112 VSラオメイディア―5
ラオメイディアは構えた拳を振り下ろしてこない。
首に走る痛みを我慢して、顔を見上げる。
奴は俺でなく、横を向いて立ち止まっていた。
驚いたのは、ラオメイディアの胸に短剣が刺さっていたこと。
誰かがやったのか。
解決屋も特殊部隊も全滅したはずだ。
生き残りがいたとは考えにくい。
死体は爆発したのだ。
じゃあ、一体誰が。
耳も目も不確かになってくる。
「『ベノムレイン』『ジャッジメント』!」
『ベノムレイン』による毒の弾丸が、ラオメイディアを狙撃する。
脚に渾身の力を込めて、俺から一気に離れていく。
後退するラオメイディアに、空から光の槍が降り注ぐ。
『ジャッジメント』という第三クラス魔法にして、最強の魔法。
最初の一発は躱しても、連続して降り注ぐ魔法に貫かれていく。
それでも致命傷には見えなかった。
余裕の表情、獲物を発見した時の喜びを表現しているみたいだ。
「その赤毛……まさか、君まで来るとはね。やっぱり、僕を殺すために?」
誰と会話しているんだ。
首を捻って、ラオメイディアが見ている視線の先にいる者を確認する。
あ、あいつは。
「今回は違う。そこに倒れているテル・レイランを助けにきたんだ」
「ミミゴンだよね! 【名無しの家】での出来事……最高に悔しかったよ」
ミミゴン……!
黒い人影が地面に沈んでいくのを見て、目を擦ってしまったが……こっちに足を進めてきているのは間違いない、ミミゴンだ。
あいつだけが放つ独特の雰囲気……エンタープライズで感じたのと同じだ。
ミミゴンはゆっくりと近づいてきて、俺に辿り着くと。
「酷い様だな。それに、この場所も……」
「なぜ、ここに……来たんだ」
声を発するだけでも、全身に激痛が行き渡る。
人間の姿をしたミミゴンの足首を掴む。
「レイランを死なすわけにはいかないからな。さ、帰るぞ」
「ラオメイディアを……倒してくれ! 奴を!」
俺が決着をつけたかった。
けど、今……奴を殺せるのは、ミミゴンしかいない。
縋るように頼んだが言葉にしたとたんに、嫌な顔をして体を持ち上げられた。
「ばーか、あいつはお前が倒すんだよ。そのために今まで生きてきたんだろ」
「でも……俺じゃあ、勝てない」
「”今”はな。けど、不思議なことに人っていうのは、成長できる生き物なんだ。復讐でも、しに行けばいいさ……レベルアップした後でな」
言い返せなかった。
今、死んで復讐すらできないか……後ででもいいから、生きて強くなるか。
後者の方がいいよな。
ミミゴンの言う通りにした方がいいのか。
「前回の続きをしようよ、ミミゴン! 『テレポート』は使わないでね」
「……テレ」
「『スクリューショット』ッ!」
「いてっ……うわぁ、穴あいちゃったよ」
鳩尾が服も肉も捻じられたような見た目になってしまい、中心部分に穴ができていた。
血が噴出しているが、さほど困った様子はなく、手を当てて治したみたいだ。
ミミゴンも恐ろしい。
「あはは、ミミゴンくん……驚いたよ。強すぎるんじゃない、君?」
「いや、もっと強い奴いるからね。あと、お前も強すぎるだろ。さっきから見てたけど、首取れても元通りなんてな」
「ミミゴン……君は合格だ。君になら殺されても構わないよ。さあ、来なよ」
ミミゴンは鼻で笑って。
「今度な。傭兵派遣会社『VBV』ごと潰しに行くから、待っておいてくれ」
「なるほどね、分かった。僕は本社で待ち構えておくよ。時間はいつでもいいよ。好きな時に攻めてきてくれ。それまで、僕は働かないから……傭兵たちもね。君たちと再戦したいと思っていたんだけど、ここで叶うなんてね。今日は、これで”終わり”だ」
「ユーモアな社長で、ありがたい。『テレポート』!」
突き立てられた剣を回収して、ミミゴンは奴に背を向けた。
ミミゴン……お前には分からないかもしれないが、僕は本気でやって……こんな様だ。
なのに、どうして平気なんだ。
人としての心はあるのか?
それとも、強すぎる力を持っているからか?
俺は今日、全てに決着をつけたかった。
今日は15年前、マギア村が世界から消え去った日。
同時に、10歳の俺が誓った日。
あいつらを救って、ラオメイディアを殺すと誓ったんだ。
今日は特別記念日なんだ。
真っ白な光を浴びて、目を閉じてしまった。
死闘から解放されたからだろうか、無理矢理抑えていた疲れが湧き出てきた。
ああ……よく戦ったな、俺。