107 トラウマをも取り込む復讐心
「よう、まだ残っていたか。まったく……手間かけさせるぜ」
空から出現した猪頭の巨人。
こいつは強い。
そんなの分かり切ってる。
ただな……こんなところで身を縮こまらせている場合ではない。
幸い、逃げ道に奴は立ちはだかっていない。
奴の隙を突いて、逃げ道の兵士を殺し、逃げる。
「ミウ……奴に魔法を撃て。目玉を狙ってな。隙を狙って、後ろの兵士を殺して逃げる」
「ミウ、がんばるよ」
「それから、エイデン……剣を持ってるだろ」
エイデンは何もない空中へ手をかざすと、次の瞬間には”立派な剣”が握られていた。
鞘には、渦を巻いたような紋章がいくつも描かれており、建物の火が反射して煌びやかな光を帯びている。
エイデンの家は代々、狩猟者として優秀であり、その剣は昔から伝わる”伝説の剣”だと聞く。
小さい手で柄を握り、鞘から剣を抜き放つ。
あらゆり光を反射する刀身には、心強さを感じさせるくらいだ。
両手で構えたエイデンは切先を猪頭に向けた。
猪頭は苦笑する。
「ほう、良い剣だな。だが、武器が強かろうと……扱う奴の器量が問われる。小僧のレベルで扱える代物には見えねぇなぁ。それでも、かかってくるか?」
「レイラン、ミウ……また三人で鬼ごっこしような!」
「うん、ぜったいね! まだまだ遊びたりないよ!」
「俺もだ。エイデンとミウ……三人で状況を打破して、生き残る。約束だ」
「話しは終わったか? どうせ、お前たちは殺さねぇんだ。また、会えるさ。遊べるかどうかはしら」
「――ミウ! 魔法!」
「『ライトニング』!」
ミウが『ライトニング』を詠唱し終えており、猪頭に直撃した。
エイデンは『魔法剣:炎』を発動させ、刃を燃やして走り出す。
俺も『ファイア』を唱え、逃げ道の兵士が見せる間抜けな面に火の玉をぶつける。
猪頭は顔を手で押さえ、動きが鈍っている。
その隙を突いて、エイデンは更に顔目がけて、斬りこんでいく。
片目でも潰せば、逃げられる。
「うおおおお!」
横一文字に入っていく刃は、顔を捉えていたが。
「甘いぞ、小僧。弱っちい魔法なんかで間隙縫えるかよ。けどな、褒める点はあるぞ」
驚きの表情で動けなくなったエイデンの首根っこを軽く摘まみ上げ、お互いの顔を近づけた。
「恐怖を勇気で圧し潰した点だ。見事だな、並みの狩猟者とは違ったぜ」
「は、離せー! くそー!」
「エイデン!」
エイデンに手を伸ばすが、先にミウが奴へ立ち向かっていった。
「エイデンを離してー!」
「この子も立派だ。自ら釣られに来るとは」
エイデンは空中で足掻き、剣を振り回すも当たらない。
ミウも魔法を放ちながら近づいていくが、ダメージを与えることは叶わず、もう片方の手で首根っこを掴まれた。
「ミウー!」
「女の子は眠らせておこう。悪口が飛んでくる確率が高い。『グッスリープ』」
睡眠効果の魔法をかけられ、ミウは意識を失い、脱力して宙吊りになっていた。
俺も魔法で!
「ライトニ……」
「――おっとー、いいのか。盾にしちゃうぞ」
足掻くエイデンを前に持ってきて、盾にしやがった。
詠唱を止め、呆然とするしかなかった。
何もできないのか。
何のために訓練してきたんだ、俺は!
暴れていたエイデンが息苦しそうな声を絞り出す。
「俺ごと、攻撃しろ……ミ、ウのため……に。レイ、ラン……」
「そんなことできるか! どっちも助けるに決まってるだろ!」
「見上げた自己犠牲だ。友のために命を捨てること、これ以上に大きな愛はないな。そして、レイラン。こんな時に、欲が過ぎるぞ。さあ、どうする。友を犠牲にミウを助けて……捕まるか。それとも、自分だけ逃げて……捕まるか。結末は同じだが、友情は変化するぞ」
「てめー! 殺してやる、殺してやる!」
「吠えたところで、変わらんぞ。さあ、一時の自由をくれてやる。犠牲ルートに入るなら、せめて苦しませないようにな、友達を。セーブするなら、今の内だぞ」
殺意の塊と化しているであろう俺は、一歩、足を進める。
奴との距離が考える時間だ。
俺は足を進めないと気が済まない。
犠牲になんてさせない!
命の重みを考えろ!
どっちも救う!
それしか道がないんだ!
もう一歩、足を進めたとき、前方から何者かの声が発された。
「アスファルスー! まだかーい? あと、そいつらだけだよー!」
「……イディア様! 大丈夫です、すぐに片付けます」
高い身長を誇る何者か。
圧倒的なオーラを感じ取れる……なんなんだ、こいつも!
