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episode08

「あれは、ものすごく雨が降ってた嵐の夜だった。俺は気が付くと教会の前で倒れてたんだ。あ、教会っていうのは……」

「分かるにゃ。魔術協会の本部は表向きはとある宗教の集会所、教会として存在してるのにゃ。その教会なのにゃ?」

「そう、その教会だ。何故そこに倒れていたのか理由は覚えてないんだ。ただ何となく何かに追われていたような気がする。で、目を開けると傘を差した司教が立っててさ」


「魔術協会の長だにゃ」

「うん。悪い人には見えなかったし、顔を見たら俺は安心してまた気絶しちゃったんだ。そして次に気づいた時には教会内のベッドってわけ」

「それで魔術協会の世話になってるのにゃ」

「そういうこと」


「経緯は分かったにゃ。で、それはいつ頃の話なのにゃ?」

「三年くらい前かな」

「三年前……にゃ」

「どうかした? ネコさん」

「いや、なんでもないにゃ」


 三年前か。

 もしかしたら、いや……どうだろう?

 お兄さんの話から、あたいは一つの仮説を見出していた。


「お兄さんは元々魔術師だったのにゃ?」

「どうなんだろうね? 魔術協会に来る以前の記憶がないから分からないんだ。でも一週間くらいしてから司教に、君には魔術師としての才能があるよって言われてね。ただお世話になってるのも嫌だし、何か出来るならってことで、魔術師としての道を選んだんだ」


 なるほどにゃ。

 ただ、魔術協会が何の利益もなくこのお兄さんを養うとは思えないにゃ。


「司教はどうしてお兄さんに魔術師の才能があると分かったのにゃ? 何かきっかけがあったり、テストしたりしたのにゃ?」

「いや、特に何も。でも、かなり早い段階で確信してたみたいなんだ」


 おかしい。

 慎重なはずの魔術協会が、こんなに早く判断を下すとはにゃ。

 事前に何か情報をつかんでいた可能性もあるにゃ。

 確かにお兄さんほどの才能があれば、魔術協会としては欲しい存在だろう。


「お兄さんはそれで幸せなのにゃ? 魔術協会でこき使われたりしてないのにゃ?」

「ん? ああ、基本的には自由だし、魔術教えてくれるし。何より養ってもらってる身だからね」

「答えになってないのにゃ。その様子だと不満もあるのにゃ?」


 するとお兄さんは少し俯き、もじもじしながら答えた。


「実はさ、最近は魔術師としての仕事もやってるんだ。失敗せずうまくやってるんだけど、でもあまり気乗りしなくて」

「どんな仕事なのにゃ?」

「呪うんだ」

「にゃ!? お兄さん呪いの魔術が使えるのにゃ」

「うん。司教から君はその系統の魔術師だからって言われてね。事実驚くほど簡単に習得できちゃって。でも、いくら相手が悪いやつだからって言っても、呪うのはあまり好きじゃないな。呪い返しは司教の持つ魔術権限で浄化してもらえるんだけどね」


 なんてことにゃ。

 そしてお兄さんは知らないのだろうか?

 呪いの魔術はそう容易に習得できるものではない。

 理論よりも、経験そして才能が重視されるからだ。

 そしてそれを容易に習得してしまえるような魔術師の家系は一つしかないことを。


「なんとも厄介な仕事を任されているのにゃ」

「そうだね」

「魔術が嫌いになったりしないのにゃ? 自由が約束されているのなら魔術師をやめればいいのにゃ。お兄さんなら他の仕事でもやれると思うし、魔術協会の世話にならなくてもいいのにゃ」

「ううん、それはできない。まだ教えてほしい魔術が沢山あるし、恩返しもしなくちゃね。それに、俺は魔術師としてこの世界を平和にしたいんだ」

「世界を平和ににゃ?」


 お兄さんは頬杖をつくと、あたいの顔に近づいて語った。


「知ってると思うけど、魔術協会は魔術師を管理する中心となる組織だ。だから毎日のように魔術師の様々な情報、出来事を目の当たりにする。そしてそれらは大抵見てて楽しいものじゃない。魔術師同士の抗争、権利の奪い合い。優れた能力を持っているのに、いやだからこそかな? みんな自分の権威を重要視する。でもそんなのはおかしいと俺は思うんだ。魔術師は魔にとらわれてはいけない。魔術師といえども人は人。魔術はもっと人の幸せのために使うべきだと俺は思う」

