデザイア帝国のどちらかを頼ってしまうと、中立の立場を守れなくなる。
テルブル魔城は論外だ。
なら、エリシヴァ女王などのお偉いさんは、誰に頼るかと言うと……エンタープライズしかない。
エリシヴァ女王に依頼されなくても、どっちみち戦っていたことになる。
もちろん推測だから変な事、言ってても勘弁してくれ。
奴らに対抗できる唯一の国。
ラオメイディアの奴、無駄に頭が良いらしい。
「で……レイランは、この後どうする? 忠告しておくが、ラオメイディアを倒しにいくのは”なし”だぞ」
「その前に聞きたい。奴は、ミミゴンの言いつけを守っているのか?」
「言いつけ」というのは、ちょっとおかしいかもしれないが。
ラオメイディアは本社で待ち構えている、だったな。
「あれから奴らを監視しているが、目立った行動はない。社長自身も動いていない。傭兵の動きも比較的、落ち着いている。だが、怪しげな活動も確認されているらしい」
「EIHQというのは、すごいんだな」
「敵に回すと恐ろしいぞ」
俺は『異次元収納』から、レイランの剣を取り出す。
派手な鞘も取り出して、ゆっくりと納めていく。
「武器職人のドワーフに見せたら、かなり驚いていた。聖剣『D・ワーフ』だって。ディートリヒという青年が、娘を殺した不死身の巨人に復讐するため、ドワーフにこの剣を造らせたそうだ。まあ、すごい剣だな」
まるで、お前のためにあるような剣だな。
手渡すと両手で受け取り、胸に寄せる。
抱擁するように剣を持ち、話した。
「エイデンという昔の友人がいたんだ。俺は託されたんだ」
「だったら、大切にしないとな。あのままだと、ラオメイディアに取られていたぞ」
「ああ」と頷いて、片手に持ち替える。
「俺を……しばらくの間、エンタープライズの住民として扱ってくれないか?」
レイランの瞳が輝き始めた。
俺は納得を求めるため、問い質す。
「テル・レイランを受け入れた。それで?」
「自分と向き合う」
「三日坊主はやめてくれよ。それじゃあ……服、着ろ」
聞き取りやすいように、一語一語区切って話す。
すれ違うように、メイドが入室してくる。
事前に、レイランの衣服を用意させたのだ。
人間と魔人の混血、テル・レイラン。
ここが第二の故郷となってくれるよう、尽くさないとな。