96 シュトルツ村:ミミゴン―20
俺とクラヴィスはできるだけ多くの食材を背負って、シュトルツ村へと帰ってきた。
今はマトカリアの姿ではなく、元の人間に『ものまね』している。
外に出るときの姿だな。
その頃には、既に多くの村人が集まっていた。
ニコシアも、クワトロと共にキャンプ用品でつくられたキッチンを展開して、準備している。
「ニコシア、一人でいけるか?」
「ふふ、料理の腕はアイソトープ様仕込みですよ。世界共通の美味を披露しましょう。速さも添えて」
と言って、すぐに取り掛かった。
とにかく素早いとしか言えない調理の速さで軽く翻弄されていたが、安心できた。
それはともかくだな……言いたいことがあるんだ。
「クラヴィス! ……その頭の、おかしそうな女性は?」
「頭のおかしいなんて失礼ですね、ミミゴン様! 私はニコシアと一緒に村から逃げてきた、ファーザー・クラルスです!」
ファーザー・クラルス……ファーザー・ノウアの娘か?
修道服を着た外見から、修道女のような印象を受ける。
神に祈りをささげるシスターなんだろうが……そうは思えない。
酒瓶を片手に時折、喉を鳴らして飲んでいるから。
それに頭の頭巾もずれまくって、長い金髪の髪が露わになっている。
あと、それから……クラヴィスにべったりとくっついているのがおかしい。
嫉妬とかではなく、クラヴィスの表情が彼女を恐れているようにしか見えないのだ。
「あの、ミミゴン様……僕の彼女です」
「それはつまり、クラルスと恋愛関係にあるということか?」
「……はい」
嫌がっている、無理矢理な恋愛関係にしか見えない。
クラヴィスの表情、視線がそれを伝えてくる。
クラルスは泥酔しているのか、意味不明な言動を振舞う。
「信じるものしか救わないせこい神様拝むよりは、私とずっと一緒にいる方がぁ……気持ちよくなれるからぁ」
「大丈夫、この子? 修道女とは思えない発言だけど。あとその歌詞、どこで知った」
「神様最高! 可愛いぃなぁもぉ!」
「クラルスは、いつもこんな感じですので……大丈夫です」
ついに立つ力もなくなってきたのか、クラヴィスの太い足に抱きついて座り始めた。
率直に聞いてみた。
こんなの、とはあまり言いたくないが。
「クラヴィス……なんで、こんなのを彼女にしたんだ」
「復興支援隊として一緒に組まされて、惚れられて……しばらくしてから勝負することになりまして。その……僕を賭けて。それで僕は負けてしまい、彼女になってしまったということです」
「負けた!? こんな奴に!?」
「内容は背中に張り付けた風船を割った方が勝ち……というシンプルなルールだったんですけど。クラルスは……女の武器で襲ってきまして。結果、負けました」
「なるほど……お前ほどの男でも弱点があるわけだ。参考になった」
「え、いえ、あのぉ助けるとか……いいです。僕には十分すぎる女性です。可愛い彼女です」
まるで自己暗示かのようにぶつぶつと唱え始め、クラルスは「嬉しぃ!」といって、さらに力強く抱きしめていた。
たぶん、あの腕力は首ごともっていくほどだろう。
だって、エンタープライズの住人なんだもん。
みんな鍛えられているし。
クラヴィス……何かあったら言えよ。
そう心の中で呟いたとき、クラルスは酔いつぶれた。
ニコシアの料理で場が潤ってきた現在、俺の中には妙な胸騒ぎ……というか、嫌な予感ともいうべきか。
クワトロとクラルスが酔いつぶれてる横で、村の様子を眺めていた。
遠くから視線を感じるが、それ以上に悪寒が走る何か。
……たぶん、あれだろう。
「アルコールが親友なのぅ! もっと連れてきてっ!」
「村中の酒、全部飲まれたぞ! インドラ上級監察官、何とかしてくださいよ!」
「明日以降になるとは思いますが……手配しますよ」
類は友を呼ぶ、かぁ。
セーターを着た女性が、顔を真っ赤にして「アルコールゥ!」と連呼していた。
クラルスを連れてきたからか。
はちきれんばかりの胸を強調するかのような服だな。
胸元が開いてやがる。
俺は性欲とかがないのか、ロボットだからか知らないが、興奮することはないにしろ、見ていて恥ずかしい。
……ダメだ、こいつ。
ズボンも、ちょろっと脱ぎ始めたぞ。
抑圧された性衝動の解放と道徳の放棄。
おかげで、ほら……目のやり場に困っている男性が一斉に”テント”を張り始めちゃったよ。
村の女性陣は慣れた手つきで、例の女性を遠くの方まで引きづっていく。
女性たちは声をかけるが、一切反応がない。
そして退場していった。
「ミミゴンさんの国に住みたいのですが……」
「うん? ……マトカリアか? いきなり、どうしたんだ?」
横から声をかけられ、振り向くと手帳を持って立っているマトカリアがいた。
恥ずかしそうに、だけど目的を達成したいと思う瞳で、こちらを見つめていたのだ。
「実は、私……『調合』を学びたいんです! 父が遺した手帳は未完成なんです」
「この手帳……そうか、調合リストになっていたわけか。父親がのこし……いや、調合リストを解明したいってわけか」
マトカリアの父親がいない理由が分かった。
マトカリアが手帳をパラパラとめくりながら、ページを見せてくれた。
〈大変ですよー、これはー!〉
助手、何が大変なんだ。
〈ある人物が残した調合書は別離の大戦以来、姿を見なくなったですー。ほぼ全ての調合方法が載った書物がー。ですが、マトカリアの父親は再び復活させようとしているのですー。これは、もしかすると将来大変なことが起こる可能性もありえますよー。ミミゴン……分かっていますねー?〉
いや、分からん。
大変なことが起こるだって?
