白銀の魔拳士
ドーベルの前に、黒い塊が出現した。
「な、何だぁ!?」
たじろぎつつも、ドーベルは黒い塊に攻撃を仕掛ける。
一気に距離を詰め、全身全霊の力を込めて斧を振り下ろした。
塊に触れた斧は、何事も無かったように音もなく止まった。
全力で叩きつけたにもかかわらず、そのまま塊を傷つけることもなく、ただ静止した。
そして、黒い塊が、霧が霧散するようにその形を崩し……消えた。
塊の中には1人の青年が立っていた。
銀色の、獣の特徴を持つ青年が。
その様子を、ホーストは倒れたまま見続けていた。
銀色に輝く青年が、ドーベルの斧を受け止めている。
いや、ただ手を添えているだけのようにも見える。
だが、それだけでドーベルは斧をそれ以上押し込むことができずにいた。
「この……バケモノがぁ!」
この時点で、ホーストはドーベルの敗北を確信した。
◆
ホーストはどこにでも居る農家の3男だった。
今年成人したばかりで、誰もがそうするように村を出て、王都にやってきた。
腕に覚えがあれば冒険者になったのだろうが、彼には戦いの才能は全く無かった。
彼のような人々は、商会に雇われたり、どこかのギルドの職員になったり……盗人になったり、のたれ死んだりする。
ホーストはその中でも「アタリ」を引くことができた。ガント商会へ就職することができたのだ。
このガント商会は塩の売買で成り立っており、海塩や岩塩を各地の町や村に輸送、販売している。
ホーストの村には売りに来ていなかったが、それなりの商いをしている商会だ。
そこでいくつかある交易ルートの1つを任せられ、村と王都を往復する生活を半年ほど続けていた。
そんなある日、ホーストは商会の主人であるガントに呼び出された、
何か失敗をしたかと訝しんだ彼だが、特に覚えはない。
覚えはないが、この半年の間雇い主に呼び出されることなど無かったので、緊張した面持ちで主人と対面した。
「そんなに緊張しなくても良いぞ。あぁ——」
「ホーストです」
発言を促されたわけではないが、自分の名前を言おうとしたのだと直感し、自分から名乗る。
大きな商会なので、主人が自分のような下っ端の顔や名前を覚えていなくとも、特に思うところは無い。
むしろ、半年しか勤めていない下っ端の顔と名前が一致する方がどうかしているだろう。
「そうそう、ホースト君だったね。アリスタの町の担当の」
「はい」
どうやら、彼個人ではなく、アリスタの町への輸送担当として呼ばれたらしい。
「何か問題があったでしょうか?」
先回りして聞いてみると、商人らしく肥えた主人はほっほと笑いながら言った。
「問題があったのはこちらではなく、アリスタの町でな。先日届けた塩をダメにしたと連絡があってね」
そこまで聞くと、ホーストにも主人が何を言わんとしているか分かった。
「定期まで塩が保たないので、届けて欲しい。と要請があったのですか?」
「そう、その通り。いや、優秀な従業員で私も鼻が高いよ」
「恐縮です」
お世辞だろうが、素直に受け取っておく。
「では、ドーベルさんたちが戻り次第、すぐにでも……」
ドーベルとは、商会専属の冒険者で、輸送時の護衛を担当している人物だ。
彼等はホーストがこの仕事をする前からアリスタの町を担当していた先輩でもある。
「残念だが、ドーベルは別の仕事が立て込んでいる。アリスタに行かせる時間はない。キミもこのルートは長いだろう? ドーベルたちが居なくとも、届けることはできる筈だ」
主人の言葉にホーストは驚いた。
確かに、道案内という意味ではドーベルはもう不要だ。
だが、彼等の護衛無しで街道を行けというのか?
