94 シュトルツ村:ミミゴン―18
「ゼ、ゼゼヒヒちゃん……どうして、それを」
「……吾輩は”旅する猫”だ。持っていても、おかしくないだろ……? お土産ありがとうと思って、吾輩を光栄に思うがいい。また……旅をする」
「ゼゼヒヒ、だな……」
俺が問いかけても、無視して歩き続ける。
マトカリアの足元まで歩き、ワームヨモギを置いて立ち去っていった。
その表情は、何かを悔やんでいるように見えた。
風が吹けば容易に飛んでいきそうなワームヨモギを、マトカリアは拾ってじっと見つめていた。
それから、他の薬草を握って『調合』する。
「……『調合』!」
マトカリアの手には、調合された薬が握られていた。
彼女を見ていたところで、終わりはない。
「ゼゼヒヒが貢献してくれたんだ。俺たちは、万能薬をつくるぞ!」
猫については、後回しだ。
それにあの様子だと、しばらく姿を見せないだろう。
何かあったに違いない……だけど、今は放っておくべきだと思った。
あの白い背中が、そう訴えているように見えたから。
俺は、万能薬を目指して『調合』を始めた。
日は、すっかり暮れた。
辺りは松明の炎が村を明るく照らしていた。
「で、できたぁ……できたよ、万能薬!」
「やっとかー! はぁ、終わったー!」
気が付いたら、マトカリアの分身体はどこかに消えていた。
助手は「助けるのは、ここまでですー。あとは……お前たちでもいけるはずだー」といって逃げていたのだ。
平たく言うと「飽きた」のである。
まあ、助手がいたおかげでかなり進んだのは確かだ。
だが、それ以外にもハプニングが起きていた。
マトカリアの魔力が尽きてしまったのだ。
というのも、アイテムそれぞれにレア度のようなものが設定されてあり『調合』で作るもののレア度が上がれば上がるほど、比例して魔力の消費量が増えるという余計な設定のせいだ。
いるのか、それ。
有り余るほどの魔力を持つ俺が、マトカリアに魔力を分け与えた。
『魔力分配』のスキルで、再びマトカリアは働いてくれた。
ようやく、ようやく完成した万能薬。
マトカリアが「私が届けに行きます!」と言って、残る病人のもとへ走っていく。
生き生きした表情で走る後ろ姿を見ていて、今まで感じなかった疲労感が襲ってきた。
だけど、胸の内は達成感で満たされていた。
クラヴィスが椅子を用意して、ニコシアが料理を運んできた。
……え?
「ミミゴン様……私ニコシアの手料理で、どうか疲れを癒してくださいませ」
ニコシアはメイドらしく、丁寧にテーブルに豪華な料理の数々を並べていく。
クラヴィスは隣に座りながら、何やら食材の説明を始めた。
「ミミゴン様! この肉は、ミミゴン街で育った牛の最高級霜降り肉です! この野菜も、ミミゴン街で採れた最高級……」
「ちょっと待て! ニコシアは、ありがとう。料理を用意してくれて。……クラヴィスも、ありがとうな。解説を続けてくれ」
クワトロが、横で既にガツガツと肉をかじっていた。
クラヴィスは俺の耳に近づけて、やたらと肉や野菜を説明していた。
牛は狭い牛舎に閉じ込めず、無理に太らせず、しっかりと運動させて健康な……みたいな、こだわりを永遠と示してくる。
それは、よく理解した。
野菜についても同様だ。
それにしても、ミミゴン街でこういうことをしていたとはな。
話を聞くと、まだエンタープライズに移住する前の頃は牛、鶏などを飼っていたそうだ。
それも魔人たちに襲われる前の話だ。
それらの経験を経て、リライズの食通をも唸らせるほどのものを、わざわざ俺のために用意してくれたらしい。
クラヴィスはいつにも増して、嬉しそうに語っていた。
絶好のアピールチャンスで、最高のアピールをしているからだろうな。
「そうか、さすがだな……クラヴィス。これからも期待してるし、信頼し続ける。だって、こんな美味しい物をつくってくれたんだ。そうだろ?」
「ありがたきお言葉……ありがたき幸せ、です! 僕は、ミミゴン様と同じ時代に生まれて幸せ者です!」
「それは私も同じですよ、ミミゴン様」
「ニコシアまで……俺も嬉しいんだ。よっしゃー! クラヴィス、ニコシア! ここで宴でも行うか!」
ニコシアは目を細め、笑顔を浮かべていたが。
「……あの、ミミゴン様ぁ。その、大変申し上げにくいのですが……」
「肉が足りないし、野菜が足りない……そうなんだろ?」
「ど、どうしてそれを!?」
「……なんとなく展開が読めていた。かぁ、やっぱりか」
クラヴィスは謝罪しようと思いっきり頭を下げにいったが、最中にその頭を逆に思いっきり上げさせる。
「いたたたたたぁ……ミミゴン様!」
「頭を……さ、下げるな。ていうか強い! 恐ろしく強いぞ、この頭! う、ううっ! 抵抗するな、クラヴィス……ちょ、更に力入れるなっ! 腕が限界……!」
こんな時に馬鹿力を発揮すんじゃねぇ!
