100 新都リライズ―6
「久しぶりね。……ミミゴン」
「エリシヴァ女王、相変わらず……お元気なようで。それで、俺を呼んだ用件は?」
官邸の中でも、特に小さい部屋ではないだろうか。
この部屋は、やたらと圧迫感を感じる。
物は散らかっていない。
それもそのはず、机はないし椅子もない。
白い壁紙、黒い床と天井。
何とも奇妙な部屋で、二人――ミミゴンとエリシヴァ――がお互い、壁を背にして立っていた。
黒には圧迫感を与える効果もあるが、それよりもこの小さな部屋で、エリシヴァの放つ存在感が俺を押し潰す原因ではないかと思う。
「なんなんだ、この部屋。とても息苦しい」
「小部屋だけど、用途は……拷問よ。拷問だと感じさせない拷問部屋」
「わざわざ、拷問されに来てしまったのか俺は。悪いが……並みの拷問でも、あんたの拷問でも屈しないぞ。だって、悪い事してないから」
「もう一つの用途……外には言えない秘密を告白する、デートスポットでもあるわね」
今日は白いドレスを着用し、長い髪もシュシュで髪留めしている。
表に出るときの、エリシヴァはいつもこんな格好だと思う。
まさか、本当にデート……?
「そんなわけないでしょう……こんな老婆とデートしたところで、あなたは捕まるわ。女王様誘拐の現行犯ね」
「だいたい、ここに俺がいるだけでも捕まりそうなんだが」
「まあ、脱獄なんて簡単でしょうね。そんなことは、どうでもいいの。用件を話すわ」
かっこつけて、デートスポットとか言うからだろ。
まあまあな大声を出しても、壁の向こうにいる相手には聞こえていないようだ。
現に、さっきから人の往来が激しい部屋の前でも、誰一人として反応していない。
壁の向こうを”覗く”ことができるスキル『ウォールハック』で、鮮明に見ることができる。
近くのトイレとか脱衣所とかも、簡単に覗ける。
……興奮はしないな。
服は透けるわけではないし、そもそも興味がない。
「ミミゴン……トイレのある方向見て、何してるの。話を聞きなさい」
「施設の中を見学している。あの丸くて、大きいテーブルがある部屋はなんだ?」
「会議室よ。それも”滅多”に使わない隠れた会議室。あの部屋、簡単なスキルでは視認できないはずなのに、凄いはね。そんなことはどうでもいいの。身を入れて聴きなさい」
俺も悪かったと思いながら、エリシヴァの話に耳を傾ける。
悩まされているような重い口を開いた。
「あなたに……傭兵派遣会社『VBV』を壊滅させてほしいの」
「最近よく聞く単語だな、傭兵って……それで、どうしてそんな依頼を」
「【名無しの家】の件、どうなったか知ってる? 私はエンタープライズの名を出さず、傭兵派遣会社の仕業だと世間に発表した。前から、傭兵は恐れられている。……既に傭兵による被害が、このリライズでも起こっているからね」
「このリライズでも? 影響力をもつ人物の暗殺だとか?」
「それもあるけど……この国で生まれた国民が、傭兵派遣会社に就職してるのよ。他にも、各地で誘拐が発生していたり……根深く侵入されているわ。それよりも重要なのが……世界が傭兵派遣会社を頼っているということよ」
あのラオメイディア、かなり幅広くやってるみたいだな。
グレアリングに、エンタープライズを認めてくれと言いに行った時も傭兵を派遣していたし。
世界が傭兵を頼っている。
「グレアリングとデザイア帝国の戦争……それにも傭兵が絡んでいるのか」
「絡んでいるも何も……傭兵が戦争を引き起こし、継続させているのよ。……リライズが、潤うためにね」
「まさかとは思ったが、戦争ビジネスというやつか。リライズが依頼して、戦争を引き起こさせ、武器を買わせて……」
「……あなたを見て、確信したの。考えが変わった。戦争に頼らなくても、リライズは上手くやっていけると。利益のほとんどは、戦争によって生じたものだけど……私は戦争を止めたい。今、戦う相手は人ではない。私達、共通の敵は魔物。世界が……変化し始めている、あなたも感じていないかしら」
「さあな……この世界に来て、日は浅い。だが、魔物に異常な事態が起こっていることは聞いている。人類は元々、魔物を共通の敵として捉え、種族関係なく仲間として戦っていたそうだ。エリシヴァ女王、見直したよ」
目の前の人物が放つ存在感、それは敵としての恐怖だったのではないか。
俺は恐怖の正体を知った。
相手を理解すれば、なんてことない……味方だ。
この小さな部屋が不意に大きく感じた。
「ミミゴン、協力してくれるってわけね」
「ああ、壊滅させてやる。だが、どうして俺に……いや、エンタープライズに?」
