98 新都リライズ―4
傭兵派遣会社壊滅編。
物語が大きく動き出すきっかけとなる。
マトカリアの件から一か月が過ぎようとしていた今日。
『先月【名無しの家】が突如として”消えて”しまった事件ですが、リライズ政府がウェブサイト上に声明文を発表しました。――刑事警察機関と捜査した結果、傭兵派遣会社の犯行ではないか――と推察されていました。また、そこに住んでいた住民は無事逃げたと報告しています。ここで社会ジャーナリストの、ストロー・ハットさんにお聞きします。今回の件を、どのように見ていますか?』
小型のラジオ。
手にサラサラの布生地……ベッドか。
俺はおぼろげな意識で、ラジオから流れてくる音声を聞いていた。
内容を聞きながら、脳内も徐々にハッキリと整理されていき、これは【名無しの家】の出来事だと理解出来てきた。
長方形の携帯ラジオからは、女性の声が聞こえていたが意見を求められた社会ジャーナリストのオッサンの声に変った。
ガラガラ声で聞き取りにくい声だ。
『いやぁ、これは気になる点がたくさんありますよ。まず、大切なことは……住民が無事逃げたとのことだが、その証拠というのがドワーフの死体が発見されなかったことからだ。つまりだね、死体がないから逃げたと言っているわけで、実は連れ去られたのではないかということも考慮すべきだと思う。政府は、それも考えているが……何か隠しているのかもしれないね。だから逃げたと言っているわけだ。それに逃げたとして、いったいどこに行ったのか。……まあ、落ちこぼれのドワーフ共でしょ。リライズには何の影響もないがね』
『ストロー・ハットさん、ありがとうございました。ゼステラド大統領は、引き続き生存者の捜索とあわせて、傭兵派遣会社への警戒をより一層強くすると公言しました。では、この後は天気予報と曲の紹介です! 映画「ハーモニカ」の挿入歌として大ヒットした「Watch Me」を……』
「ミミゴン様、おはようございます。朝食をご用意いたしましたので、召し上がってください」
俺が目を覚ました時に、スイッチをいれたラジオはメイドの手によって音量を下げられた。
ドワーフの製作したラジオからは、音声と音楽が少し……耳を澄ましても聴こえるかどうかという境目。
「Watch me」……聴いてみたかったなぁ。
リライズに行けば、いくらでも聴けるだろうか。
異世界の音楽、大ヒットしたというんだから良い音楽に違いない。
ロボットの体を『ものまね』で人間の姿に変える。
赤毛のイケメンに。
人当たりの柔らかい外見が交渉事に有利だと考え、この前、本人から許可をもらった。
本人は、エンタープライズ国防軍の兵士として働いてもらっている。
これからは、この美男で外出しようと決めた。
人とのコミュニケーションは中身で勝負と言うが、外見でも戦わなければならない。
ベッドに腰がけ、目の前に用意されたテーブルには朝食がセットされていた。
横でじっとしているメイドが、今日のご飯を作ってくれたのだろうか。
メイド達は一日ごとに交代……日直みたいなものだ。
エレベーターがつくられる前はニコシアとレラしか、この80階まで階段を上るメイドはいなかった。
4台備え付けられたエレベーターによって、メイド全員がお出迎えできるようになったのだ。
俺の部屋なのに、一人にさせてくれないのが欠点だが。
朝食……焼き魚、ご飯、デザートとして果物をふんだんに使用したゼリー。
質素な朝食で構わんと言ったから、まあ普通な食事だ。
甘党だから、デザートは必ず付けてくれと頼んでいた。
毎日まいにち、美味しいデザートを頂ける。
うん、幸せだ。
「失礼します、ミミゴン様」
「どうした、ラヴファースト。珍しいな、ここに来るなんて」
メガネと整えられた黒髪、黒スーツ。
ラヴファーストは、こちらを見ながら後ろに手を伸ばす。
玉座の間に入ってきた人物は。
「……あなたがミミゴン様ですか!」
体格の良い人間が、ぞろぞろと入ってきた。
集団の先頭にいる見た目がリーダーっぽい肉体をもった男が、膝をついて頭を下げる。
他の連中も同じように、片膝をつけて頭を一斉に下げ始めた。
「鳥の人と書いて鳥人! 頭は、おいら『ガルダ』である。よろしくお願いする」
「鳥の人、鳥人だって?」
〈鳥人は鬼人と同じ、数少ない種族ですー。特徴は何と言っても……〉