これが鍛え抜かれた者の筋力……それに対し、マトカリアはハンターといえども腕が細い。
さすがに、マトカリアでは耐えられない。
力尽きた俺は頭を手放し、クラヴィスは頭を下げ切った。
謝っているのは分かるけど、なんだか敗北した気分だ。
「クラヴィス……ミミゴン街からできる限り、食材を調達してくるぞ! 謝るのは、死んでからしろ!」
「死人に口なし、ですが……」
「冷静になってマジレスするなよ。ニコシア、村全員集めて祭りでもやるって告知しとけ!」
「かしこまりました、ミミゴン様」
「『テレポート』!」
「ミ、ミミゴン様ー!」
クラヴィスの絶叫は村中に響いたが、『テレポート』によってすぐに静かになっただろう。
時刻も、今は夕食を食べる頃だ。
俺たちは、クラヴィスが担当しているミミゴン街に瞬間移動した。
「ゼゼヒヒちゃーん! いるんでしょー」
マトカリアは万能薬で最後の患者が回復したのを見届けた後、ゼゼヒヒを探しに村中を歩いていた。
道中、メイド姿をしたニコシアの「宴を始めます」という声が響き、村人はちょうど中央に鎮座する解決屋に足を運んでいる。
マトカリア自身も、ミミゴンという王様が企画したであろう宴とやらに関心が高まっていたが、白い猫にお礼が言いたいのだ。
いつも日陰になっている解決屋の裏や、マトカリアの家にも向かってが鳴き声どころか、姿形がまるでなかった。
「ゼゼヒヒー! お礼が言いたいの!」
「ゼゼヒヒちゃんなら、ここよー!」
松明の火が人影を照らしているが、よく見えない。
大きく手を振っていることは確かだ。
それと片手で何かを摘まんでいる?
見たいものは、近づかなくては見ることも叶わない。
側には穏やかな川のせせらぎ、いつもと同じ音。
手を振って誘っている人物に迫っていった。
「ゼゼヒヒちゃんを捕まえちゃったわ」
「お母さん! 体、大丈夫なの?」
「平気よ、ほら! いつも通り、ボインボインムッチムチのボディバランス……ね!」
「お母さん、恥ずかしいよ。誰かに見られたらどうするのぉ」
恥ずかしいという感情が欠如したマトカリアの母親、マルミナ・ウェアラブルが煽情的に感じる雰囲気をつくりあげていた。
首元が開いた服からは、欲情を引き起こす豊満な胸が見え隠れしている。
とても先日まで病気に侵されていた人間とは思えない回復ぶりだ。
万能薬には誘惑に関する毒薬草も含まれていたが、効果は失ったはず。
なのに、目の前の女性は何かに憑りつかれたかのように欲を振りまいている。
マトカリアは呆れながらも、慣れていた。
病魔に侵される前から母親は、どこか”おかしい”から。
生まれつきの色欲、ともマトカリアは思っている。
「宴があるんだって。お母さんは、そこで酒でも飲んでいて」
「もちろん、そのつもりよ。病気でアルコール我慢してたのよ。抑圧には反動がセットでついてくる……これ、ダイエット反対運動団体の名言よ。覚えておきなさい」
「嫌だよ……覚えたところで社会で役立たないよ」
反論したマトカリアの肩を渾身の力で抑える母親がいた。
襟首を掴んでいた片手が開き、ゼゼヒヒは悲鳴をあげながら地面に激突した。
「社会で役立たない? 無理矢理、役立たせるのよ! うぅ、抑圧した何かが噴き出てくる。なんかむかむかしてきた……これが学校で習った作用反作用の法則ね。今頃、理解できたわ」
「学校行ったことないけど、たぶん違うと思う」
「それに、このゼゼヒヒちゃん……売れば高い値が付くわよね。今度、リライズにでも売りにいこうかしら」
「もしかして……もう酔ってる?」
「酔うのに酒は必要じゃない。暗示するだけで酔えるの。これを就職活動のときに活かせばぁ」
マトカリアは、抱きしめてくる母親の体を強引に突き飛ばし、ゼゼヒヒを抱えて、逃げるように離れていった。
気付いたら100部分。
おそらく、このままだと300部分は余裕ですね。