それを訴えると、
「そういうことになるな。なに、盗賊もモンスターも、今まで一度も出なかっただろう?」
「そうですが……」
護衛がいるから、出てこなかった。という事もあるだろう。
そう訴えたかったが、
「これは決定事項だ。明日の昼までに届けたまえ」
そんな言葉にと共に部屋を追い出された。
確かに、整備された街道なら、危険は少ない。
モンスターも盗賊もほとんど出ない。
ほとんどだ。
全く出ないわけではない。
だからこそ、国軍が定期的に討伐部隊を派遣するのだ。
ホーストの心配を臆病と揶揄する者も多いだろう。
商会の主人として、危険のほとんどない街道での護衛を節約するガントの決定は、妥当なのかも知れない。
だが何と言われようと、彼は護衛なしで街道を行くのは抵抗があった。
「懐は痛いけど、命あっての物種だよな……」
そう呟き、彼は目的の場所へ向かった。
◇
冒険者ギルド。
そう言えば聞こえは良いが、要するに荒事中心の何でも屋ギルドである。
町中の清掃からドラゴン退治まで、本当に幅広く依頼を受け付けている。
そこにホーストは足を踏み入れた。
別に冒険者に転職するわけではない。護衛を雇いに来たのだ。
ギルドは冒険者を対象として飯屋と宿屋も兼ねている。
ホーストが入った時も、何人かが食事中のようだった。
冒険者の良し悪しには詳しくはないが、どんなに見掛け倒しで実力が低くとも、ホーストより弱いということは無いだろう。
彼等に護衛を依頼できれば、安心して仕事ができそうだ。
そう考えながらホーストはカウンターに向かった。
「いらっしゃい。依頼かしら?」
そんな風に受付嬢が尋ねてくる。
まぁ、優男……ヒョロヒョロな彼を見て、冒険者とは思えないだろうから、自然と依頼側だと判断したのだろう。
「護衛をお願いしたいのですが」
「護衛なら、全額自腹になるけど……いくら出せるの?」
モンスター退治や盗賊討伐なら国からの補助金が出るが、護衛任務は全額依頼者の負担だと受付嬢は言う。
「ええっと、これだけなんですが……」
ホーストが予算を提示すると、受付嬢は顔をしかめた。
「この金額では、駆け出しでも受けないでしょうね……」
予算が少な過ぎたらしい。
だが、これ以上出すと、今回の仕事が無事に終わっても、その後の生活が成り立たないのだ。
「予算はこれで精一杯です。アリスタ方面に行く人で、安く請け負ってくれそうな人はいないでしょうか?」
ホーストも、命がかかっているので必死で食らいつく。
よく考えれば、それで行きの護衛を確保できても、帰りはどうするのだ。という話なのだが、彼は気付いていない。
「そんな都合の良い人はいないでしょうけど、1週間くらい依頼を貼り出しておけば、食い詰めた奴の1人や2人、食いつくんじゃないかしら?」
「いえ、実は今日中に出発しなくちゃいけなくて……」
1週間も待っていられないのだ。
「あきらめた方が良さそうだけど、一応依頼してみる?」
依頼を取り下げても手数料はかかるとのことだったが、可能性を買えると思えば、高くはない。……安くもないが。
「あなた、字は書ける? 代筆するなら、手数料は上乗せになるけど……」
「……お願いします」
最近、何とか数字の読み書きはできるようになったが、その他の文字は読むのも怪しい。素直に代筆を頼んだ方が良いだろう。
「では、名前と所属から」
「名前はホーストです。ガント商会に勤めています」
そう答えると、書類に記入していた受付嬢の手が止まった。
「ガント商会? あそこなら、専属の冒険者が居るでしょう?」
「ええ。でも他の仕事で出払っていて…… ガントさんは大丈夫だ。って言うけど、外は怖くて…… はは、臆病だと笑ってくれて良いですよ」
受付嬢は笑わなかった。それどころか、真剣な顔で次の言葉を発した。
「確認だけど、アリスタに行くのは商会の仕事? 私用じゃなくて?」
「はい。商会の仕事です」
「そう……それで、貴方は自腹で護衛を?」
「そうなんです。街道とはいえ、絶対に安全とは言えませんから」
「へぇ、そうなんだ……そうだ、今思い出したけど、ちょうど良い人が居たわ!」
「え?」
受付嬢が突然発した言葉に、ホーストの頭は付いていけてなかった。
そんな彼を尻目に、受付嬢は食堂の方へ声をかける。
食堂でくつろいていたらしい少女がそれに応えて受付までやってきた。
流れるような銀髪で、皮鎧の上に白地のコートを着込んでいる。コートのせいで体型はよく分からない。
受付まで来たのは少女だけではない。
その側には大きな黒い犬——もしかしたら狼かもしれない——が付き従っていた。
そんな様子から、ホーストは少女をビーストテイマーだと推察した。
獣を使役して戦わせる者たちだ。
少女はホーストよりも年下に見えたが、冒険者ギルドに所属しているからには、彼よりは強いのだろう。
ましてや、ビーストテイマー。彼女の力は、使役する動物も加味して考えなくてはならない。
「ナリタさん、何か用?」
少女が受付嬢に話しかけた。ナリタというのが、受付嬢の名らしい。
「仕事よ。 こちらのホーストさんをアリスタまで護衛して欲しいの」
「だって。どうする? お兄ちゃん」
少女が問いかけたのは犬に対してだった。
使役している獣を「兄」と呼ぶのも奇妙だが、意見を聞くというのはもっと奇妙だった。
確かにビーストテイマーは獣やモンスターの類と会話ができるという話があるが、使役している獣に意見を求めるといのはどうなのだろうか?
