episode13
拠点に帰ると、あたいは魔法陣が書きなぐられた石板の上にいたにゃ。
周りは日干しレンガと石で作られた壁で覆われ、壁にはヒエログリフがあちらこちらに刻まれている。
そう、ここは古代エジプトのピラミッドの中であり、あたいの主が住まう拠点だにゃ。
時代としては紀元前600年前くらいだが、史実とは大きく異なる。
いわば異次元のエジプトなのにゃ。
久しぶりの拠点。
見慣れた景色を目の当たりにすると、とても温かい気持ちになったにゃ。
しかし、それもつかの間、横やりを刺すかのように低い声があたいの耳に届いたのにゃ。
「ふん、やっと帰ったか子ネズミが」
「ネズミじゃないにゃ。同じネコ科にゃ!」
「お前が俺様と同じ種だと。何とも屈辱的だ」
そのもの、一見してたとえるならライオン。
しかし、一般的なライオンとは一線を画する存在だにゃ。
動くたびになびく黄金のたてがみ。
それは文字通り黄金色に輝き、周りに黄金の魔術粒子を撒き散らす。
あたいの毛並みも自慢できる素晴らしいものだと自負しているが、彼の毛もまた素晴らしいものだと認めている。
そう、彼も主の使い魔であり、私よりも高貴な存在だ。
「そんなに嫌わないでほしいのにゃ、イオン様」
「ふん、嫌っているわけではない。ただ、お前が俺と同じように主の寵愛を受けているかと思うと、虫唾が走るだけだ」
それは嫌っているのと同じなのではないかとあたいは思ったが、口にはしなかったにゃ。
「主はみんな平等に扱ってくれるのにゃ。そこが美点なのにゃ」
「うむ、それは分からんでもないがな。ひとまずその主が呼んでおる。急げよニャンキャット」
「分かったにゃ!」
あたいは嬉々として走った。
ウキウキだった。
なんせ久しぶりに主に会えるのだから。
ピラミッド内の通路を通り、主の玉座まで一直線だにゃ。
主の玉座のある部屋はとても広く。
ピラミッドの中でありながら、さらにその内部にピラミッドが置いてある。
そして、その頂点に主の玉座があるのにゃ。
到着するとあたいは言った。
「ネカウ様、ただいま帰ったのにゃ!」
「おう、レディ・ニャンキャットではないか。こちらへ参れ」
そう言われたので、あたいは頑張ってピラミッドを駆け上がった。
これが結構辛かったりするが、主の寵愛には代えられない。
ちなみにピラミッドの最下段には、両脇に二人の兵士が槍を構えていて、不審なものはここで串刺しにされるのにゃ。
あたいは当然顔パスなのにゃ。
「ネカウ様」
あたいは最上段に到着し、主の前で頭を垂れた。
「堅苦しいのはよいぞ、ニャンキャット。懐へ参れ」
「よろしいのですか?」
「王に二言はない」
そう言われたのだから仕方ない。
あたいはぴょんと主の膝に飛び乗った。
「三日ぶりくらいかな?」
「いえ、三十年ほど旅に出ておりましたが」
「なんと。やはり次元を超えると時間の感覚にも差が生まれるのかな」
「そのようです」
何気ない会話。
しかし、とても嬉しく思う。
あたいはネカウ様が大好きだからだ。
「そういえば、イオンには会ったかな?」
「はい、相変わらずぶっきらぼうでしたけど」
「ははっ、まあ許してやってくれ。ああいう性格なのだ。根はやさしいのだがな。例えばお前の白く美しい毛並みを羨ましいと言っておったぞ」
「イオン様がですか?」
「ああ、口止めされていたのだがな」
「良いのですか? ネカウ様」
「あ~、まあ噛みつきはせぬだろう、多分」
若干不安げな主。
これは聞かなかったことにするにゃ。
しかし、あのイオン様がねぇ。
ちょっと可愛く思えてきたのにゃ。
「そういえば、頼んでおいた任務は果たせたのかい?」
「はい、もちろんですにゃ! でも……」
「どうした? ククリヒメのミコトの転生体は救えたのだろう?」
「はい。ですが、あたいの力だけでは不可能でした」
「ということは協力者がいるのか」
「はい、ですがその協力者と言うのが恐らくイレギュラーだと思うのですにゃ」
あたいは協力者について話したにゃ。
「なるほど、一方はククリヒメ転生体の父上か。そしてもう一方。その少年は……」
「比良坂いずみ。恐らく黄泉比良坂とかかわりのある者かと」
「ああ、偶然ではなかろう」
「はいにゃ。そう思って勝手ながら魔術刻印を刻んでおきました」
「よい。恐らくその場にいれば同じことを命じたであろう。話は分かった。此度はご苦労だった。難しい話は後程行うとしよう」
「はいにゃ!」
そして、考え込んでいた顔を緩ませると、ネカウ様は言ったにゃ。
「ではニャンキャット。いつものように旅の話を聞かせてくれ。その間、褒美としてなでてやろう」
「はいにゃ!!」
こうしてあたいは話し始めた。
「これから話すのは、ちょっと不思議な父と娘の親子愛の話であり。そして娘と少年の恋愛の話でもあるのにゃ」
「おお、この時点で素晴らしいと分かるぞ」
ネカウ様は言った。
あたいは時折笑い、時折悲しみつつも、彼らの話をするのだった。
あたいはペルシャ猫の使い魔であるにゃ。
名前はもうあるにゃ。
真の名をニャンキャット、時にネコ2世。
次元を超え、世界の均衡を保つ使命を担うもの。
今回の旅はこれでおしまい。
これでしばらくはのんびりできるだろうにゃ。
そんなことを思いつつ、あたいはネカウ様のなでなでにうっとりした。
これがつかの間の休息であると知らずににゃ。
これにて第1章終幕です。
え? 続くのかって?
さあ、どうなんでしょうね(たぶん、続きます)
ここまで読んでいただきありがとうございました。