「お兄さん、その思想は誰から教わったのにゃ? それは魔術協会の理念に反するものにゃ」

「分かってるよ。だから公言したりしていない。そしてこれは誰かに教わったわけじゃなくて、俺が自分でたどり着いた思想だよ」


 ああ、そうなのにゃ。

 やっぱり、あたいの仮説は的中した。


「そうなのにゃ、でも気をつけるにゃ。バレたら大変なことになるのにゃ」

「ああ、そうするよ」

「さて、聞きたいことは聞けたにゃ。お兄さんはもう帰るにゃ」

「そうだね、いつもより長居し過ぎた。でも最後に一つ」


「なんなのにゃ?」

「お姉さんの体調は結構悪いんだろ? たぶんだけどそれもきっと呪いの類だと思う。僕の得意とする分野だし、なんとかして絶対に解決策を見つけて見せるよ」

「確かに主人の体調は最悪だけどにゃ。あんまり無茶しないようににゃ」


 お兄さんは立ち上がると出口に向かいつつ言った。


「無茶しない保証はできないかな。とりあえずなんか解決策が見つかったら報告に来るよ。今日は楽しかった、じゃあね~!」


 そう言うと、颯爽と出ていくのだった。

 静まる店内。

 あたいは前足で顔を撫でつつ呟いた。


「本当に大丈夫なのかにゃぁ?」


 あたいはお兄さんの話から一つの結論を得ていた。

 少し前から予想していたものだが、たった今確信に変わったのにゃ。



 あのお兄さんは、パパさんにゃ。

 間違いないのにゃ。


 普通なら信じられないだろう。

 パパさんが存命なら、今はすでに五十代半ば。

 あのような青年なわけがない。

 しかし、魔術師の世界にはそのつじつまを合わせる方法が存在するのにゃ。


 経験の濃縮と記憶の放棄。


 自身のこれまでの人生後半に得た経験を濃縮して若返り、その代わりにこれまでの人生で得た記憶を放棄する。

 禁術中の禁術であるにゃ。

 たぶんパパさんはこの術を使ったのだろう。

 この店に関わろうとするのも、あの若さで呪いの魔術が使える優れた魔術師なのも、これで説明できる。

 そしてあの魔術を人々の幸せのために使おうとする思想。

 あれはパパさんの思想そのものにゃ。


 おそらく野蛮な魔術師たちに追われたパパさんは、追いつめられて絶体絶命の境地に陥った。

 捕まってしまえば魔術師としての情報を奪われる。

 そうなれば今の主人にも危険が及ぶ可能性がある。

 そこで禁術を使い、記憶を失うとともに容姿を変質させた。

 こうすれば見つかってもパパさんだとは思われないし、記憶も失っているので言動でバレることもない。


 禁術の反動で倒れてしまったようではあるがにゃ。

 なんとも無茶なことをしたものにゃ。

 自分の娘を守る方法としては最適かつ最悪な方法だにゃ。

 とはいえ、おかげで今の主人が魔術とは無縁の生活を送れているのにゃ。

 感謝するしかないにゃ。


 しかし、注意しなければならないにゃ。

 恐らく司教はお兄さんがパパさんだと気づいているにゃ。

 お兄さんが魔術協会でうまく生活できているのは、教会にとって無害かつ有益だからにゃ。

 パパさんは思想の違いから司教に目をつけられていたにゃ。

 もしお兄さんがパパさんと同じような思想と力を持ち、行動し始めたらその時は司教も黙ってはいないだろうにゃ。


 そしてもう一つ、お兄さんが気づいていないことがあるにゃ。

 それは禁術のデメリット。

 禁術によって容姿は若くなり、体力も一時的に向上する。

 しかし、それはあくまで経験を濃縮した結果であり、寿命が延びたわけではない。

 というか、実際の所は極端に短くなるのにゃ。

 主人の命も危ないが、お兄さんに残された時間もそう長くないだろうにゃ。


 さて、どうしたものか。


 お兄さんにも言った通り、主人の体調はどんどん悪くなっている。

 痛みをともなうもので無いだけマシなのかもしれないが、起きていられる時間が短くなっている。

 今はかろうじて日に三度起き、何か食べ物をかじり、水を飲んではいるが。

 それもいつまで続くかは分からないにゃ。


 あたいにできることは、主人のそばにいて、お兄さんの吉報を待つくらいだろうかにゃ。

 あたいはこの状況を冷静に分析できている。

 実際に巻き込まれている人達よりもよく理解している。

 しかし、あたいにできることなどほとんどないに等しい。


 ああ、もどかしいにゃ。

 悔しいにゃ。


 あたいは頭を抱えて店内をゴロゴロと転げまわった。


 ゴロゴロ、ゴロゴロと。


「あっ、ちょっと楽しいかも」


 あたいは一瞬そう思った。


「ああ、ダメにゃ! こんな大変な時に何やってるのにゃ。しかも背徳的でスリルがあって、ちょっとわくわくしちゃったにゃ! あ~、あたいはなんてダメ猫にゃ~!」


 あたいは更に頭を抱えて転がると、入り口の扉にぶつかって伸びた。


 カランカラン~!


 扉のベルがあざ笑うかのように鳴った。

 美しい毛並みはボサボサに乱れ、床に毛が散らかっている。

 レディにあるまじき、はしたない姿にゃ。


「惨めにゃ~」

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