一抹の不安を覚えるホースト。だが、彼女が受けてくれなければ、護衛なしで街道を行くことになるのはほぼ確実だ。
——受けろ受けろ受けろ……
なので、彼は目の前の犬に必死で訴えかけた。
言葉には出さなかったが、必死に目で訴えかけ、オーラを出した……つもりになった。
「うーん、それもそうだね。ナリタさん、この仕事、受けます。詳しい内容を教えてください」
——やった。
ホーストは安堵した。
例えビーストテイマーの少女が使役できる獣がこの狼だけだとしても、それなりの戦力にはなるだろう。
ゴブリン程度なら、狼が居るだけで襲ってこない筈だ。
程度、などと言ったが、ホーストにはそれでも強敵だ。
護衛の有無はそれだけ死活問題なのだ。
ホーストは気付かない。
受付嬢と少女が依頼ではなく、仕事と言っていた事を。
ホーストは知らない。
それがどういう事なのかを。
◇
護衛を引き受けて貰った後、お互いに準備の為に一度別れ、王都の正門近くで待ち合わせる事になった。
ホーストはいつもの塩袋を受け取り、馬車に積み込む。
次回の定期便までの備蓄という事なので、量は少なめのようだ。
準備の整ったホーストが正門に到着すると、既に護衛の少女が待っていた。
「待たせてしまったようだね。今日は依頼を受けてくれて、感謝するよ」
「いえ、仕事ですから」
ニッコリと笑う少女は可愛い。
これほどの容姿なら、冒険者などという危険な事をやらなくとも、どこぞの商会で売り子をやるか、ギルドの受付嬢でもやれそうだ。だが、こうして冒険者をやってくれているおかげで護衛をして貰えるのだから、世の中分からない。
「さて、出発の前に改めて自己紹介しておこう。俺はホースト。一応、ガント商会で働いている」
そう言って差し出した手を握り返しながら、少女も自己紹介する。
「私はアルブマです。こちらはお兄ちゃ……兄のニーゼル」
「よろしく」
紹介されたので犬にも手を差し出すと、ちょこんと前脚を乗せてきた。大きさの割にこちらも可愛い。
しかし、何故兄なのか?
気にはなるが、聞いて万が一ヘソを曲げられても困る。
なので、ホーストは当たり障りの無さそうな話題を振る。
「ニーゼルは……狼なのか?」
「いえ、魔獣です」
——魔獣。
ホーストは詳しくないが、魔力を喰う獣……らしい。
普通の食事は不要で、そこら辺に充満している魔力を喰って生きているという。本当かどうかは分からないが。
「……色々聞きたい所だけど、先ずは出発してしまおう。荷台に乗ってくれ」
「はい」
アルブマとニーゼルが荷台に乗り込むのを確認し、ホーストは馬車を発進させた。
◇
街道の旅は順調。
この調子なら、めでたく依頼料は無駄になりそうだ。
アルブマが【シールド】の魔法をかけてくれているので、不意打ちで矢を射られても防げるという状況だ。彼女は魔法も使えるようなので、安心感は更に増す。。
出費は痛かったが、やはり安全・安心には変えられないものだ。命もかかっているので余計だ。
ホーネストがそんな事を思いながら馬車を進ませている間、荷台ではニーゼルが周囲を警戒していた。
魔獣だという事だが、見た目は犬か狼にしか見えない。
道中、アルブマに聞いた話を鵜呑みにするなら、ランク6相当の実力があるらしい。
ランク6とは、退治できれば一生の自慢になるようなモンスターを指す。
冒険者ランクなら、国の有名人だ。
そんなモノを使役しているようなアルブマが、今回のような安い依頼を受けてくれるとは、ホーストには思えない。実際はランク3……高くとも4だろう。相当な「妹バカ」のようだ。
「ホーストさん、進行方向に誰か居るって」
不意に、アルブマがそんな事を言った。
どうやら、周囲を警戒していたニーゼルがなにやら感知したのを、アルブマに伝えたようだ。
相変わらず、どうやって意思の疎通を行なっているのか? ホーストには分からないが、とにかく前方に何者かが居るのは間違いないようだ。
用心しながら馬車を進ませると、なるほど人影が見えてくる。
人影は1人に見えるが、近くに森も藪もあるので、他にも隠れているかも知れないので、油断はできない。
そもそも、こんな街道の真ん中で1人で何をやっているというのか?
