108 VSラオメイディア―1
【名無しの家】があったところから、更に北の荒地にラオメイディアがいる。
そこは、傭兵派遣会社の武器兵器庫の一つがあり、今日の21時に奴が訪問するらしい。
兵器管理責任者との話し合いをするようで、情報によると供も付けず、歩き回るようだ。
絶好のチャンスとは、まさにこのこと。
『認識阻害』と『自動警戒態勢』を、リライズで買ったアイテムで発動させている。
金さえ払えば、スキルを持っていなくても使える便利な魔石だ。
少々値は張るが、強敵を倒すためだ。
今さら、金など興味がない。
目的地と距離があるため、これもまたリライズで購入した特殊な車で移動している。
カモフラージュされた車を目視で見つけることは不可能に近いし、何よりスキルでも確認できない車だ。
車体やタイヤも強力なため、荒地だろうが戦場だろうが立派に活躍してくれる。
今回の買い物で一番高かったのが車だ。
「ドライバーレスカー」なので、目的地を指定しておけば、あとは自動的に移動してくれる。
昔、運転には免許取得の必要だったらしいが、今では自律モードが標準装備されており、自身で操縦するタイプの車は田舎にしかない。
戦術用双眼鏡を装着し、左テンプルを指でスライド、左レンズに時刻と天気を表示させる。
現在の時刻は20時、天気は晴れ。
右モダン(先セル)に取り付けられたダイヤルを調整し、リライズ放送局の無線をキャッチ、音声振動機能によって人体を通して直接音声を耳に入れることができる。
イヤホンなど不必要。
タクティカルグラスは超極薄で、顔の形に合わせて変化させることができるため、ピッタリとフィットしている。
車のAIにハンドルを握らせ、俺は瞑想することにした。
来るべき決戦のために。
目的地にして、決戦の地。
傭兵派遣会社の武器兵器庫に到着する。
その場所は、まるで巨人の遺体を埋葬をするための穴が刳り抜かれており、ほんの一部分に建物があった。
あの建物こそ、武器兵器庫。
周りを傭兵であり兵士の者が巡回し警備している。
アタッチメントたっぷりの突撃銃を胸の前で構え、あちこちにフラッシュライトを向けていた。
かなりの警戒態勢であることは間違いない。
しかし、レベルは低すぎる。
武器と防具だけが豪華、しかし扱う者の器量は乏しい。
アスファルスの言葉を思い出してしまう。
この剣だって……俺は、もうあの頃とは違う。
存在を確かめるように、柄から鞘の先まで手のひらで感じ取る。
あの兵士のレベルが低いこともあって、スキルは充実していないだろう。
まだ時間はある。
建物裏に回って、ラオメイディアを待ち構えよう。
武器兵器庫の裏側に、人はいない。
監視カメラもなく、警備は手薄。
確かに、ここから建物内に入れる窓、扉は見当たらないが……怪しい。
情報屋ユーカリの言っていた通りだ。
だが情報通りなら、絶好のチャンスなんだ。
今しかない。
ラオメイディアの居場所など、解決屋では教えてくれない。
それに知っているはずもない。
情報の専門に頼んだんだ。
いつも、狩りの時にも彼女を頼りにしていた。
解決屋の断片的な情報よりも、実際に目で確かめられた情報の方が遥かに正しい。
そろそろ時間か……21時。
どこからともなく連続した破裂音が響いてくる。
あれは、攻撃ヘリコプターか。
タクティカルグラスの右テンプルをゆっくりとスライドして、右レンズでヘリコプターを捉える。
ズームして視界に捉えることで、そのヘリにマーキングすることができる。
マーキングしたことによって、輪郭に赤い線で印が付いた。
これによって、ズームせずとも捉えやすくなった。
攻撃ヘリコプターであるため、胴体にゴテゴテのロケット弾ポッドに機銃、頑丈な対地攻撃能力を有した機体であるのは当然だ。