「翼が生える! バサッ!」
「いきなりなんだ!?」
助手の説明を遮って、行われたのは正面の鳥人たちに翼が生えたことである。
背中から大きく広げている。
なんとなくだが、理解したぞ。
「エンタープライズに、家が欲しいということだな」
「その通りである。もちろん、この国のために尽くそう!」
「アイソトープ! 彼らを案内してやってくれ」
「かしこまりました。鳥人の皆さま、こちらへ」
「おお、ありがたいことだ! 感謝する」
「「「感謝、感謝」」」
鳥人は翼を戻し、アイソトープの後を追う。
なんか押し切られて、泣く泣く了承した気分だ。
奇妙な連中に見えたが、なんとなく強そうだと感じた。
しばらく様子見だな。
「ラヴファースト、あいつらはいったいどこで」
「兵士の遠征で出会ったそうだ。鳥人は数こそ少ないが、戦力としては申し分ない。女も子供もな。鍛えれば、エンタープライズの発展に貢献することは間違いない。作戦にも幅が広がる」
「なら、多くの者がお前のところに行くのかな。そうなったら、教育を頼む」
「分かった」
一言発して、扉の向こうに消えていった。
新たな種族……どうやら既に、鬼人とも人間とも打ち解けているみたいだ。
余計な心配は無用だな。
さて、この一か月間の出来事と、エンタープライズについてをまとめる時間にしようか。
近くのメイドに熱々のコーヒーを注文して、贅沢極まりない机を前にして椅子に座る。
さっきとは違うメイドに声をかけ、白紙とペンを用意させた。
そして、すぐに湯気の立つコーヒーが運ばれ、ちょっとずつ啜りながら整理整頓することにしよう。
エンタープライズは、ミミゴンを王とする国家。
人間の国グレアリング王国や、ドワーフの国リライズには認識されている。
印象は悪くないが、良くもないはず。
現在、国民の数は……たくさん。
鬼人、人間、ドワーフ……そして、新たに鳥人が加わった。
これまでの話に伏線はなく、予想の斜め上の展開で鳥人が出てきたが、まあよしとしよう。
こんな風に、唐突な訪問者にも家を用意するのが、エンタープライズの良いところでもある。
エンタープライズを住居とする国民には、四つのどれかに所属してもらっている。
奉公先とでもいうのだろうか、職場のことである。
一つが、ラヴファースト率いる『エンタープライズ国防軍』。
役割は国の自衛、社会活動――被災地の支援、復興等――、そして……侵略だ。
専ら”平和維持活動”と言ったところだが、侵略に関しては必要ないと思っている。
女性もいるが、男性がほとんどだ。
最近はシアグリースという青年に、ラヴファーストは期待しているみたいだ。
リーダーのラヴファーストは超絶強い剣士、文字通り最強。
決して優しいわけではないが、理不尽に怒るやつではない。
アイソトープを管理者とする『領域の番人』はメイド、使用人となって国家のために活動することだ。
仕事内容は、とにかく多い。
掃除、料理、世話、農業、子供たちの教育など幅広い。
何でも屋と言ってもいいかもしれない。
女性が多く、男性が少ない。
アイソトープも、もれなく最強クラスのメイドである。
彼女の発するオーラに逆らおうとする部下はいない。
無表情極まりないが、ちゃんと筋が通っていれば理解してもらえる。
意外にも、子どもをあやすのが上手いという噂を聞いた。
『エンタープライズ情報調査管理本部』は、オルフォードが長官としてリーダーを務める国の情報機関。
たぶん、エンタープライズで最も重要な職場である。
何せ、大量で多種多様の情報を扱うのだ。
決して、スパイを入れてはならない。
仕事内容は国家安全保障のための情報収集、分析が主である。
諜報活動に特化させた組織になりつつあると、独房にいるオルフォードは言っていた。
既に何人かを各地域に送り込み、潜入調査員として情報網を構築しているらしい。
しかも身分秘匿捜査なんてこともしており、グレアリング王国やリライズの中枢に潜り込んでいる者もいるらしい。
調査員の能力が高すぎるな。
エンタープライズ情報調査管理本……長いから『エンタープライズ情報本部』の頭字語……『EIHQ』と略される。
EIHQは、いずれ世界に巨大な情報ネットワークを形成し、収集した情報を役立てることができるだろう。