怪しいことこの上ないが、ホーストは街道を外れて避けることの方が危険だと判断し、アルブマに警戒してもらいながらも人影に近付く。
少し進むと、その人物が武装している事に気付き、さらに警戒を強める。
だが、その警戒も緩む事になる。近付くにつれ、その装備が、そして顔が見知ったものだとわかってきたからだ。
大柄な体躯にはちきれんばかりの筋肉。強面の顔に無精髭のその男は……
「ドーベルさん!?」
それは仕事仲間で先輩。そして商会専属冒険者のドーベルだった。
「どうしたんですか? こんな所で?」
問いかけながらホーストは馬車から降りてドーベルに駆け寄る。
「あ、ちょっと!」
アルブマが引き止める声を上げるが、無視しする。
仮にモンスターが襲ってきても、ドーベルがいるのだ。
「別の仕事があったのでは?」
ホーストが問いかけると、ドーベルはニィといつもの笑みを浮かべる。
「ああ、これからなんだ」
ドーベルの言葉とともに、ホーストが吹っ飛んだ。
「ガァッ!?」
腹部に強烈な衝撃を受けたのだ。怪我はしていないが、痛みで起き上がれない。
何が起きたのか、わけが分からないホーストが辺りを見回すと、愛用の斧を振り抜いた格好のドーベルが目に入った。
「クソッ、【シールド】かよ!? 生意気に護衛なんて雇いやがって……だが、女か? ガキだが、そっちが趣味の客には高く売れそうだなぁ!」
「な……にを?」
ホーストにはドーベルの言葉の意味がわからなかった。
この先輩が何を言っているのかわからない。
まるで、自分を殺そうとしたみたいではないか。
「ホーストさん、まだわからないの? 騙されていたんだよ!」
アルブマの発言に、ドーベルは片眉を上げた。
「その様子だと、襲う前から気付いていたようだな」
「何回も賊に襲われている上に、前回襲われてから半年しか経ってないのに、護衛なしで輸送させるんだもの。裏があると思う方が普通でしょ」
「ちっ、だからもっと慎重にやれ。って言ったんだ」
悪態をつくドーベルにアルブマが告げる。
「わかってると思うけど、冒険者ギルドも動いているから。降伏するなら、罪は軽くなるけど?」
そんな言葉を、ドーベルは鼻で笑った。
「そろそろ潮時だとは思ってたけどな、捕まる気は毛頭無いんだよ! おい、てめぇら、出てこい!」
付近に潜んでいる部下に出てくるように命令するドーベル。
その合図に従い、隠れていた者たちが姿を現わす。
「な……んで、こんな事を……」
未だに痛みで動けないホーストがそんな事を聞く。
「今から死ぬてめぇには関係ねーよ!」
「あら、ここは冥土の土産とかいって、ペラペラしゃべるところじゃないの?」
ドーベルの言葉をアルブマが茶化すと同時に、ニーゼルがその爪で荷台の荷物——塩袋を引き裂いた。
「ああ、なにを……ッ?」
此の期に及んで抗議の声をあげかけたホーストだが、裂かれた袋の中身を見て言葉に詰まる。
裂け口から漏れ出る塩。
そんな光景を目にする筈だったが、出てきているのは赤く丸い、何かの実だった。
「コラプの実ね。麻薬の材料以外の使い道って、あるのかしら?」
塩袋は商会の主人のガント自身が用意したものだ。
なので、その袋に入っているモノは塩の筈だ。何で麻薬の材料なんて入っているのか?