「あなたに期待してるからよ。それに、リライズに軍事力は皆無。軍隊なんてないもの。戦争を仕掛けられたら、私達なんてすぐ終わるわよ。素晴らしい技術と、武器の提供が抑止力になってるだけ。だから、あまりドワーフを外に出したくないの。『ヴィシュヌ』も、そのためにある」
「あっ、そう。あと、質問したいことが一つある」
「何かしら。協力できることなら可能な限り、手伝うわよ」
さっきから渦巻いていた疑心暗鬼。
疑いの心があるから、何もかもが怪しく見えるわけだが……特にエリシヴァの覚悟。
傭兵に頼らないという覚悟と、もう一つ。
「この依頼、俺はリライズの総意で生まれたものだと思っていたが……ゼステラド大統領がいないことから、もしかして……あんたの独断か? 誰にも相談せず、独断専行しているのか」
「……? 何か問題でもある?」
「あるに決まってるだろ。エリシヴァの信用に関わることだぞ。悪の傭兵派遣会社を倒すというのを何で言わないんだ。反対されるとでも……なるほどな」
普通に考えたら、そうだよな。
リライズの世論は傭兵派遣会社を許さないだろうが、その実、支えられてもいるのだ。
国民は知らないから口にできる。
だけど知っている者だっている。
むしろ、そいつが。
「何、名推理しましたみたいな顔してるの。私は、まだやるべきことが残っているの。こんなところで死にたくはない」
「それで、あんたの敵は……ゼステラド大統領か?」
「違うと思うわ。……いいかしら、私の言う敵は【名無しの家】を襲うよう指示した者。それと、あなたを襲うよう指示した者。そいつを捕らえないと、私に自由な発言は与えられない」
「【名無しの家】を襲撃したのは、間違いなく傭兵派遣会社だ。エンタープライズを襲ったのも傭兵派遣会社だ。……今更ながら、ある疑問が生じた。なぜ、生まれて間もないエンタープライズを襲ったのか。全くと言っていいほど無名の国を襲うよう指示したのはなぜか、ということだが」
「あなたが持ってきた……『最高の魔石』。あれが原因ね。リライズで、エンタープライズの名を知っている者の中に”敵”がいるということよ。敵に関してはある程度、絞れているわ」
もう、目星が付いているんじゃないか。
そう思うほどに、目の前の人物は厄介だ。
それゆえに、味方となれば頼もしい限りである。
「ミミゴンは傭兵派遣会社を壊滅させて。そうなれば”敵”が尻尾を出すはずよ。そこを捕らえるわ」
「一人で大丈夫か?」
「刑事警察機関に親しい友人がいるの。あの人なら信頼できる。こっちはこっちでやるから、あなたも早く行動してね」
シトロン・ジェネヴァに友人。
この国の警察だったな。
まあ、エリシヴァが信じているのなら大丈夫だな。
エンタープライズに戻って、傭兵たちの情報でも集めるか。
本気のエンタープライズでかかれば、怖くとも何ともない……はず。
戦争屋ではないが、無駄に力がある。
「エリシヴァ女王……俺たちに依頼したのは正しいと思う。さすがの判断力だ。尊敬する、じゃあな」
扉を開けて、退出しようとしたとき。
「シトロン・ジェネヴァは『VBV』を壊滅させようと躍起になっている。私が頼んだけど、彼らでは無理がある。この国で最も強い組織だとしてもね。彼らにバレないよう行動してちょうだい。それから、シトロンに用事があるなら私に連絡しなさい。その方が、スムーズに事が運ぶわよ」
「助言どうも。それほど期待しているということだな、任せておけ」
「ついでに、リライズに来たんだから大学に寄っていくといいわ。この国、最高峰の教育機関よ」
「そんなとこ行って、何になる。勉強はもう、こりごりなんだ」
「まるで、もう卒業したみたいな言い方ね。あそこは、あなたにとって有意義な時間を過ごせるはずだわ。暇なら覗いて欲しいの」
何が狙いだ?
エンタープライズに教育機関は欲しいが、参考にしろと言ってるのか。
それとも。
「『ヴィシュヌ』を入れろと?」
「あら、見抜かれたわね。あなたを国で管理できれば、便利に使える奴隷になっていたんだけどね。残念だわ」
「大学と『ヴィシュヌ』の関係は良く分からないが、一回だけ見学させてもらおうか」
「賢くなったあなたに、また会いましょう」
言葉が耳に入ったのを確認して、扉を開けた。
幸い、人は歩いておらず見つかることはなかった。
リライズ大学ねぇ……あまり行きたくないな。
それでも、エンタープライズには教育機関が必要なんだ。
参考になるところは見て盗んでいくか。
傭兵派遣会社の壊滅……簡単に解決できるだろ。
そう思ったことで余裕が生まれ、リライズ大学に向かう空飛ぶタクシー「エリカゴ」に乗り込んだ。