episode06
「お姉さんの呪いは、一族の呪いを継承したものだったんだね」
「そうにゃ」
「でもそれだとおかしくないかな? 呪い返しのための呪いっていうのは、死に至らない程度のものなんでしょ? それにしては今のお姉さんの症状が重すぎるような……」
疑問に思う少年。
あたいは少年の腕から抜け出すと、テーブルに乗って少年と向き合ったにゃ。
「おかしくないのにゃ。だって主人は魔術的な戦闘なんかとは無縁の生活を送ってきたのだからにゃ」
「どういうこと?」
「呪い返しのための呪いっていうのは、文字通り呪い返しを相殺するためのもの。しかし、呪い返しそのものを受けなければ、相殺する機会は無いのにゃ。つまり、元々受けている呪いの効果をダイレクトに受けてしまうのにゃ。本来、すこし体力を消耗する程度の呪いも継続して受けてしまうとあのようになるのにゃ」
「そうだったんだ。魔術師を守るための策が、普通の生活を送る人間には害となってしまったんだね」
「そういうことにゃ」
「じゃあ、このままだとお姉さんは……一体どうすればその呪いを……」
話をする前から想定してはいたけど、やっぱり少年の思考はそっちに走るか。
嬉しいけれど、ここは止めなきゃならないにゃ。
「ストップにゃ、少年!」
「ネコさん?」
急に強く止めたので、少し驚く少年。
「そこまでにするにゃ。呪いを解く方法、主人を元気にする方法について考えるのはやめるにゃ!」
「どうしてかな?」
「少年は大学に合格したいのにゃ。そのためにここに来たのにゃ。でも魔術や呪いに関わろうとしてしまったら、本末転倒にゃ。だからストップにゃ」
「それはそうかもしれないけど」
困った様子の少年。
「主人のことを思うならなおさらにゃ。何のために主人は少年に勉強を教えていたのにゃ? それに少年には何もできないにゃ。解呪できるのは魔術師のみ。呪いの術に長けたもののみなのにゃ」
「そっか……そうだね。目的を見失ってはいけないね」
少年は優しい。
そして素直だ。
あたいの言うことをちゃんと受け入れてくれるにゃ。
正直まだ迷っているのは手に取るようにわかるけどにゃ。
だからこそ、最後の一押し。
ちょっと辛いにゃ。
「だから少年。もうここには来ないでなのにゃ」
少年が目を丸くしてあたいをじっと見る。
「ネコさん、今なんて言ったの?」
「聞こえてないわけないのにゃ」
少年には悪いが、ここは厳しくしてでも突き放さなきゃいけないにゃ。
「ここに来るなって……」
「そうにゃ。主人があの状況では、ここへ来て勉強する意味は無いのにゃ。むしろ気になって勉強できなくなるにゃ。だったら少年一人で頑張った方が良いのにゃ」
「僕一人でなんて自信がないよ、ネコさん」
「なに言ってるのにゃ! 少年が主人から学んだのは問題の解き方だけかにゃ? 勉強への取り組み方、進め方も学んだはずにゃ。もう少年は一人でも合格へたどり着ける力があるはずにゃ」
「それはそうかもしれないけど……」
恋は盲目といったところかにゃ。
心配する気持ちは分かるのにゃ。
何もできないこの状況で、ここに居座る意味がないことは明白。
そんなこと少年なら分かっているはずなんだけどにゃ。
しかたないにゃ。
もう、少年に嫌われることも覚悟するにゃ!
あたいは丁寧な口調で言った。
「お客様、当店はお客様のお悩みを解決するのが使命。お客様の悩みである、大学受験に対する問題は概ね解決されたと判断いたします。よってキャットハンドレンタリズムの役目はここで終了となります」
「ネコさん?」
「なおこれ以上のご利用は規約違反となりますゆえ、今後一切の来店を禁じます。どうぞお帰りください」
「えっと……」
「出入り口はお客様の後方にございます。気をつけてお帰りくださいませ」
「一体どうしてこんな……」
「いい加減にしろよ、少年」
少年がおどおどしてばかりいるので、あたいは一喝すると少年の顎に猫パンチをお見舞いしてやった。
「うわぁ!」
椅子ごと転げ落ちる少年。
続けざまに威嚇してやったにゃ。
「にゃうぅぅ~! にゃうにゃうにゃう~~!!」
「わぁ、分かった! ごめん! 帰るから!」
こうして、少年はしぶしぶ店の外へと出ていった。
帰り際に少年が見せた悲しそうな表情にかなり心を痛めたが、仕方ないにゃ。
あたいは念のため、しばらく出入り口に向かって威嚇し続けた。
白と灰色のグラデーション。
美しく滑らかな毛並み。
しかし今はその毛を逆立てて震わせている。
きっとあたいは醜い姿をしていることだろう。
少年が完全に出ていったことを確認し、あたいは落ちついた。
「まったく、優しすぎるのも問題にゃ。少年を追い出したのは良いものの、得られたのは悲しみと寂しさとちょこっとの後悔。なでなでマイスターに撫でてもらえなくなるのは痛いにゃ」
それにしても、この倒れてしまった椅子はどうしようかにゃ。
あたいは困った。
そして時刻は午後二時二十二分になっていた。
「うぃ~すっ! 久しぶりじゃん! ネコちゃん元気してた~?」
幸か不幸か、空気を読まないあいつがやってくるのだった。