「ホーストさん、ちゃんと荷物の中身は確認した方が良いよ」
「別になんだって良いだろ。ここで死体になって発見されるまでが、ソイツの仕事なんだから」
同僚に裏切られたばかりか、命まで使い捨てにされようとしていた事にショックをうけ、呆然とするホースト。
「もう一度言うね。降伏すれば罪は軽くなるよ?」
「状況を見て言えよ! そっちは2人と犬1匹! こっちは5人だぞ!」
部下たちはランク3冒険者が4人。そして、ドーベル自身はランク4だ。
役立たずのホーストに女が1人、それに犬1匹を始末するには十分すぎる戦力だ。
「よーし、てめぇら! 女は生かしておけぅおわっと!」
言い切る前にドーベルが叫んだのは、アルブマが放った電撃を避けたからだ。
『ギャァァァァ!!!』
しかし、部下たちは避けきれずにその電撃を受け……そのまま昏倒してしまう。
「安心して。威力は弱めたから、死んではいない……筈よ」
「てめぇ、不意打ちとは良い度胸じゃぁぅおぉぉ!」
ドーベルの言葉を無視して放たれる電撃。
だが初撃こそギリギリだったが、来るかも。という心構えができていれば、何という事はない。
「ホーストさんに不意打ちカマした貴方に言われたくないわね。観念して当たりなさい!」
冗談ではない。
ランク3の部下たちが一撃で昏倒……もしかしたら即死するような魔法なのだ。
当たればただでは済まないだろう。
「ちッ、できれば使いたくないんだがな……」
そう呟きつつ、ドーベルは懐から小瓶を取り出し——その中身を飲む。
その瞬間、一瞬の隙ができ、アルブマの電撃がドーベルに直撃した。
「くぅ、だが、効かねぇなぁ!」
「……何か飲んでたね? 何? 今の」
「強化薬さ! コラプから作れる、麻薬以外の生産物だぜぇ! ちぃとばかり、副作用が強いのがぁ、弱点といえば弱点かぁ?」
高揚した様子のドーベル。その様子は麻薬使用時のソレだ。
だが、強化薬というのも、嘘ではないだろう。現にアルブマの魔法を耐えたのだから。
「今度は、こっちの番だぜぇ!」
そう吠えてドーベルがアルブマに飛びかかり、斧を振り抜いた。
瞬間、辺りに轟音が響きわたる。
馬車のあった場所には、かつて馬車であったモノの残骸——馬含む——そして、コラブの実が散乱していた。
「魔術士の癖に素早いじゃねーか! ……いや、その犬のおかげか?」
アルブマはニーゼルの背にしがみついて攻撃を避けたようだった。
「……凄い薬ね」
「作り方を見つけたのは、偶然だがな。 だが、薬で強化された俺はランク6……いや、7相当だぜ!」
ランク7といえば、国の英雄だ。諸外国にも名前が知られるような強者ということだ。彼はそこまで強くなったという。
自称だが、それでも侮れない力があるのは、間違いない。
「お兄ちゃん、本気出すよ」
アルブマの言葉と同時に、ニーゼルの体が大きく膨れた。
いや、そう見えた。
正しくはニーゼルの体が黒い塊となって、アルブマの身体を包み込んだのだ。
「な、何だぁ!?」
麻薬特有の高揚感に支配される中でも、ドーベルはたじろいだ。
その黒い塊から漏れ出る膨大な魔力を怖れたのかも知れない。
その恐怖を紛らわすため、ドーベルがとった行動は最悪の選択となった。
黒い塊に攻撃を仕掛けたのだ。
一気に距離を詰め、全身全霊の力を込めて斧を振り下ろした。
塊に触れた斧は、何事も無かったように音もなく止まった。
全力で叩きつけたにもかかわらず、そのまま塊を傷つけることもなく、ただ静止した。
そして、黒い塊が、霧が霧散するようにその形を崩し……消えた。
塊が消えた跡にはアルブマもニーゼルも居なかった。
少女と狼の代わりに、1人の青年が立っていた。
流れる銀髪とその眼差しは、アルブマと似てなくもない。その服もアルブマはのモノだ。
しかし、決定的に違う部分もある。
先ずは性別。
アルブマは間違いなく少女だった。だが、塊の跡にでてきたのは、青年……男だった。
その耳は人間のものではない。狼の耳を人間と同じ場所にはつけたようだ。
そして、臀部には狼の尻尾が生えている。
その様子を、ホーストは倒れたまま見続けていた。
銀色に輝く青年が、ドーベルの斧を受け止めている。
