105 転生者:伊藤真澄―3
「お兄様、ご命令を」
「ぎゃあー! なんで俺じゃないんだ! ネーブルちゃん、俺がお兄ちゃんだよ」
「……ネーブル、お前の兄はあいつだ」
すぐ近くに女性の顔。
ファジー・ネーブルという女性型のロボットは、なぜか俺をお兄様だと呼び、命令を求めている。
本来の予定なら、伊藤真澄のハーレム一員となっていたはずだが。
ちゃんと教えても、ピクリとも動かないネーブルに諦め、理由を述べてみる。
「俺は機械だからな。言うてみれば、兄妹みたいなものだ」
「認めてたまるかー! ネーブルちゃん、俺がお兄ちゃんなんだよ!」
「最初に認識したのは、この方です。あなたではありません」
さも当然かのように言い放ち、ついに我慢できなくなったのか、真澄がネーブルを捕まえようと瞬間移動してきた。
面白くなりそうだな。
確か、攻撃しろと命令すれば。
「攻撃しろ」
「戦闘モード……」
「ええい、遅いわ! レベル256の俺を舐めんじゃねぇ!」
俺は真澄の伸ばした腕を掴んで、思いっきり壁の方に投げ飛ばす。
「なんでぇ!?」
「試しに、こいつの性能を見たくなった」
「全力で排除します」
「やめてぇ! ネーブルちゃーん!」
壁に叩きつけられ、動けなくなったところを、ネーブルの背面から現れた兵器の数々に的にされ、ボロボロになったしまった。
壁は爆発と弾痕で真っ黒になっている。
とにかく兵器の威力は恐ろしい。
容赦なく突っ込んでいくミサイルと、同時に二門のガトリング砲で集中砲火を浴びせているのだ。
果てには、レーザー光線まで発射される。
伊藤真澄の、相手の骨を残さない破壊力は間違っていなかった。
白衣や髪の毛は焼かれ、ところどころ穴が空いていた。
「ミミゴン! 酷いじゃないか! どうして、こんなこと平気なんだ!」
「ネーブル……命令だ。あいつをお兄様にしてやってくれ」
「指揮権の譲与……でよろしいですね」
「ああ。これでお前のお兄様は、伊藤真澄だ」
傷は見当たらないものの、衣服は使い物にならない。
さすがの転生者だな。
先ほどから睨んでいた真澄だったが、俺の言葉が聞こえると嘘のように歓喜していた。
何らかの回復スキルで全身を治し、衣服も早着替えする。
何事もなかったように元通りにして、ネーブルを迎えに行った。
「あなたがお兄様……」
「そうだよ! いやぁ、待ってたよー! あれ、なんか嫌な顔してない? 大丈夫だよ……養ってあげるから」
「良かったな、真澄。俺は帰る……いいもん見れたわ」
「ミミゴンさんが意外と良い人で助かりましたぁ。また、来てください。歓迎しますよぉ!」
「お兄さ……ミミゴン。ありがとう……最高の”お誕生日会”だったよ」
「真澄お兄様と仲良くしとけよ。あと、伊藤真澄……この異世界から脱出する方法、探しとけ」
「ちょ、”転生”ですよ! 俺ら、何かあって死んでんですよ!」
俺は転生したとは信じられない。
とても死ぬような……殺されるようなこともない。
現実世界に帰ったら。
転生者と会ったことが、俺の何かを変えた気がする。
エリシヴァ女王に感謝しないとな。
後ろから「ひぃひぃ、どうしよう」と叫ぶ声が響いてきて、それは白い扉で閉じられたときには完全に聞こえなくなった。
伊藤真澄、警戒しておくべきか。
ただ、味方にしやすい奴だがな。
『テレポート』を発動し、エンタープライズをイメージした。
玉座の間に帰ってきて、メイド達から「おかえりなさいませ」と挨拶される。
「ただいま」と返してから、あることを命令した。
メイドは快く頭を下げ、部屋から退出していく。
さてと、次は我がままジジイの対処だな。
地下2階の独房に『テレポート』した。
地下2階も相当、広く造られており、独居房エリアと雑居房エリアとで分かれている。
だいたい拘置所みたいなのいるか、と思ったが何かあるかもしれない。
今のところ、お仕置き部屋みたいな扱いとなっている。
