【ワンライもどき】お題「散髪」「BL(指定なし)」「お盆」
ボッチでワンライやってみたときのやつ。
最近、散髪をした。
「何で散髪なんかしたんだよぉぉおおおおお!!!」
はぁ…まただよ…
散髪をしてから友人の一人がずっと俺の散髪を嘆いている。
「なんで……貴重な髪を……!!なんで……」
「そりゃ、最近熱くなってきて髪が長いと暑いからだろ」
梅雨も明けて7月。すっかり夏が本格化してきそうなこの時期に、長い髪は暑いし重いし張り付くしで、相当厄介な代物だ。お盆前には毎年切っているのに、こいつは散髪をした翌日からすでに一週間も俺の短くなった髪を見ては悲しみに暮れている。
「暑いからって……人間の髪が伸びるのにどんだけ時間がかかると思ってんだよ!」
「なんだよ。なに?お前長い髪フェチとかだったの?」
「違うよ!!僕はただの匂いフェチだよ!!」
「じゃあなんで俺の髪の毛のにおいがなくなったことをそんなに悼むんだよ」
奴は鼻から思いっきり息を吸い込んで答える。
「お前の髪の毛のにおいが好きだったからだよぉおおおおお!!!」
「……キモイ」
一週間全く同じやり取りを繰り返してから、俺はこいつから視線を外し、教室の窓の方へ眼をやる。そしてため息を吐く。こいつはあくまで友人の一人であって、親友でも幼馴染でもなんでもない。なのにどうしてここまで俺に干渉してくるのやら…。
ふと、彼女がこちらを見た気がした。
「……俺んちのシャンプー。普通の市販のやつだけど?」
「どこのメーカーの!?なんていうやつ!?」
「知らねえよ」
いつも通りこいつはシャンプーやらリンスやらの名前を聞き出そうと粘ってくる。でも答える必要なんてない。
窓のそばで談笑する、彼女が俺を導いているのだから。
2
教室を移動するさなか、僕は彼に聞いてみた。
「本当は、柳川さんが言ったからなんでしょ?」
柳川智里。その名前を出すと、彼は僕のことを一度だけ振り返ってため息をついた。
「……だったら?」
彼は心底うっとおしいという顔をしてそれだけ言う。以前は振り返るたびに美しい放物線を描いて舞っていた髪も、そこから香るあのいい匂いもない。
柳川さんは彼の彼女だ。クラスでもかわいい部類に入る彼女は、他の女子にはない独特の雰囲気を持っていて、僕を含む多くのクラスメイトがお似合いのカップルだと思っているらしかった。
彼女に言われたから髪を切る。確かに「だったら?」だ。
「……あの髪の価値が分からないなんて、柳川さんも大したことないや」
僕は負け惜しみでそうつぶやく。
短い髪でどんどん歩いて行く彼。
僕は彼の髪が好きだった。本人はなんてことないと思っているらしかったが、光の加減で色の濃淡が変わる茶髪は、僕の目を存分に楽しませた。
それに、髪が長ければ匂いが拡散する範囲も広くなるから、普段いっつもは近くに居ない僕だって、少し近寄れば彼の匂いを嗅ぐことが出来た。
「………つまらない」
僕には何もかも面白くなかった。切られた髪も、匂いが嗅げないのも、彼に彼女が居るのも、
叶わないのに嫉妬で膨れる僕の心も。
「………本当につまらない」
僕は彼のことが好きなのに。髪の毛がなくなったら、好きという気持ちを隠す建前がなくなるじゃないか。
こんなぬかるんだ泥みたいな心も、髪と一緒に切られてしまえばよかったのに。
3
朝から髪のことでピーピーうるさかったヤツは、お昼休みになってもうるさかった。
「はぁあああああ……もう二度とあの長髪に僕は会えないィィ……」
「おい、ちょっといい加減怒るぞ」
昼食を食べている最中にも髪を惜しまれて、俺は少しだけムッとした声を出す。生来気持ちが顔に出やすい俺の顔を見ても俺のいら立ちに気付かないとは、こいつはかなりの鈍感のようであった。
鈍感であることは今までの付き合いから十分に知っていたが、ここまで有害な鈍感だったとは。
「怒りたいのはこっちだよ!」
なぜか逆切れするヤツ。気安い友人の一人ではあるが、さすがの俺も他の友人がその場をとりなしてくれなければヤツに食って掛かっていたかもしれない。
さすがに友人の仲裁が入ってからはヤツも髪のことを口に出すことはやめたが、それでもあからさまな視線を向けることはやめなかった。
我慢できなくなった俺は、屋上の彼女元へ向かい、そのことを話す。
「俺は何か間違っていただろうか?」
「自信、なくなったの?」
屋上に吹く強い風邪になびく髪を手で押さえながら、彼女は俺の短くなった髪の毛に触れる。
「もううんざりだ」
「散髪したのが間違いなら、私にも責任はあるわね」
俺の相談を受けて、髪を切るように勧めた彼女。俺は彼女には何の責任もないと頭を振った。
「間違いではないと思う。でもイライラするんだ」
「……そんな些末なことを気にしてたら、身が持たないよ?」
恋とは茨の道なんだから。彼女は“元”彼氏である俺にそう忠告する。
「好きなら、もう少し我慢しなきゃ。真意を確かめたいって言ったのは柚木なんだから」
彼女の言うとおりか…俺は自分の考えを改めた。
俺はヤツのことが好きだった。柳川と付き合っている最中に、俺の長い髪の後ろをクンクン鼻を鳴らしながらついてくるヤツに、恋してしまった事に気付いた。
だから、俺たちはわかれた。彼女の希望で、俺の恋が叶うまでは付き合っているふりをすることにして、ふりをする代わりに彼女は俺の恋の相談役になってくれた。
「好きな相手のために尽くそうと思うのは、女の性だよ」
失恋してすぐにそう言ってくれた彼女に俺は感謝しているし、ずっと彼女の言うことに俺は従ってきた。
しかし、今回ばかりは失敗だったのかもしれない。
散髪すればヤツは俺自身のことを見てくれて、そうすればおのずと真意も分かる。彼女はそう言っていたが、やはりヤツは俺の髪が好きだったのかもしれない。
俺は短くなった髪に触れて、限りなく叶わない恋心を呪った。
5
倦み沈んだ彼の横顔を見ながら、私は彼に愛される九条のことを呪った。私から彼の心を盗んだ罪は重い。
(柚希と九条……なんて不毛な……)
お互いに不器用にも恋心を隠して建前でぶつかり合う彼ら。不毛な恋のために無為な時間を過ごす彼らを少しでも不幸にしようとするのもまた、柳川の悲しき女の性。
恋って青春ですよね。
この後二人は柳川の妨害に屈せずにくっつきます。
九条は変態なので柚木は苦労します。