俺でも撃墜させることは可能だが、ラオメイディア本人が爆発程度で死ぬはずがない。
それに撃墜には『魔法剣』を使用することになるが、いかんせん魔力の消費が激しい。
ヘリを墜落させても、その後のラオメイディア戦で満足に戦うことができないのだ。
大人しく、奴が降りたところを狙う。
いや、慎重に……奴一人だけのタイミングを狙って暗殺する。
対人戦闘となっても、俺の剣に狂いはない。
ヘリのローター音は幾分か落ち着き、機影がヘリポートに落ちている。
扉が開け放たれ、中から……ラオメイディアが降りてきた。
間違いなく奴だ。
少年時代に見た人物、ユーカリが撮ってきた写真……ラオメイディアだ。
レザーコートを羽織り、頭に黒い中折れ帽をのせて、龍人の角を隠している。
迎えているのは、ここの管理責任者か。
ラオメイディアに丁寧な挨拶をして、武器兵器庫を招待している。
タクティカルグラスには指向性マイクも備えており、レンズを向けた先に収音する。
会話の内容から、ラオメイディアに武器兵器庫ツアーさせるみたいだ。
相変わらずの笑顔で、責任者の冗談を聞いている。
タクティカルグラスに、ラオメイディアと責任者をマーキングさせ、同伴者がいなくなったところで殺す。
計画と成功をイメージして、目標を捉え続ける。
『認識阻害』の効果があるから、堂々と侵入することも可能だ。
だからといって、油断してはならない。
ラオメイディアは『認識阻害』の俺を見破ってくる可能性だってある。
慎重に事を進めないとな。
「ラオメイディア様、さあこちらです。最新兵器の数々を、お見せし、えぐっ」
一発の銃声。
責任者の頭部を吹っ飛ばした銃弾は、土を少々盛り上がらせて静かになった。
血液のシャワーが止まる前に、次の銃声が鳴り響いた。
「て、敵です! ど、どこから、うっっぺ」
「ぎゅ」
近くの兵士がラオメイディアを庇うが、狙撃は止まらない。
兵士はスナイパーの手によって、一発で仕留められていた。
ラオメイディアに、噴出した血液が降りかかってくる。
こんな状況でも、奴は冷静だった。
表情は、まるでプレゼントを受け取った子供のような顔をして。
「傭兵派遣会社をぶっ潰す。我らはCJの特殊部隊だ」
「シトロン・ジェネヴァ……リライズの警察か。待ちくたびれたよ」
暗闇から声がした。
武器兵器庫から武装した兵士が次々と出現しているが、残念ながら頭部を一発で空けられていく。
ラオメイディアの前には『透明化』を解除していく集団がいる。
先頭に立つ五人、あの五人が特殊部隊とやらだろう。
バトルスマートスーツを装備している……特殊部隊の特徴でもある。
機能は秘密でよく分からないのだが、あれが特殊部隊に導入されてから、作戦失敗はなかったらしい。
そして特殊部隊の後ろに続くのが……解決屋のハンターか。
皆、武器や防具はバラバラ。
共通しているのは目的が、ラオメイディアであることだけだろう。
タクティカルグラスで、荒地の方を凝視する。
やはり集団と離れてスナイパーが数人、匍匐の姿勢でスナイパーライフルを構えていた。
このままでは、ラオメイディアの命を取られてしまう。
自分で仇を討てないのが悔しいが、同時にこれで終わるなら終わってほしいという願いもあった。
正直、今の俺が勝てるかどうかは五分五分だった。
あとは運に頼るしかない状況なのだ。
「これでお前の兵士は皆殺しだ。あとは、ラオメイディア……お前だけ」
「参ったなぁ。素直に降参……したいけどねぇ。試してみたいことがあるんだ」
「撃て! 殺せ!」
結局、ラオメイディアもスナイパーによって殺されるのか。
「危ないなぁ、ちょっと」
ギリギリで頭を横に倒し、弾丸を避けた。
初めて当たらなかった弾丸。
しかし、これも予見していたのか、連射して放たれる。
