104 転生者:伊藤真澄―2
「俺は中学、高校と虐められてきました。毎日、ですから……引きこもりになるのも簡単でしたよ。容姿は醜い。運動は疎か、勉強もできないときた。親からは日々、暴力を振るわれ……居場所は自分の窮屈な部屋しかなかった。高校の入学祝いで買ってもらった低スペックノートパソコンで、アニメ見たり……そんな生活ですよ」
「得意なことはなかったのか、他の者とは違う何かを」
「そんなのあるわけないでしょ! それに比べて、この異世界は……最高じゃないですか! 誰かから暴力を振るわれることも虐められることもなく、むしろ虐める側に立てるのですよ! レベル1でもステータスは最高、スキルも揃っていて……まさにチートですよ。あの時、虐めてきたクラスメイトがいたら、ぼっこぼこにして殺してやる!」
話が進むにつれて、表情も怖く変化していく。
女性の容姿だが、確かに中身は男のようだな。
口調も、声の大きさも変化している。
それほどに彼の記憶は、トラウマとなっているのだろう。
「今では『ヴィシュヌ』を開発した天才研究者! はは、転生者の日記に書かれていたことを応用しただけなのに。金持ちですよ、俺は! けど、女の子には恵まれていませんけどね。ハーレムつくりたいなぁ」
「見た目が女だからな。それに70年、経っているのに老けた様子はないな。『ヴィシュヌ』か?」
「いえ、これは……ずっとこのままですよ。70年前、異世界に来た時から変化していませんよ。もちろん『ヴィシュヌ』には抗老化もありますよ。クオリティオブライフの充実です!」
こいつと話していると聞きたいことが、どんどん増えてくる。
さすがは転生者70年続けているとあって、知識は豊富なようだ。
ドローンの俺は回転翼を回して、上昇した。
「転生者の日記、と言っていたな。他にも転生者がいるのか」
「俺は転生者についても、研究しているんですよ。こっそりとね。で、このタブレットを見て下さい」
幾分か、声が冷静さを取り戻している。
真澄が差し出してきた、タブレット端末。
そこには、リストとなって転生者の名前が一覧できるようになっていた。
田口渚、鈴木成美、佐藤弘明……と日本人の名前が載っている。
一通り見せられたところで、真澄が口を開く。
「これらは転生者の日記やノートなど、何とか集めた結果です。おかしいと思いませんか」
「日本人の名前しかないところか」
「き、気付いていましたか。そうです、他の外国人の名前がないのです! 全く!」
「つまり、この異世界は日本人しか転生していないってことか?」
「国ごとに、転生できる異世界が異なっている……という可能性もあります。ありがたいですよね、日本語が使えて。小説とかで出てくる異世界転生で言語問題、識字問題がよくあるんですよ。いや、助かりました」
「だがな……スキル名とか、異世界人の名前で明らかに英語とかラテン語とかが混じっているんだ。『サンダーボルト』などの魔法系は英語とかだ。まあ、知ってても知らなくても不便ではないがな」
真澄の言う通り、日本語対応で助かった。
だけど、この異世界……日本人しか存在しない?