で、こんなところに来たのは問題のオルフォードだ。
目前の独居房には、オルフォードがスマホの扱い方を学んでいた。
「おっ、なんじゃ。ミミゴンか……ふんふん、だんだん慣れてきたぞ」
以前までのデジタル嫌いが、今ではすっかり変貌していた。
オルフォードの根は真面目なので、スマートフォンの機能、設定を一つひとつ確認していた。
こんなに勉強家だったとはな。
いや、褒めに来たわけではなくて。
「オルフォード……スマホぐらい『EIHQ』でもできるだろ。早く、独居房から出てくれ」
「ここは静かなんでな。非常に落ち着くわ」
「そうかもしれないが……メイドやドワーフに頼んで『EIHQ』に、お前専用の部屋をつくらせてもいいんだぞ」
「ワシはな……あいつらとは離れた方が良いと知ったんじゃ。常に目を合わすとこにおったら、職員は満足に働くことができんじゃろ」
ずいぶんと反省したみたいだな。
プライドを捨てたようだ。
「あいつらに謝りたくないのじゃ。それだけは嫌なのじゃ」
あ、プライド捨ててなかったわ。
このジジイ、謝るのが嫌、って。
やっぱり、めんどくさい事になったか。
階段から多数の足音が聞こえてくる。
それを聞いて、連れてきてよかったと安堵した。
「謝る必要なんてないさ。こいつらに聞いてみろよ。さあ、ぶつけてやれ。お前たちの想いを」
後ろを振り返って、集団の方に目を向ける。
『EIHQ』の職員たちだ。
部下に説得してもらった方が理解しやすいはずだ。
部下の一人、グレーが軽く笑いながら、オルフォードに話しかけた。
「オルフォード様……私達は、あなたを待っています。謝罪など必要ありません。あなたが側にいて下さるだけで、私達は仕事を頑張れるのです。だから、帰ってきてください……本部に! お願いします!」
「「「お願いします!」」」
グレーの言葉に続いて、職員一斉に90度も頭を下ろした。
オルフォードは、その様子をじっと眺めていた。
ややあって、オルフォードは決意したのか、頭を掻き……立ち上がる。
着物の隙間からはみ出す全身の毛を整えながら、スマホを懐に仕舞いこんだ。
「オルフォード、ありがとう」と呟いて、持ってきた鍵で檻から解放した。
「反省は口ではなく、行動で示すべきじゃと思っておる。それでミミゴン……何か頼みたいことがあって、ワシを”自由”にしたのではないか?」
「どうやったら、そんなに察しが良くなるんだ? まあ、それよりもだな……エリシヴァ女王に依頼された。傭兵派遣会社の壊滅を……」
「分かったぞ。じゃあ……部下よ。これからはお前たちに任せる。部下の『自発性』を高めたいのでな……どうじゃ、やれそうか?」
グレーが頷き、他の職員も大きく頷く。
ニヤニヤと口角を上げ、更に付け加えた。
「自分のやれることだけでいい。無理するな。困ったことがあれば、ワシが助けてやる。ちゃんとできとったら、褒めちゃる。存分に発揮しろ、己の実力をな」
「「「はいっ!」」」
職員は『EIHQ』に走って帰った。
オルフォードも成長してくれて、エンタープライズはより強くなっていく。
何物も凌駕する力が、エンタープライズには必要なんだ。
「ミミゴン……変わったな。最初に会った時とは、ずいぶんと」
「そうか? あの頃よりも進む道が明確になってきただけだ。仲間が光となって、行く先を照らしてくれている。俺も他人の暗闇を明るくする『太陽』のような存在になりたいのさ」
「だったら見せつけないとな。ワシは……新しい余命を見つけたぞ」
”教示”するかのように言い残して、去っていった。
実際、頭の中を駆け巡るかのように、オルフォードの言葉が刻まれた気がした。
今更ながら、自分の胸に空いた穴を見つけたみたいだ。
この穴を何で塞ごうか。
今の自分に足りない”もの”か。
俺はまだ……頂上に辿り着いていないんだな。
ここまでがプロローグ。