失敗作の末路
「乃異喪子様。こちらでいったい何をされているのです?」
「見てみなさい、ローゼちゃん……シュトルツ村に来訪者。哀れな龍人、憶えてる? 魔界で瘴気を生み出す魔物、ミアズマの遺伝子を注入した失敗作よ」
『乃異喪子』と呼ばれた女は、空高くを浮遊しながら、シュトルツ村を指さしている。
隣も同じように、空中で留まっている少女『ローゼ』も、シュトルツ村の方角を見つめていた。
本心を現すかのようなおぞましい声色で、乃異喪子は語る。
「せっかく身体は耐えたのに、制御ができないなんてね。もう一人の方が成功したから、いいけども……これじゃあ、目標達成までかなり時間がかかるわよねぇ」
「仕方ありません。それが、この世界のルールなのです。我々『法則解放党』は、鳴りを潜める時期なのです」
「いつも、それ言ってんじゃん。だいたい、私達を止められる奴なんて……私やあいつら”転生者”しかいないでしょ。転生者っていっても、最近は全然こないし。たぶん”頭世紀末の連中”が隠しているんでしょうね、きっと」
無表情でクリッとした瞳を乃異喪子に向けたローゼは、顎に人差し指を当てた。
「乃異喪子様……頭世紀末の連中とは、誰のことでしょうか?」
「あんたのような、元から異世界人のやつには分からない。そして、そんな連中に会うと……生き地獄のような生活を送るわ」
「その連中は、転生者よりも強いのですか?」
「戦いたいようだけど、あんたは絶対戦うことはできない存在。勝つとか負けるとかじゃなくて、そもそもこの世界にいない奴なの。分かったら、返事は?」
「ふぁい」
「相変わらず、気の抜ける返事だねぇ。あーぁ……デザイア帝国から竜人かっさらってこよっと」
「それで、なんでシュトルツ村を見ていたんですか?」
忘れてたと思いながらも、それを隠そうと冷静に話す乃異喪子。
朝日が現れ始め、村の解決屋前は様々なもので散らかっていた。
酔いつぶれ倒れた人、机に顔をつけながら寝ている者など。
あと、クワトロの店もそのままだ。
起きた村人は、寝ている人を介抱したり掃き掃除をしている。
だが、昨夜宴があったにしてはゴミの量は少ない。
これは、ニコシアとマトカリアが掃除して綺麗にしたおかげだが、村人たちは気づいていないようだ。
中には察した者もいるが。
赤のゴシックドレスに白衣を重ね着した奇妙な身なりの乃異喪子は、再度指をシュトルツ村に向ける。
「あー、ほらあそこ。あの鬼人……かなり強いわね。彼が失敗作の後始末をしてくれたのかしらね」
「鬼人というと、希少な種族です。それが人間と共存しているとは。森でこそこそ隠れながら生活しているのがお似合いだと言うのに」
「ローゼ、あなたも最初は森で暮らしていたよねぇ」
「私は森で生まれ、森と共に暮らしていた……はぐれエルフです。だから、ブーメラン発言ではありません」
「あら、そう」
黒のゴシックドレスを着こなしたローゼは村の興味が薄れ、帰りたそうに乃異喪子の袖を引っ張っている。
「なぜ、あの鬼人は強いのかしら。どうやって、強くなったのかしら。ローゼ、ここ最近変わったことはないの?」
「リライズで、新たに流行語が誕生しようとしています。『レッツ……団結!』というギャグのようです。既に若者たちの間で流行りはじめ、これは二人組の芸人が……」
「――そんなこと聞いていないの。グレアリング王国周辺の動静よ」
「レッツ……団結!」
呆れた乃異喪子の横で、ローゼが『異次元収納』からタブレット端末を取り出し、ネット検索していた。
さらに呆れた乃異喪子は、ため息をついた。
「スキルを使いなさいよ。その方が確実でしょ。それに、こんなところまで通信が届くなんて、リライズのドワーフも侮れないわね」
第7世代移動通信システム『7G』により、ローゼのタブレット端末には有名な検索エンジンが表示されていた。
人差し指を器用に操り、様々な検索をしている。
大容量の情報が、そこには映し出されていた。
「……エンタープライズという国が最近現れたみたいです。詳しい内容は載ってないけど、グレアリングとリライズには認知されている国家。王様は……分からない」
「情報が少ないわね。けど、あまり関係なさそう。偶然、強い魔物を倒した鬼人……そういうことにしておこうかしら」
乃異喪子の示す鬼人クラヴィスはクラルスと共に馬車に乗り込み、村を出発したようだ。
クワトロはキャリーの世話をしながら、スマートフォンで今日の予定を書き込んでいた。
村は元通りになって活気が戻っていく。
そんな村を見ていた乃異喪子も興味が無くなり『テレポート』でローゼとデザイア帝国へ瞬間移動した。
一週間もすれば、幽寂の森から瘴気は消え失せていた。
川の水からも瘴気は消え、今日も村人たちの生活用水となっている。
村にはミミゴン街から派遣されたハンターが居を構え、トラヒメナ草原の魔物相手に無双している。
マトカリアの母親、マルミナ・ウェアラブルは普段と同じようにご飯を食べて、洗濯して……酒瓶を片手にソファに座り込んでいた。
木のテーブルには、クラヴィスが倒した魔物の素材を売って得たお金が詰まっている巾着袋が置かれていた。