93 シュトルツ村:ミミゴン―17
「ミミゴン様! 一人を除いて、体調が回復しています」
「あと一つ……だな」
クラヴィス、ニコシアが万能薬を病人に届けてきたようだ。
インドラは病人の世話をしにいったようだ。
あと一人。
最後に回されたということは比較的、進行していないのだろう。
そうはいっても、死に向かっているわけだ。
ニコシアに、まずは万能薬代をクワトロに渡してもらう。
クワトロは満足そうな顔で「グへへェ」とにやけていたが、これで構わんだろう。
残された方法は『調合』しかない。
助手によると作るのは、かなり難しいそうだ。
なにせ、一から作ろうとなると大量の薬草が必要だからだ。
それに手間も多い。
だから、頼るしかない。
「クラヴィス……マトカリアを呼んできてくれ」
頷いて、すぐに駆け出してくれた。
彼女が来るまでに、クワトロに探させておこう。
「あの……『調合』が必要、なんですか?」
「マトカリア、来てくれて助かる。お前の力を借りたいんだ。協力してくれないか」
「また、あなたですか。クラヴィス様が依頼してくださったから、やる気になったのに」
「毒の強い言葉だな。村を救うと思って、一肌脱いでくれ」
「もちろん最初から、そのつもりです! ぜひ、手伝わせてください!」
俺に対する悪口を挟む必要あったか?
だが、彼女は本気だ。
本当にありがたい。
マトカリアは万能薬が必要だと話した後、腰に付けた道具袋から手帳を取り出し、目的のページを開いた。
「万能薬は……あらゆる薬草の頂点に君臨する薬です。ですので『調合』には、様々な薬草をそろえなければなりません……本当にできるのですか?」
「大丈夫だ。ある程度は用意できると思う」
「それに、ほら見て下さい。これらの段階を踏んで、ようやく万能薬ですよ」
見開き全体には、まるで全国大会のトーナメント表のように万能薬を頂点とし、下には多種多様な薬草が書き込まれている。
字は丁寧で読みやすいが、みっちりと書かれた調合表は万能薬の価値を表しているようだ。
これほどの手順を遵守して、辿り着く薬の頂点。
若干の恐れが俺の頭に湧き始めても、やるしかない。
始めてもいないのに何を怖がっているんだ、俺は。
俺は、チャレンジャーだ。
これは試練であり修行なのだ。
俺自身がチャレンジャーであり続けなければ、時間においていかれる。
無駄な時間を過ごすだけなんだぞ。
『挑戦する自分が人生で最も輝く瞬間だ』と、お師匠様が言っていたではないか。
俺は幾度となく危機を乗り越えてきた英雄だ。
踏み込め、ミミゴン!
いつも、脳内で会話して自分を奮い立たせている。
こうしないと、動けないのだ。
助手は「まあ、良い自己暗示だと思いますよー。動けないことが一番ダメですからねー」と俺の会話が丸聞こえだったようだ。
ええい、恥ずかしいもクソもあるか!
マトカリアの手帳を貸してもらった俺はクワトロの方に向き直って、突きつける。
調合に必要な薬草はあるか、と手帳で示した。
クワトロは後ろに人差し指を向けて、ニコシアが店から頑丈で磨きのかかったテーブルを取り出して、正面に設置する。
クラヴィスとニコシアが更に店から木の籠を抱えて、テーブルに並べていく。
真四角の木でできた籠には、薬草と思われる植物が種種雑多に揃えられていた。
「こ、これ……ほんとに」
マトカリアは、まさか薬草がこんなに用意してあるとは思ってもいなかったようだ。
俺は分かってはいたものの、クワトロには色んな薬草を出しておいてくれとだけ頼んだが、こんなに種類があるとはな。
〈薬草の市場みたいですねー。麻痺を治す薬草にー、睡眠状態を治す薬草ー、傷を治す薬草ー……とにかくこれだけあれば憂いなしでしょー〉
必要な薬草の種類は64。
数えたら、それぐらいはあるのではないだろうか。
よし、さっそくだが始める。
「クワトロ、準備してくれてありがとう! マトカリア、下から順に『調合』していくぞ」
「わ、私一人で!? 時間はかなり必須だし、何より途中で魔力が尽きてしまうよ」
「こういう時こそだな……『ものまね』!」
『ものまね』の対象は、マトカリア。
いくら制限付きスキルの『調合』といえど、マトカリアになれば使えるはずだ。
『ものまね』した対象のスキルが使えるという便利さ、改めてすごいと思った。
もちろん容姿は、マトカリアそっくりになる。
首筋まで伸びた茶髪、動きやすくフィットしたズボンと服、腰の道具袋。
左右均等の整えられた二つの胸。
中身は違えど、外見はマトカリアだ。
例に漏れず、『ものまね』によって『調合』が使えるようになったと助手が教えてくれた。
だが、習得はできないらしい。
それでも構わない。
マトカリアは目の前に”マトカリア”が現れたことにより、驚愕して膝が震えていた。
更に作業効率を上げるため『分身』で一人増やす。
これでまた驚くかと思って、マトカリアを見たが。
「正気ではない精神状態!」
……うん?