これだけの日本人が来ているのに、外国人がいないのは妙だ。
何か、この世界……おかしい。
そう思った途端、背中を何かがなぞっていったような気がした。
振り返っても誰もいない。
「ミミゴンさん、どうかしましたか? あっ、転生者なら見せてもいいよな。あの、来てください! すごいの見せますから!」
すごいの、と聞いてじっとしていられない。
これは怖いもの見たさとかではなく、生きるため。
こいつが見せてくるものがヤバいものなら、破壊する。
先ほどロックした扉に向かわず、壁しかないところに手をついている真澄。
すると、手をついた壁の一部がへこみ、横に扉が現れた。
これは取っ手がついており、それを握って扉を開けて奥へと走っていった。
俺も慎重な足取りで付いていく。
まだ、こいつを警戒している。
エリシヴァの言葉が脳裏に浮かぶ。
「私には、まだやるべきことが残っているの。こんなところで死にたくはない」
俺だって、そうだ。
せめて、異世界から出るのはエンタープライズを完成させ……エルドラを自由にしてからだ。
肉体を『ものまね』で変化させ、再度人間になった。
隠し扉の先は……中央に禍々しいポッドが設置されており。
ポッドはガラス張りとなって、中身が窺えるようになっていた。
「おい、真澄。これは……」
「ハーレムを築く! たとえ、俺の性別が”女”になっていようと精神は”男”だ! 夢を叶えるため、ここまで努力した! どうせ戻れない! だったら、欲望のままに生きてみせるぞ!」
狂気じみたマッドサイエンティストといった変貌ぶり。
常軌を逸した天才科学者がなぜ好かれることが少ないのか、まさに彼がそれを体現している。
ポッドの中身は……人。
ハーレムというように、性別は女のようだ。
全裸ではなく、フードがついたガウンを着衣していた。
青い髪、陶磁器のような磨かれた肌、幼く見える小顔。
背が低く見えるが、程よく肉が付いている。
ポッドの女性がY字になって、宙吊りにされていた。
「あの男どもが眠っている隙に作った女の子。名前は、ファジー・ネーブル! 電子掲示板で見かけた女の子から名前を拝借した。ロボット娘……そうだ、一から作ればいい!」
「あんた、なんか狂ってるぞ!」
ポッドの前には機器が立ち並んでおり、真澄は忙しそうにカチャカチャとボタンを押している。
これから起こる出来事にワクワクが止まらないといった表情を浮かべ、ポッドからは放電が激しくなっていく。
やがて、準備を終えたのか、ゆっくりと俺の方へ向き直った。
「最初に認識した人物を”お兄ちゃん”と設定させ、”お兄ちゃん”の命令には逆らえない」
真澄は満足気な笑みを浮かべ、恨み節を発した。
「見たか、俺を貶したクソ野郎ども! 俺とネーブルの勝利だー!」
それは目の敵となった過去の人物たちに向けて叫んだ勝利の確信。
この男は精神崩壊していると言っていいほど、不気味な笑顔を天井に向け。
そして、すうぅと音を出して息を吸い込んだ。
世界を熱狂させるアーティストが愛する曲を歌いだす瞬間のように。
「これぞ、ハーレムを記念する……最初の第一歩!」
高らかな宣言と同時に、ポッドを開閉するボタンに手の甲を叩きつけた。
独立記念日恒例の打ち上げ花火を放ったような勢いで、次々と展開していく。
ポッドの放電は更に激しくなり、機器は大きくなった放電に巻き込まれ、音を立てて床に激突していった。
耳を劈く閃光が一瞬、目を覆った後……静かになった。
放電も小さくなり、蛍光灯は破損して部屋はスパークによる光で明るくなったり暗くなったりしていた。
……失敗か。
ポッドのガラスカバーが円を描きながら開いていく。
女の子の体も、背中に接続されたケーブルなどによって、ポッドの外へと飛び出してきた。
地面に両足が着いたところで、お淑やかに瞼を開ける。
目と鼻の先で起こっている光景に全く動じず、片足を動かした。
しっかり地面に下ろしたのを確認したあと、反対側の片足も堂々たる歩みを見せる。
それらを繰り返して、伊藤真澄に近寄っていく。
「すごいなぁ……これが異世界か」
「すごいでしょ、ミミゴンさん。こんなの序の口です。攻撃しろと命令すれば、体内の兵器が一斉に出現し、相手の骨も残さないくらいの破壊力を見せることができますよ」
真澄は少女を抱きしめるように腕を広げ、到着を待っている。
機械の少女は、速度を上げることなく、ゆっくりとだが確実に進み続けていた。
ようやく正面にネーブルが来たところで、真澄が力強く抱きしめた。
「お前の……お兄ちゃんだよ」
……歩いている?
何か様子が変だぞ。
こいつが”お兄ちゃん”という設定なら、既に歩みを止めていてもいいはずだ。
真澄も、ネーブルに足が止まらないことに気付いたようだが、それでも抱きしめ続ける。
耳元で「ちょっと止まって。もう大丈夫だよ。痛い痛い……はは、ネーブルは乱暴だな」と笑っていたが。
バグったのか。
真澄は気になったのか、試しに両腕を離し、解放してみた。
いったい、どこに向かうのか。
ロボットらしい歩き方をして、再び前進し始めた。
「ま、まさかね……」
汗が流れる真澄を通り過ぎて、向かっていく先には……俺がいた。
そして、俺の足元に到着すると小さな腕を腰に回して、抱きしめる形になる。
上を見上げて。
「お兄様、何かご命令を」
まったく、冗談じゃない。
真澄に目で訴えるが、俺に対する殺意の方が圧倒的だった。
お兄様、何とかしろ。