episode12
――――主人の回復から一ヵ月後。
完全に以前の元気を取り戻した主人は、店にやってきた少年に言う。
「さあ少年、合格通知を見せたまえ」
「あはは、合格通知って。合格してること前提なんですね」
「当然よ」
そう、N大の受験結果が通知されていたのだにゃ。
あれから主人にはすべてを話したにゃ。
魔術師の家系であること、両親のこと。
そして、主人を救うためにどんな魔術を使ったのかを。
話した直後は当然驚いていたにゃ。
特に少年が魔術師になったと聞いた時は、複雑そうな表情をしていたにゃ。
でも、今となってはその事実も受け止められているようにゃ。
そしてまた以前のように少年と接している。
「では……、発表します」
少年は懐から封筒を取り出すと、封を開けて中身を引き出し目の前に掲げた。
「えいっ! ……あれ? 白紙?」
勢いよく取り出したものの、少年の目に映るのは白紙の書類。
困惑する少年に、対面にいる主人が指摘をする。
「あはは、少年。それは裏だ」
主人が笑いながら指摘した。
「あ、確かになんか透けて見えますね。てことは対面にいるお姉さんには、もう見えちゃってるわけですか?」
「さあ、それはどうかな~?」
主人はそう言いながら妙に残念そうな顔をしたり、かと思えば急ににこにこしたりしたにゃ。
その楽しそうにからかう様子を見れば、結果がどうであったかあたいには容易に察しがついたにゃ。
しばらく主人の表情から何かを読み取ろうとしていた少年だったが、何も分からないことが分かると諦めて書類を裏返した。
「う~ん、うん。……それで…………そっか」
少年は書類を読みながらぶつぶつと何か言っている。
「それで、どうだったの少年?」
主人の問いに少年は顔を上げて答えた。
「合格してました!」
「本当に? やっぱりそうだったんだね。まあ、私が教えたんだから当然と言えば当然だけど……でも最終的には少年の努力によるものだったわけで……」
「あの、お姉さん?」
「何かしら少年?」
「見えてたんじゃないんですか?」
「見えてないわよ? その文字小さいから、ここからじゃ判別できないし」
ありゃ? そうだったのにゃ?
てっきり分かっているものだと思ったにゃ。
「そうだったんですか? じゃあさっきの表情は?」
「特に意味はないわ。ちょっとからかってみただけ。でも、私は信じてたわよ」
「はい、本当に今までありがとうございました」
深々とお辞儀をする少年。
「少年、なんだかそれだとお別れするみたいじゃないかな? これから同じ大学に通うんだし、この指輪に魔力の供給もしてもらわなきゃ」
「本当ですね。でも、すごくお世話になったから」
「それはお互い様にゃ! 今までも、これから先も。主人と少年は協力し合う関係なのにゃ」
「はい、ネコさん」
「そういえば、次の魔力供給はいつ頃かしら?」
あたいは主人に返答した。
「うにゃ、そうにゃ。少し早いけど今でもいいのにゃ」
「そうなのね、ネコさん。では少年、お願いね」
主人が左手を少年の前に出した。
少年は主人の人差し指から指輪を引き抜くと、慣れた手つきで魔力を込め始めた。
呪いの影響は日を追うごとに弱まっているので、込める時間もあっという間にゃ。
「少年、上手くなったにゃ。受け継いだ魔力とはいえ、やっぱり才能があるのにゃ」
「そうなのかなぁ?」
少し照れつつ、指輪を主人の指へ戻そうとする少年。
しかし、それを主人が止めた。
「あの、お姉さん? その、手をグーにされると、指輪がはめれないのですが……」
「そうだね、少年。ところで少年、薬指にその指輪をはめようとは思わないかね?」
「え、薬指ですか? サイズ的にそっちの方が合うんですかね。でしたらそっちに……」
なんとなく言われるまま薬指に指輪をはめようとした少年だったが、途中で気づいたのにゃ。
「ん? 薬指……って、それはつまり……ええ?」
そして、主人は淡々と言う。