マトカリアは目を擦りながら、時折分身したマトカリアと俺を交互に見ている。
そして、冷静になって道具袋から何かを掴んで、分身のマトカリアに近づき。
目を隠すように黒い布を巻き付けて「よし」と言って、俺にも巻き付けてくる。
何が「よし」なの?
「顔を隠したし、これで私じゃない。これは私じゃない。これは私じゃない。私は一人だ」
顔を隠したっていってるけど、まるで囚人だよ。
確かに本人にとって気味が悪い光景だろうけど、さすがに顔を隠すとは思わなかった。
顔を隠された囚人が二人いるのも、なかなかの光景だと思うんだが。
「えっ、これでやれっての?」
「これじゃないと、私が動けない」
「前が見えない。暗闇だ」
「大丈夫です。私は『暗視』を獲得しているので」
「……お先真っ暗ですけど」
当然『暗視』なんかで明るくなるはずもなく。
仕方なく『千里眼』で目の代わりをすることにした。
目隠しされてないと、この子が動けないと言うんだからしょうがない。
慣れない視点だな。
『千里眼』を使っているものの、まるで遠くから見ているような視点で薬草が上手く取れない。
分身体のマトカリアは『助手』が上手く操って、さっそく万能薬をつくるため薬草を『調合』していた。
本物のマトカリアも下手くそに動かす俺を見て、信じられない瞳を向けていたけど慣れてきたのか、次々と『調合』していった。
お、おいていかれてる!
学校だったら成績が落とされていく一方の状況だ。
不器用ながらも、一つひとつ丁寧に薬草を取って……し、痺れる!
〈それ、マユツバ草といって魅了を防ぐ薬草ですー。葉の部分を触ると皮膚が発泡して、軽い痺れを感じますよー。茎の部分を掴んでくださいねー〉
触れた指を見れば、プツプツと水泡ができており痒くなってきた。
痒い部分を親指でカリカリと掻いて、少しでも麻痺を和らげようとした。
マトカリアもこうなっていないかと心配すると、ちゃんと手袋をして『調合』している。
なるほど、手袋か。
助手はどうなんだと見てみると。
お前も手袋してるんだな。
ていうか、教えろよ。
俺も倣って『異次元収納』で軍手を引き出し、手にはめる。
「『調合』!」
目的の薬草を二つ、両手にもって勢いよくぶつけると混ざり合って、液体の入った小瓶が現れた。
えーと、これは『ディアルミドの愛印』か。
効果は……媚薬みたいなものらしい。
性欲を高め、恋愛感情を起こさせる薬のようだ。
本来の使い方としては魔物を魅了して仲間にするためのアイテム、というのが助手の説明。
今では困ったことに人に使用し、あまり詳しく言えないが悪戯するためのアイテムへと世間一般になったらしい。
レア度としては低いものの、リライズでは法律で禁止薬物として扱われている。
取り扱う店が少なく、売れば金になるが普通は「飲ませる」のに使われるだろう。
などといった初めて見たアイテム等の解説を、助手は楽しそうに語りながら『調合』を繰り返していった。
黙々と『調合』を続けていると、突然マトカリアが叫んだ。
「ない! ワームヨモギがないよ!」
「ワームヨモギ?」
俺は聞くと、クワトロが答えた。
「ワームヨモギは強い幻覚作用を持ってるから、各国で販売禁止なんだよなぁ。一年に何回か、店に立ち入り検査されて所持していないか調べる組織がいるから、残念ながら置いてないんだよ」
「組織があるのか」
「リライズの刑事警察機関がなぁ。まあ、安全確保のためなら何でもしそうな奴らだからな、我慢するしかない。ということで、ないんだわ」
「ワームヨモギ……だったか。取りに行くしかねぇな」
そう言葉にすると、クラヴィスが手を挙げて発言してきた。
「僕が採取に行きましょう」
「本当か! 一本あれば十分だな」
助手、場所はどこだ?
〈リライズから南に位置する【クブラー砂漠】ですねー。それにワームヨモギはー、絶滅危惧植物に指定されている植物ですよー。見つかりにくいと思いますがー〉
完全に絶滅したわけじゃないだろ。
だったら、探せばいいだけだ。
なんて、酷なことをクラヴィスに任せるのか。
意外と見つかったりするかもしれないが、時間がない。
くそ、誰が絶滅危惧植物になんて指定しやがったんだ。
「ク、クラヴィス……今から恐ろしいことを命令するけど、できる?」
「やってみなければわかりません」
「でも、クラヴィス様。ワームヨモギは絶滅危惧植物に指定されていて、入手困難だと思いますが」
マトカリア……!
なんで知ってんだ、畜生。
そんなこと言ったから、クラヴィスが俺を見ながらアタフタしてるじゃねぇか。
それでも、クラヴィスは本気のようだった。
「取りに行きましょう! ワームヨモ……」
「その必要はないぞ」
クラヴィスの言葉を遮るように、言い放ったのは……白い猫ゼゼヒヒだった。
ゼゼヒヒは口に、黄色く小さな花を咲かせたヨモギのような植物をくわえていた。