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episode07

 こいつはどんな時でもやってくるにゃ。

 本当につかみどころがない。


「またお前かにゃ。何しに来たのにゃ?」

「もう、冷たいなぁネコちゃん。ま、いつものことか。ところでネコちゃん、なんかいつもより荒れてない?」


 お兄さんが倒れた椅子を直しながら言う。


「ちょっと色々あったにゃ」

「そっか。荒れていると言えば、ネコちゃんの毛もなんかぼさぼさだね」

 お兄さんはそういってあたいを撫で始めたにゃ。

「うにゃ?!」


 お兄さんは丁寧に毛並みを整える。


「よし! これでいつもの可愛いネコちゃんだ。それにしても今日は嫌がったりしなかったね」


 そうにゃ。

 いつもなら嫌がって逃げる。

 しかし、このお兄さんの撫で方はまるで、


「お兄さん、今何したにゃ?」

「何って、ただ撫でただけだよ?」

「いつもと撫で方違うにゃ」


 そう、以前とは違っていた。

 認めたくはないが、なかなか心地の良い撫で方だったにゃ。

 そして、お兄さんは自慢げに言った。


「はっはっは~! 実は師匠に撫で方を伝授してもらったのだ!」

「師匠?」

「そうだ、師匠はすごいんだぞ~。なんせ、なでなでマイスター・・・・・・・・・の称号を持っているんだからな!」

「にゃ?」

「まだ免許皆伝じゃないけどね」

「まさか、お兄さんの師匠ってあの少年なのにゃ?」

「そうだよ~。街で時々会うから、教えてもらってるんだ~」


 そういうことだったか。

 あたいはお兄さんから距離をとった。


「ずるいにゃ! チートにゃ! 反則にゃ!」

「えぇ~?!」

「お前はそこまでしてこのあたいを篭絡させたいのかにゃ! ネコとはいえ、レディであるあたいを快楽に溺れさせて丸め込む気だにゃ!」

「ちょっと、ネコちゃん……いや、ネコさん。僕は君と仲良くなりたいだけだから」

「ええい、問答無用! 猫パンチをくらうにゃ!」


 あたいはお兄さんを追い回し、お兄さんは逃げ回った。


「ごめんよネコちゃん。俺が軽率だった、謝る! ほら、猫缶あげるから許して?」


 お兄さんはポケットから缶詰を取り出して懇願した。


「にゃ、スキンシップがダメと知れば、今度は食べ物で釣る気かにゃ。あたいはそんなもので釣られるようなネコでは……」


 そういいつつもあたいはお兄さんの手にある缶詰に目をやった。


「それ、グルメクイーンの新作。めちゃくちゃ高い高級猫缶にゃ」

「そうだよ。新作のデリシャス味」


 デリシャス味。

 もはやそれは味の種別としてどうなのかと疑問に思うが。

 すごく気になるにゃ。

 食べてみたいにゃ。


「そ、そうかにゃ。そこまで言うなら受け取ってやってもいいにゃ。先ほどの無礼も帳消しするにゃ」

「本当? ありがとう、ネコちゃん! じゃあ、テーブルの上に置いておくね」

「分かったにゃ」


 よし、あれは何か特別なことがあったときに食べよう。

 そう心に決めたのは良いが、よく考えたらあたいは缶詰を開けられない。

 主人には言葉が通じないし、少年もいない。

 とはいえこのお兄さんに開けてもらうのは、何か負けた気がする。

 まあ、しばらくは食べる予定がないのでゆっくり考えるとするかにゃ。

 そんなことを思っていると、お兄さんが言った。


「じゃ、そろそろ帰るかな。またね、ネコちゃん!」


 いつも唐突にやってきて、勝手に帰っていく。

 しかし、今回はそうはさせないにゃ。


「もう帰るのかにゃ?」

「うん。お姉さんも少年もいないみたいだし」

「だったらちょうどいいのにゃ。一対一でお話しするのにゃ」

「いいの?!」


 お兄さんが嬉しそうな顔をする。


「いいにゃ。ただし色々聞かせてもらうにゃ。さあさあ、座るのにゃ」

 あたいはお兄さんを椅子に座らせると、テーブルの上に乗って話し始めた。