後方からも特殊部隊は銃器を手にして、引き金を絞っている。
雨あられと飛び来る弾丸に、さすがのラオメイディアも避けきれず、まともに食らっていた。
……「避けきれず」ではなく、まるで自分から進んで撃たれに行っているように見えたのは、気のせいか。
何発も何発も飛んでくる銃弾、時折特殊部隊がロケットランチャーを肩に担ぎ、ロケット弾も放っている。
ラオメイディアが乗ってきた攻撃ヘリは無残に爆発し、ラオメイディアもロケット弾に巻き込まれ、大爆発となっていた。
あまりにも一方的な戦い。
マギア村での傭兵よりも、質が悪いだろう。
しかし、お前はそれほどのことをしてきたんだ。
非道な仕事を受けてきた傭兵に慈悲など必要ない。
爆風による砂ぼこりで覆われ、ラオメイディア自身がどうなっているか分からない。
解決屋の連中も、五人の特殊部隊も恐らく全弾を撃ち尽くすまで止まらない作戦なんだろう。
「……これで全て消費したな」
あれから数分、一切銃撃音が途切れることなく発砲し続けた。
武器兵器庫も連射による被害で、何かの爆弾に被弾したのだろう……火山が噴火したように、天に向かって猛々しく吼えた炎は重々しい響きと共に、あらゆる武器と兵器を粉々にしていた。
近くにいた俺も爆風で吹き飛ばされ、土壁に激しく背中を打ちつけてしまい、気絶してしまったようだ。
目覚めたのは、最後の銃声が鳴り響いた直後。
自分がどこにいるかも分からない、もみくちゃにされた肉体を何とか起き上がらせ、ラオメイディアの方向に目を移した。
左腕に違和感があり、しばらくして肩が脱臼しているのだと気付いた。
すぐさま脱臼した左肩を整復し、回復剤を注射する。
『認識阻害』と『自動警戒態勢』が解除されてしまい、脳内で感じていた「人の位置」が不明になった。
また、俺の姿が見えやすくなるだろう。
だけど……ラオメイディアは死んだはずだ。
死体も残っているだろうか。
骨すら世に残すことができず、最悪の死を迎えただろう。
これでいいんだ……これで。
納得しよう……あいつらのことはCJに協力してもらうか、それともエンタープライズに頼るか。
そうだ、これで。
「トリガーハッピーを感じただろう。そんなに撃っていたらね。肩も疲れただろう。反動を力で抑えているわけだからね。いや、訓練されてるから何も感じないのかなぁ」
そうだ、これが噂に聞いていた……ラオメイディア。
情報屋が言っていた、ラオメイディアに関する噂を思いだす。
とある組織に捕らえられていたラオメイディアだったが、あらゆる銃弾はもちろん、魔法、スキル攻撃を肉体に食らっていても、なぜか死なない。
その時のラオメイディアを「アンデッド」と呼ぶ者もいれば「死神」なんて呼ぶ者もいる。
どちらにせよ……奴に「攻撃」そのものが通じない存在。
穴だらけの中折れ帽を踏みつぶし、穴だらけの衣服を纏いながらも佇んでいた。
「僕は、わざと”敵”を作るようにしているんだよ。自分自身の成長に繋がる『試練』となってくれるようにね。おかげで、僕は毎日まいにち退屈することなく、進化し続けている。経験し続けている。こんな状況になっても自分は生き残れるのか、ってね。君たちでは力不足だ。またの挑戦をお待ちしております」
「ふん、あんなので力不足と判断するとはな。ここからが本番だ」
特殊部隊は『異次元収納』から武器を引き抜き、構える。
同時に解決屋の連中も、それぞれ背中に背負っている得物を手にした。
自慢げに、余裕の表情で。
圧倒的な数、それに対してラオメイディアは一人。
普通なら勝敗を決している。
普通なら……だが。
ラオメイディアは耳に手を当てて、呟いた。
「始めろ」
そして、連中は気付く。
死んだ傭兵の変化に。
風穴を開けた場所から、黒い血が流れていることに。