〈リライズ……いえ、それ以前から『調合』に関しては厳しい規定がありますー。特に調合リストの作成ー……これが最も重い罪になりうる国、それが現在のリライズですー〉
なるほど、だいたい理解したかも。
簡潔に言うと、脅かす何かを作れるからだろ。
〈世界を動かす何か……ですねー。本当に、そんなものがあるのか不明ですがー。誰も見たことがないのに規制されているわけですー。本能に隠れた常識かもしれませんねー〉
お前、本当は知ってんだろ。
どんなものか、どうやってつくるのか。
〈知っていたとしても言えませーん。ですから、分かっていますよねー? マトカリアさんをー……”監視”してくださいー。自由にさせてはなりませんよー。以上でーす〉
言いたいことだけ言いやがって消えた。
監視……助手の伝えたいことは分かる。
可能性のある”破滅”、目の前の女の子が突然……強大な力を手に入れたら。
最悪の可能性として、全人類の生死を握るような『調合』をすること。
今は可愛くて若い女子。
「あの……聞いていましたか? 私、ミミゴンさんの国に」
「住みたいんだろ? もちろん、大歓迎だ。それに調合方法を完成させるんだっけか。俺にも手伝わせてくれ。なんてったって、世界を救うカギになるかもしれないからな!」
「本当にそう思っています! ですよね、そうですよね! お父さんに会ったことはないけど、これを完成させようとしていたってことは……きっと、世界をより良く変えることができるかもしれないからですよね!」
「きっと無念な気持ちで一杯だろうな、お父さんは。マトカリアに託したってことは、それだけ重要なことだからだ。協力させてくれ!」
「母からもぉ、お願いねぇぇぇー」
ふにゃふにゃの言葉と俺の足を思いっきり掴んでいるのは、さっきのアルコール女だった。
下から現れるな!
この軽犯罪法違反!
それに、マトカリアの母親だったのかよ!
父親はまともそうなのに、母親は……だな!
脳内で思ったことでも、あまり悪口は良くないからな、我慢しよう。
「お母さん……私、真剣なんだ! お父さんの夢を叶えたいんだ!」
「行ってきな。ここはお母さんに任せてね!」
その声が村人の耳に入った途端、顔がこわばった。
どこまで恐ろしいんだ、この家族。
「お母さん、私……」
「大好き、なんでしょ。お母さんも同じ気持ちよ。あなたの親だからといって、あなたを止める権利はないわ。血しか、つながっていないもの。紐でつながっているわけじゃないのに、束縛する奴いるよね。子供を束縛する者は、ぶっ殺したいほどよ……もちろん、お母さんは全力で応援してやるの」
「おかあさん……!」
なかなかに、えげつない言葉が聞こえたよ?
感動はしづらいけど、娘は泣いている。
まあ、親子の別れだ。
親と子にしか分からない涙腺ポイントがあるんだから、あまり邪魔してやれないな。
「ミミゴンさんよね。娘をよろしく頼むよ。あと、マトカリア……お金は置いていきなさい。明日からの生活費がなくなるから」
「おかあさん……!」
マトカリアは、また涙で顔を覆っていった。
生活費か、苦しいな。
でも、この母親……なくても生活できそうなんだが。
あと、娘が見ていないからって悪い顔になってる。
絶対、無駄遣いしそうな奴だ。
偏見かもしれないけど、そう感じ取ってしまった。
「将来の夢をちゃんと持ってる人って羨ましいよね。お母さん、リライズにいた頃はね、全然決まらなかったの。いつの間にか、流されるようにして……女優になったわ。けど、あなたのお父さんは違ったのよ。仕事にも一生懸命、趣味にも一生懸命。まるで明日死ぬかのように研究して、毎日を大切にしていたわ。マトカリアは、お父さんの血をバッチリ引き継いでいるのよ! 大丈夫いけるわ、ぜったいに!」
「うん、頑張るよ!」
「それじゃあ、あとはミミゴンさんに任せるわ。お母さん、吐きたくなってきたわ……うぉ」
「――『テレポート』!」