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episode02

「キャットハンドレンタリズム?」

「そうにゃ。ああ、もうどうしたら良いんだ! 頼れる人もいない、というかこれは自分の問題で、自分で解決しなきゃ。でも目の前には絶望しかない。ああ、この苦しみから解放されるのであれば、猫の手さえ借りたいって時に、このお店は現れるにゃ」


 あたいは女優顔負けの演技で苦悩を表現した。


「現れる?」

「そうにゃ。ここは外の世界とは次元が違うのにゃ。だから普段はここにお店があることすら誰も気づかない」

「じゃあ何で僕は……」

「求めたのであろう、猫の手を。だから少年はここにいるのにゃ。さあ、悩みを話すにゃ」


 久しぶりの仕事。

 外界に出ることを極力避けているあたいにとって、この仕事は外界と関わる数少ない機会だにゃ。

 さてさて、どんなお悩みを持っているのかにゃ。

 楽しみだにゃ。


「では、お話しします。猫に悩みを聞いてもらうってのは何か不思議な気分ですね。えっと、僕の名前は……」

「少年にゃ!」

「えっ?」

「名前は言わなくていいにゃ。あたいは少年と呼ぶのが気に入ったにゃ。必要以上に個人情報を聞くつもりもないし」

「そうですか。では、そういうことで。僕は今高校三年生であと半年もすれば大学受験なんですけど、最近受けた模試がE判定で……」


 なんだか期待外れだった。

 大学受験にゃ?


 もっと危機的なものを予想していたのだがにゃ。

 不漁による猫缶の価格高騰とか、空前の三味線ブームによる猫乱獲とか。

 それくらいのものをにゃ。


 しかし、ここに来たということは少年にとっては猫の手も借りたい状況なのだろうにゃ。


「少年、そういうのは学校や塾の先生にでも相談したら良いにゃ」


 すると少年は頭に手を添えて苦笑いして答える。


「塾には行ってないんです。家庭の経済状況が良くないのは知ってるから、親に負担かけたくないし。学校の先生には放課後時々教えてもらってるんですが、この忙しい時期に僕が先生を独り占めするわけにもいかないし。基本的には自主学習なんです。でも本番まで時間も少ないし、学力の上昇も限界が見えてきて」


