110 VSラオメイディア―3
「あっ、そうそう。彼らの名前は、次元を超越した言語で”生命の極限状態”を意味する……『ダイナミック・ステート』と呼んでいるよ。もっとも……この名前をちゃんと聞いている奴がいるのか、だけどね」
まさに”混沌”と呼ぶべき事態に陥っていた。
ラオメイディアの説明を聞ける状態にない者で溢れかえっている。
数では圧倒的に不利なラオメイディア側だが、ダイナミック・ステートの名を持つ異類異形が繰り出す攻撃で、大勢の解決屋ハンターが死んでいく。
腕と脚を強引に折られ、肉体は丸められた紙のようになって破壊の限りを尽くされる。
最期は皆等しく生き血を激発させて、雲散霧消した。
俺の脳内が「逃げろ!」と絶叫しているようで、頭が痛くなってくる。
力を入れて立っていられないほどに、この眺めに絶望を感じたのだ。
一人ひとり、丁寧に爆裂されていき、人数は見る見るうちに少なくなっていく。
死にたくない……死にたくない!
今さらになって、自らを犠牲にラオメイディアを殺してやろうと思っていたが……そんな気力が保てなくなってきた。
人は生存するよう、プログラムされている。
生きることこそ、全ての動機の源。
足が後退し始める。
黒煙を噴き出す武器兵器庫の横で、隠れるように這いつくばっていた。
ラオメイディアを倒しに来たはずが……返り討ちに遭っている連中のように、出せる限りの声で叫びたいほどに追い込まれている。
戦意喪失の肉体。
この戦場に、戦意を喪失させる演出は十分にある。
体にねっとりと絡まれていく無力感。
肉体に強い圧を感じ、起き上がれないのだ。
意識は朦朧としていて、視覚が機能しなくなってきた。
絶叫、出血が大地に落ちる音、発砲音、発射された弾丸が弾かれる音。
激しい嘔吐、汗は顔中を濡らすほど噴出し、まともに呼吸もできない。
このままでは、戦う前に死んでしまう。
復讐すら許されないのか!
朦朧とする意識の中で、手をバックパックに突っ込み物色する。
感触を頼りに取り出したのは、感覚調整機能を元通りにする注射器。
素早く首筋に注射し、効果が現れるのを待つ。
「く、そ……こんな、ところで……終わってたまるか。復讐……のためだけに生きてきたんだ。はぁ、はぁ……」
呼吸することを思い出し、虚ろだった眼を安定させる。
両手に力を込めて、筋肉を意識しながら立ち上がった。
武器兵器庫の壁に背中をつけて、脚に感覚が戻るのを待望する。
膝を何とか伸ばせるようになり、ずれ落ちたタクティカルグラスを元に戻して、状況を把握しようと努める。
「数は……かなり減ったな。ダイナミック・ステートに、攻撃は……当たっていない、な」
生き残っているのは、特殊部隊の二人だけ。
この”臆病者”は他者を犠牲にして生き残っている、哀れな”死人”だな。
そいつらは、手にしている奇妙な散弾銃を連射しているが、ゆっくりと歩むダイナミック・ステートに効いていない。
散弾は直撃しているのだが、血液を彷彿とさせる肉体は衝突した部分が真っ黒に硬化し、跳弾している。
攻撃に関しては、あの宙に浮かせて捻り潰すものしかないようだが、瞬間移動もしている。
不可視化に瞬間移動、超能力、高い身体能力。
生命の極限状態と言っていたが、いったいどうなっているんだ。
ラオメイディアも屠れそうな能力を発揮している。
先ほどのモークシャに、ダイナミック・ステート……傭兵派遣会社に所属する開発者は何者だ。
どういう仕組みなんだ。
聞き慣れない名前まで、脳内を襲う。
終いには、予想通り「全滅」。
ドローンを操縦していた若者は、いつのまにか消えていた。
殺されたわけではなく、わざと生還させられたんだ。
ドローンが撮影した映像を広めるために。
やれるのか、俺は。
生存することを一番に思考しようとする脳内で、何とかして闘争心を目覚めさせるようにしないと。
バックパックを地面に置いて、中身を全て取り出す。
数々のアイテムが確認できる。
……どうせ、最後は死ぬんだ。
戦いが終わったなら、使い物にならない肉体となっても構わない。