ただ機密情報を扱うため、極めて高度な戦略が求められるだろう。
職員に関する問題も発生しそうだな。
ちなみに先月、EIHQが爆発四散し、原因となったオルフォードを独房に閉じ込めた。
反省しているようなので、一週間ほどで解放しようとしたが、オルフォード自身が「ここがよい」と言って動かなくなってしまった。
おかげで、地下1階の独居房は騒がしくなった。
職員がオルフォードを訪れて、資料の確認をさせたりと、まあ……オルフォードを強引に動かすしかないか。
最近できた職場……マトカリアとゼゼヒヒが研究所長を務める『拠点開発研究所』が完成した。
少女と猫が所長というのは変だが、名無しの家をまとめあげたドワーフのエックスが断固として、所長になりたくないと言った。
仕方なく、候補者として名乗り出たマトカリアとゼゼヒヒに任せた。
研究所にはドワーフが数多く所属し、日々研究と開発に着手している。
マトカリアも『調合』を研究し、医薬品やアイテムを生み出していた。
そのため、クワトロの店で買う必要もなくなってきたため、節約につながった。
助手がマトカリアを監視しろと警告していたので、監視役はゼゼヒヒにしてもらうことにする。
ゼゼヒヒも『調合』の危険性を把握していたため、快く引き受けてくれた。
余談だが、ゲーム開発者のカリフォルニア・レモレモも、ゲーム開発に貢献してくれている。
既に一作品、完成したようで皆が所有するスマートフォンに配信したようだ。
で、反応は……最高だ。
今までのゲームとは違い、初めてアクションRPGの開発に挑戦したという。
リアル体感型超迷宮アクションゲームだったかな……まあスマートフォンとなると、そのジャンルは難しいだろう。
それにしても、良くやってくれたと思う。
城内でも休み時間中のメイド達が集まり、ゲームをしているのを見る。
中には、ドワーフや鬼人、人間の異種族間でも、ゲームをしてくれている。
これこそ、俺が望んでいた「ゲーム」による「コミュニケーション」!
休み時間も有意義な時間に変えることができただろう。
ただし、ちょっとした苦情が出ている。
この前、子供の教育係であるニーナが「子供たちが授業中にこっそり、やってるんだよ!」と報告してくれた。
エンタープライズに住むからには常に、スマートフォンの携帯を……強制ではないものの命じている。
スマートフォンは、エンタープライズでは必須に近しいアイテムだ。
子どもたちにも持たせてみたが……苦情の通り、授業中にゲームをするという、異世界に行っても同じなんだなと感じてしまった。
スマートフォンを取り上げるということはせず、まず教育係の能力向上に努めることにした。
つまり、授業をゲームより面白くしてもらう。
かなり厳しい課題かもしれないが、ニーナはやる気だ。
そしてレモレモにも、このことを伝えたら「授業中は、ゲームができないようコントロールする」と言って、すぐに適応された。
しばらくして、子供たちから不満の声が出るかと思っていたが、ニーナの頑張りがあってか制限されても授業を真面目に受けてくれているみたいだ。
改めて思ったが、あの鬼人娘すごいな。
そう言えば「今度、授業を見に行かせてくれ」と言ったら、焦った様子で「やめてくださいよ」と言われた。
ちらっと覗いて、理由は分かった。
ニーナも遊んでいるからだ、スポーツとか外に遊びに行ったりとか。
そりゃ、授業中にゲームしなくなるよな。
……まあ、情操教育にはなってるかな。
学力も高めてほしい。
「ミミゴン様、リライズより来客です」
「うん? 今、いく」
まとめに入りかけた、ちょうどにメイドが来客を知らせる耳打ちをした。
玉座に座り、メイドが部屋に続く重厚な扉を開ける。
入ってきたのは、正装をしっかりしたドワーフだった。
「失礼します。エンタープライズの国王、ミミゴン様。女王エリシヴァ様より、言伝を預かってまいりました」
「それで、内容は?」
「はい……明日、リライズの官邸で待っている。以上です。それでは」
「え、それだけ!?」
ゴト……と静かに扉が閉じ、帰ってしまった。
明日、リライズの官邸……か。
行かなくちゃなんねぇよな、やっぱり。
……よし、今日はこれで終わり。
おやすみ!
エンタープライズ情報本部……Enterprise・Intelligence・Headquarters