アスファルスという奴よりも上の立場か。
姿形がよく見えないが、明らかに強い人物はアスファルスの横に立って、ミウを肩に担いだ。
ミウを担いだ謎の男に、限界まで叫ぶ。
「ミウを離せー!」
「子供たちの誘拐を依頼されているからねぇ。うーん、無理だなぁ。ごめんねぇ」
なんで笑っているんだ。
瞳をこっちに向けて、不気味な笑顔を見せてくる。
「レイラン! こいつを受け取れ!」
「エイデン!?」
回転しながら飛んできたのは、鞘に納められた剣だった。
しっかりと掴んで、エイデンを見つめる。
「せめて……レイランだけでも、にげて、くれよ……」
「エイデン! 約束しただろ! 一緒に逃げるんだ、三人で!」
「それを言うと、ラオメイディア様にも挑まなくてはならないぞ。欲張りすぎると痛い目にあう」
「レ……イラン。はやく、逃げろ。ミウは……俺が守るから。お前は……外で仲間を探して……きてく、れ」
「エイデン……」
欲を殺して、森の方へ駆け出す。
友を救うと誓って……奴らに復讐すると誓って。
アスファルスは追いかけようとするが、ラオメイディアが制した。
「なぜです、依頼でしょう」
「一人ぐらい、いなくたって分からないさ。それより、数年後……彼は強い復讐心を宿して、僕をやっつけにくるはずさ」
「強敵になるかもしれません。厄介な芽は摘んでおくことを進言します」
「だから、いいんだよ。感動のストーリーが生まれるかもしれない。僕らは物語をつくる脚本家なんだよ。自由に物語をつくっていいんだよ。僕は僕のストーリーを完成させる。それに……仲間にできるかも知れないよ、数年後の彼を」
「さすが、ラオメイディア様です。深く心に刺さりました」
「ん? 名言だった? どこどこ? ヘリに乗った時に聞くよ。おっと、オベディエンス! 依頼主に成功したこと、伝えておいてね」
ミウとエイデンを連れ去って、傭兵派遣会社は依頼を達成する。
同時に、マギア村は消滅した。
傭兵派遣会社『VBV』によって。
村は跡形もなく燃やし尽くされ、子供たちは一人を除いて奪い去られた。
大人は建物と一緒に焼却され、その後……村を発見した者は大人になったテル・レイランだけ。
新都リライズから遥か西方に位置し、デザイア帝国とも近い場所。
ここらの魔物は強く、またデザイア帝国に近いこともあってか、解決屋のハンターが来ることは滅多になかった。
時々、マギア村の存在を知る冒険家が訪ねてくることもあるが……村を見つけることはできなかったという。
あの悲劇があってから、村はテル・レイランしか受け入れない。
幻の村として、一部の冒険家、研究者の間で話題だ。
村があった周辺に時々、強力な魔物が現れるという。
その魔物はまるで怨霊が憑りついたかのような色で、いくつもの死体が合体した巨人。
攻撃しても当たらない。
触れることさえできない魔物。
叫び声は、酷く寂しげだという。
泣き声のようなものや、怒るような声にも聞こえるそうだ。
あそこには、死者の村があるのだ。
生者は、関わってはならない……絶対に。
「あの、聞いているんですか……レイランさん。レイランさん!」
「ああ、聞いてた。その地図に記されたところに奴がいるんだな。ありがとう、情報屋ユーカリ」
鞘から少し抜き、刀身を確かめる。
鞘は相変わらず渦巻いたような紋章をいくつもの描き、刀身は光り輝いている。
あの頃と変わっているのは……【名無しの家】で改造してもらったことかな。
刃は抜群の切れ味を保ち続け、強度も最強クラス。
ちょっとやそっとで欠けるような鈍な刃ではない。
こいつを相棒にして何年経つだろうか。
……何年もの間、あいつらを待たしているのだろうか。
絶対にあいつらを救う。
情報屋にもらった地図を『異次元収納』で仕舞い、剣を納めた鞘を腰に差す。
「情報料だな。この袋に入ってる。受け取れ」
「確かに……しかし気を付けてくださいよ、レイランさん」
「常に気は引き締めている。お前に言われるまでもない」
目の前の女性は背中のバッグに金貨の詰まった袋を入れ、怖い顔をして話しかけてくる。
「今回の情報……いつも以上に簡単に手に入りまして。ほんとは、こんなに情報料がいらないくらいです。怪しいですよ……ラオメイディアの居場所」
「だが、復讐するには……この時しかない。絶好のチャンス、目の前にして動かないわけないだろ」
「無事に帰ってきてくださいね、レイランさん。あなたは、最高の客なんですから」
吸っていた煙草と一緒に煙草のパッケージも落として、上から踏みにじった。
覚悟を決めて街中から、目的の場所を目指して歩き続ける。
原動力となっている復讐心。
ラオメイディア……殺す前に、あいつらの場所を聞きださないとな。
その後は、痛めつけて痛めつけて……死神なんかより恐ろしい殺し方で葬ってやる。