いや、ただ手を添えているだけのようにも見える。
だが、それだけでドーベルは斧をそれ以上押し込むことができずにいた。
「この……バケモノがぁ!」
ドーベルが吠えて斧を引き、距離を取る。
そのドーベルを追うでもなく、青年はただ見ていた。
「もっと力をぉ!」
ドーベルは先ほどと同じ薬を複数取り出し、一気に飲み込んだ。
「ぉぶぅ!」
瞬間、ドーベルは身につけた鎧を粉砕しつつ、筋肉がふたまわりほど肥大した。
その姿は、四肢や頭こそあるものの、もはや人とは呼べぬものと成り果てていた。
「ふははははははぁ! バケモノめ! これなるぁどぉうだぁ!」
「お前にバケモノ呼ばわりされる覚えはない」
青年が声を発する。やはり、アルブマではない。別人だ。
その青年はドーベルが繰り出した破壊的な力の込められた斧を、左手で無造作に払った。暖簾をくぐるような自然さで。
あまりに自然な動作で、ドーベルは攻撃を逸らされたことを理解できなかった。
「喰らえ、ボディアッパー!」
青年の拳がドーベルの肥大した腹筋に突き刺さる。
「ぐぉはぁ!! こ、この状態の俺に、ダメージを与えるとは…… だがぁ!」
「【イラプション】!」
ドーベルが反撃しようとした刹那。打ち込まれた拳から、破壊的な炎の魔力が溢れ出し、ドーベルの身体を吹き飛ばした。
◆
「で、主犯の1人を跡形もなく消しとばした。と?」
後日の冒険者ギルド。そこの会議室にて、アルブマはナリタに責められていた。
ナリタがアルブマたちに依頼した仕事は、襲撃犯の捕縛だったのだ。
「えっと、それについては、相手の抵抗が激しくてですね……というか、やったのは私じゃなくて、お兄ちゃんでして……」
「合体しても、貴女の意識はあるでしょうが! 止めなさいよ!」
「ひゃいぃぃ! ゴメンなさい〜」
ガント商会には麻薬密売の容疑がかけられていた。だが、商業ギルドの保護下にある商会を強制捜査するわけにはいかず、ガント商会に頻発する「盗賊の襲撃被害」に目をつけていたところに、ホーストが依頼を持ってきたのだ。
それに乗じて襲撃犯とガント商会が結託している証拠を掴もうとしたのだが、アルブマたちは犯人一味の主犯格を先頭の末に消しとばしたのだ。
殺害ですらない。
今回は、捕縛した部下の1人がたまたま裏の契約書を所持していたため、なんとかガント商会を追い込むことができたが、なんだかんだで逃げられていた可能性が高いのだ。
余談だが、ホーストはその後、ガント商会の関係者として取り調べを受けたが、密売とは無関係ということで無罪放免。
冒険者ギルドの紹介で、運送ギルドの下働きとして雇われることになった。
だが、そんな裏事情はこの部屋の中では関係ない。
「と、いうわけで、報酬は減額です」
情け容赦なく、ナリタは宣言した。
「そんなぁー、コレだけじゃぁ、美味しいもの食べたらすぐ無くなっちゃうよぉ……」
『なら、食わなければ良いじゃないか。 俺たち魔獣は食事の必要は無いんだし』
嘆くアルブマに、ニーゼルが彼女だけに聞こえる声でそう提案する。
「私は、魔力だけじゃ嫌なの! ねぇ、ナリタさん、もっとお仕事無いの!?」
「地道にゴブリン退治でもしてください」
「えー、そんなのつまんないー」
不機嫌になるアルブマを見ながら、ナリタは嘆きたいのはこちらだと頭を抱える。
アルブマとニーゼル。魔獣の兄妹。
狼の見た目のニーゼルだけでなく、外見が少女のアルブマも魔獣だ。
個々でも十分な強さを発揮するが、「合体」すると、超人的な力を発揮する。
彼らは並の冒険者では解決の難しい依頼を、ギルドからの仕事として受けている。
だが、その圧倒的な力故に、今回のような失敗も多々ある。
そのくせ、下手な扱いをして、他国にこのふたりが流出してしまっても困る。
扱い難いことこの上ないのだ。
「何かどーんと、大きな事件でも起こらないかな? 魔王誕生とか!」
『不謹慎だぞ』
——数ヶ月後、魔王が世界に宣戦布告をすることになるのだが、この時のアルブマの言葉が関係しているのかは、誰にもわからない。
そして、その魔王は白銀の魔拳士と呼ばれる勇者に討たれることになるのだが、それはまた別のお話。