意識を覚醒させる。
ミミゴン……彼がマギア村最後の記憶者となってくれた。
心残りなんてない。
ポーション類は例外なく全て飲み干し、注射するタイプのアイテムも全て体内に注入する。
劇薬と呼ばれるポーション類も。
全身を”復讐”で満たした。
「さっきのプロモーションビデオは、どうだったかな? あれは傭兵派遣会社のPVになる予定だよ。後で、NEWTUBEにアップロードするから良かったら……”チャンネル登録”と”高評価”してくれると嬉しいなぁ。……テル・レイランくん」
背後から、うなじを狙って……一撃。
ラオメイディアは、分かり切っていたみたいに簡単に避けられた。
たった、右に体を動かしただけ。
更に、殺意を込めた刃を連続して振るっていく。
アイテムで強化された身体能力、武器能力で。
「君の戦意消失を目的とした表現方法だったんだけど……君は果敢に挑んできたね。本当、尊敬するよ。君のことは僕の中で有名だよ。誰よりも明確な復讐心を抱いたハンター、だってね」
機敏な連撃を後退しながら、軽く体を逸らすだけで避けている。
その間にも、ぺらぺらと喋り続けやがる。
余裕綽々とした態度が激昂させるのに十分だった。
加速して、ラオメイディアを追い詰める!
「僕は今まで依頼されたことを淡々とこなしてきた。当然、残忍なことをやってきたんだから、復讐しようとする人が現れるのは当たり前。僕の敵になるわけだから、できるだけ生存者を出さないようにした。ある時、気づいたんだ。いつだって”人”を強くするのは、同じ”人”が生み出した試練。僕らは他人によって成長している。僕は強くなりたい。その気持ちをいつまでも忘れずにいたい。だから、敢えて”敵”をつくる」
俺はお前を成長させるための”敵”だと捉えているのか。
だとしたら、俺を馬鹿にしているということだ。
レイランは弱い、足元にも及ばない存在だと。
マギア村消滅から15年、ずっと俺はお前を殺すために戦技を身に着けてきた。
解決屋の依頼を受け続けたのは金が目的じゃない、力だ!
お前を襲う俺は15年間、磨き続けた力だ。
あらゆる経験から得たことを、お前にぶつけているんだ!
それを踏みにじるような発言を、てめぇが吐くたびに、俺は強くなる。
殺されろ!
「復讐心を抱えた”敵”が、僕に思いださせてくれる。強くなれ、と。理想の死に方だって、考えているんだよ。とにかく、歴史に名を残すような死を遂げたい、って。もちろん、恥で死を迎えるわけではなく、誰からも尊敬され、後世にまで語り継がれる死に方を考えているんだよ」
「……『魔法剣:炎』!」
エイデンから託された剣に怒りの炎を付加する。
焼き斬ることができ、切れ味だけではどうしようもない物も切断可能となる。
威力そのものも上昇し、更に炎による熱攻撃が相手の判断を遅らせる。
魔力に応じて炎は激しくなり、現在アイテムによって魔力を向上させているので、普段より炎の範囲が広くなっている。
下手すると、自分まで焼かれる恐れもある。
それでも構わない。
復讐するためなら、我慢してやる。
「ラオメイディアァァー!」
俺が雄叫びをあげると、ダイナミック・ステートが動き始めた。
ラオメイディアが殺されそうになっているんだ、言うまでもない。
「待て、君たち。君たちは、よく働いてくれた。社長、感動! ここは僕に任せて、君たちは焼肉でも食べに行っておいで! お金あげるからね」
戦闘補助アイテムによって、視覚を強化し、全方位を確認することができる。
背後に立っていたダイナミック・ステートは社長の言葉を聞くと、一瞬で消え去った。
瞬間移動……『テレポート』でも使用したのか。
だが、願ってもいない最高のチャンスだ。
俺は幸せだな。
ラオメイディアだけに集中させてくれるなんてな!
容赦なく攻撃を叩き込んでいく。
「あー、えっと……理想の死に方についてだけどね。……僕も、こんなところで死ぬ気はないんだ。あの時、何もできなかった非力な子供が、いったいどこまで成長できたんだろうね。……幻滅させるなよ」
「なら最期まで、その目を見開いておくことだな!」