「まどろっこしいのは嫌なので、率直に聞くにゃ。お兄さん……魔術師でしょ?」


 あたいの質問に首をかしげるお兄さん。


「魔術師? 何のこと?」

「とぼけるんじゃないにゃ」

「いや、とぼけるも何も魔術師なんて。仮にそんな存在がいたとしても、俺は違うよ」


 否定するお兄さん。


「じゃあ、この猫缶は何なのにゃ?」


 あたいはもらった猫缶の上にポンと前足を置いて言った。


「その猫缶がどうかしたの?」

「お兄さんのポケットには何も入ってなかったはずにゃ。この猫缶は結構大きいにゃ。ポケットに入ってたらすぐわかるにゃ」

「ああ、それね! 実はさ、俺マジシャンなんだ。で、手品でその猫缶を出現させたんだよ」


 小声で言うお兄さん。

 内緒にしてたんだけど、的なノリでもっともらしいことを言っているが。


「ごまかしても無駄にゃ。それは嘘にゃ」

「ごまかしてなんかないよ。そりゃ種や仕掛けが見えなかったら魔術みたいに見えるかもしれないけど、ちゃんと種も仕掛けもある手品なんだよ?」

「種や仕掛けは魔術にもあるにゃ」

「え?」


「魔術を使えば必ずしばらくは魔力の残滓が存在する。そして、使い魔はその残滓を察知する能力が高いのにゃ」

「ネコちゃん、一体何を?」

「あたいは数々の術を見てきた使い魔にゃ。魔術師ならこの意味が分かるにゃ」


 お兄さんは一瞬真顔になり、それから頭を抱えて唸り、そして突っ伏した。


「そうだったか~! 結界の効果で話ができてるだけかと思ったら、使い魔だったか~! 確かに妙に賢いと思ったんだよね。そっか、使い魔ならごまかせないや」

「観念したかにゃ?」


「うん、観念した。そうだよ、俺は魔術師だ」


 やっと疑問というか、疑惑が一つ解決した。


「で、どこの名家の天才魔術師なのにゃ?」

「はい?」

「はい? じゃなくて、その若さでこんな易々とここの結界を通り抜ける魔術師なんて、天才としか思えないのにゃ」

「はぁ。でも俺、名家の出でもなければ天才でもないよ。正直魔術師と名乗って良いものかと思うほどに新米だし」


「なんですと? でもここの結界を解析してメンテ時間を割り出すなんて、一流の魔術師でも数日かかるし、さらにそのわずかな時間を見逃さず通り抜けるのは至難の業だにゃ。普通はリスクが高すぎて諦めるにゃ」


 はあ。

 魔術師であることが分かったのは良いが、新たな謎が浮上したにゃ。

 謎の一般人から、謎の魔術師に格上げにゃ。


「あ~、それは何というか……勘?」

「にゃ?」


 こいつはふざけているのだろうか?

 高度な魔術を勘でやっているだとにゃ?

 普通に考えればあり得ない。

 やっぱり天才なのかにゃ?

 それともバカかにゃ?


「お兄さん。お前がやってることのリスクについては理解してるのにゃ?」

「もちろん。でも、俺失敗しないし……たぶん」

「もう、何なのにゃ? その自信はどこから来るのにゃ?」

「どこからって言われてもな。できるって思うとできちゃうし」

「あ~はいはい。もう分かったにゃ。お兄さんは天才。そういうことにするにゃ」


 たぶんこいつは特殊な魔術感覚の持ち主なのだろう。

 理論よりも感覚で魔術を行使する。

 そしてその感覚は言葉で表すのが困難なのだろうにゃ。


「あはは、天才じゃないんだけどなぁ」

「で、結局どこの一族なのにゃ?」


 お兄さんはこの問いにちょっと困った顔をして答えた。


「実は俺も分からないんだよね。記憶喪失ってやつ? 今は魔術協会にお世話になってるんだけどね」

「魔術協会にゃ!?」

「知らない? 魔術協会ってのは……」

「いや知ってるにゃ、でもなんで魔術協会なのにゃ?」


「う~ん。この話は協会から秘密にするように言われてるんだけど。まあ、ネコちゃんとの仲だし、特別に話してもいいかな?」


 そういうとお兄さんは店内から窓越しに遠くを見つめると、話し始めるのだった。

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