「少年。私は少年のこと、大好きだぞ」
主人らしい告白だったにゃ。
こういうのはもっとこう、恥じらいつつやるものではないのかと思ったりもするのだがにゃ。
顔を真っ赤にする少年。
「う、嬉しいです。嬉しいですけど……、でもそれと薬指に指輪をつけるのは……その……」
「少年はどう思ってるの? 嫌い?」
「ぐはぁ!」
主人、もはやそれは脅迫なのではないだろうかにゃ。
ここは少し助けるべきか。
「少年、では考えてみよう。もし、主人が少年以外の男性と結婚したとするにゃ」
「結婚!?」
「例えばの話にゃ。その場合でも、指輪への魔力供給は必須にゃ。そうなったら、人妻である主人に対して、少年は愛人のような存在に……」
「あ~、なんとなく言いたいことは分かりました。でもでも、話が急すぎて……」
「ふふ、少年はやっぱり面白いなぁ」
「何ですか、他人事みたいに。元はといえばお姉さんが言い出したんじゃないですか」
「すまない、その通りだ。では、もっと簡潔に。少年、私のことは好きですか?」
その問いに、少年は割と早く答えた。
「はい、好きです」
「よろしい、私も好きだ」
何だろう、かなりラブロマンスな展開のはずなのに、この二人にかかると何とももどかしい。
二人ともこういうことには不器用なのだろうかにゃ?
「それで、指輪はどうすれば?」
「君の好きにすればいい。私は君から好きだという言葉を聞けて、今は満足しているのだよ」
「分かりました、では」
指輪をそっと人差し指にはめる少年。
ほんの少し、残念そうな主人。
しかし、少年は言う。
「お姉さん。今は薬指に指輪をはめる勇気は、僕にありません。でも、いつかそうできるくらい立派な人間になるので、それまで待ってくれませんか?」
「それはつまり、プロポーズの予約というわけだね」
「えっと、改めてそう言われると恥ずかしいですが、そういうことです」
「よろしい、いつまでも待つよ。早いに越したことはないけどね」
「努力します」
うにゃ。
これで一件落着なのかなにゃ。
何だか恋人という過程をすっ飛ばしてる気もするけどにゃ。
こんな形もありありにゃ。
あたいは、定位置である店のカウンターに飛び乗ると、二人に言ったにゃ。
「はい、注目にゃ! この世界はこれでしばらく安泰であると判断したにゃ。だから拠点に帰るのにゃ」
二人がそれを聞いて駆け寄る。
「ネコさん、何を言っているの?」
「主人、あたいはこの世界の使い魔じゃないのにゃ。いろんな世界を巡り、世界の均衡を保つために活動しているネコなのにゃ」
「そうだったんですか」
「そうにゃ、少年。だからここでお別れなのにゃ」
「それは寂しいわ。どうしても行ってしまうの?」
「あたいも寂しいにゃ。でもどうしてもなのにゃ。今までとっても楽しかったにゃ! 少年、主人を頼んだにゃ」
「うん、任せてよ」
「そうにゃ、少年。これをあげるにゃ」
あたいは少年の胸に、肉球をポンと押し付けた。
「これは?」
「魔術刻印にゃ。なでなでマイスターであることを証明するものにゃ。魔術師となった少年になら見えるのにゃ」
「うん、見える。可愛い刻印だね」
「気に入ってくれて嬉しいのにゃ」
「こちらこそありがとう」
少年はあたいの頭をなでた。
「にゃう。このなでなでともおさらばなのにゃ~」
拠点に帰れば、主がなでてくれるだろうが、少年のなでなではまた別ものにゃ。
しかし、もう別れなければならない。
「我が名は、レディ・ニャンキャット。主人……いや、姫神くくり。今までお世話になったにゃ。それと……」
「比良坂いずみだ。ニャンキャットさん」
「比良坂!?」
「どうかした? ニャンキャットさん」
「いや、何でもないにゃ。二人ともありがとにゃ。ご縁があればまた会えるかもしれないにゃ。それまでさらばにゃ」
あたいは二足で立ち上がると、前足で魔法陣を展開し、飛び込んだ。
こうしてあたいはこの世界から旅立ち、拠点へと戻ったのだった。