 おお、この少年。

 思ってた以上に真面目で努力家なのにゃ。

 優しいのにゃ。

 これは何とかしてあげたいのにゃ。


 でも学力を上げて、大学に合格させる。

 あたいの猫の手ではちょっと難しいかもにゃ。


 できるにはできるにゃ。

 でも、例の魔術的な何かを使うのにゃ。

 真面目なこの少年のことだ。

 魔術的な何かで解決することを提案しても、きっと拒むにゃ。


 う~ん。

 あたいはぷにぷにした肉球でテーブルをぷにぷにと突きつつ考えた。

 そして、いいことを思い付いたにゃ。


「そうにゃ、少年。勉強のことなら適任の子がいるにゃ。あの子なら……」


 あたいが話していると、カランという音を立てて店の扉がゆっくりと開いた。


「ただいまぁ、ネコちゃん。はぁ、よいしょっと」


 入ってきた人物は抱えていた紙袋を近くのテーブルに置くと、少年に声をかけた。


「こんにちは、お客さんかな? 珍しいわね」


 そう言うとあたいに近づき、優しく身体を撫でまわす。


「うにゃあ」


 白いブラウスに薄い水色のワンピース。

 高い位置でくくったポニーテールに幼さの残る整ったアイドル顔負けの可愛い顔。

 そう、このお姉さんこそ、あたいの主人なのにゃ。


「そっかー、お客さんかー。本当に久しぶりだね。少年、立ってないでどこか座ったら? どこでも好きなところに座ったらいいから」

「はい、ではお言葉に甘えて」


 そう言われて少年はあたいが乗っているテーブルの椅子に座った。


「へぇ、ネコさんは君に懐いているようね。そうだ! クッキーもあるし、何か飲み物入れるわね。少年はコーヒーと紅茶どっちがいい?」


 久しぶりの客にテンションが上がっているのだろう。

 主人は持て成す気満々だにゃ。


「ど、どちらでも……お任せします」

「ふむ、なるほど。分かったわ」


 そう言って主人は奥のキッチンへと向かっていった。


「すごく……可愛い人だね」


 主人が向かったキッチンの方を見つめたまま呟く少年。


「そうであろう。あの子があたいの自慢の主人だにゃ」

「主人って言うから、男の人を想像してたんだけど」

「それは勝手なイメージにゃ。女の子でも主人は主人だにゃ。どうにゃ? 惚れたにゃ?」

「ほ、惚れるだなんて。そんなこと……」


 顔を真っ赤にして否定しようとする少年。

 おや? これは面白いことになりそうにゃ。


「分かるにゃ、分かるにゃ~。主人は可愛いからにゃ~。ちなみに性格も真面目で良い子にゃ。ちょっと変わってるところもあるけど、だんだんそこも可愛く思えてくるにゃ~」

「別に、そんなこと聞いてないですよ、ネコさん」


「にゃにゃにゃ、そうかにゃ。でも少年は知りたいのにゃ、気になってるのにゃ。少年……控えめに言って一目ぼれしてるのにゃ、そうに違いないのにゃ?」

「ネコさん、一体何を! もぅ、勝手に言っててくださいっ!」


 この少年、分かりやすくて可愛いにゃ。


 そうこうしていると主人がトレーを運んできた。

 そして飲み物とクッキーを乗せた皿をテーブルに置く。


「どうぞ、召し上がれ」


 そう言って自分も少年の対面に座った。


「ありがとうございます、いただきます」


 置かれたクッキーには何か黒く細いものが乗っている。

 飲み物はなぜか湯呑みに入っており、色からして紅茶のようであるが。


「チョコクッキーと、紅茶かな?」


 恐る恐る手を伸ばす少年。

 対面では主人が頬杖をついて笑顔でその様子を見つめている。

 少年がクッキーをかじる。

 すると急に驚いた表情になり、あわてて湯呑みに入った液体を飲む。

 しかし、飲むと同時にさらに少年の表情が面白いものへと変化した。


「んんっ? ……ええぇ!?」

「どう? 美味しいでしょ!」


 主人が問いかける。

 この様子から察するに、主人はまたあれをやったのだろう。


「美味しいですけど、これって、塩昆布クッキーとほうじ茶じゃないですか!」

「正解! どう? 絶妙な組み合わせでしょ。まあ、味見はしてないんだけどね。どれどれ……あむっ、本当だ美味しい」


 主人はご満悦の様子。


「あなたは……」

「お姉さんと呼びたまえ少年」

「お姉さんは僕に、コーヒーと紅茶のどちらがいいかと聞きましたよね。なのに出てきたのがこれ。持て成してもらっている身ですし、美味しかったので良いのですが、びっくりしました」


「良い表情が見れて良かったわ。ところで少年。少年は私の行動に矛盾を感じているのかな?」

「少しは」

「そっか。でも少年、君は一つ見落としている」

「見落としている?」


「ええ、少年は私の問いにどう答えたかをね」

「確かお任せしますと」

「そう。少年は私に選択の自由を与えた気でいるのだろうが、君はその時点で、私が君に与えた選択の自由を棄却しているのだよ」

「あっ」


「お任せします。その言葉は聞こえは良い。しかし、選択肢を与えられた者が答える言葉としてはどうだろう? 親切心に親切心で答えることは、時として二者間に心の障壁を生み出す場合もある。親切心を素直に受け取ることも、ある種の親切な行動であると私は……」

「すごいっ!」


 少年が身を乗り出し、キラキラした瞳で主人を見つめる。


「そんなことまで考えているんですね!」

「え、ええ。だから私は君の要望通り、自由に選択し塩昆布クッキーとほうじ茶という組み合わせを毒味させたというわけ」

「毒味だったんですね」


「ええ」

「ははは、でもすごいです。お姉さんは頭が良いんですね。僕、お姉さんに勉強教えてもらおうかなぁ~」

「しょ、少年。私をリスペクトしてくれるのは嬉しいのだが、少し……近いぞ?」

 少年は気づかぬうちに主人に接近していたのにゃ。

 状況を認識し赤面する少年。


「あ、ああっ! すみません!」

「いや、まあ嫌ではないが、恥ずかしい。ところで少年は受験生なのかな?」

「はい、N大を目指してて」

「そうなの? 実は私はN大生なんだ! 文学部の一年生」


「そうなんですか! 僕は医学部目指してて」

「へえ、すごいね。良かったら私が教えようか。医学系の知識はないけど、入試に必要な知識くらいはあるからさ」

「本当ですか! では――――」



 にゃはは、何だかいい感じにゃ。

 一時は本題から逸れてどうなることかと思ったけど、何とかなりそうにゃ。

 主人は頭がいいからにゃ。


 もしかすると、今回は猫の手すら必要ないのかもしれないにゃ~。


 あたいはそう思いながら、談義する二人の間で、苦手な毛づくろいをもふもふとするのだった。

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