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レアカード、ゲット!?

 霧。

 周りは真っ白。

 自分の手も見えないくらい。

 重く固まるように。

 暗く沈むように。

 霧の中にいる。

 自分は何者なんだろう。

 この深く、白く、纏わりつく霧に。

 自分の輪郭が溶けていくよう。

 自分が溶けてなくなってしまうのが嫌で。

 必死にどこかへと手を伸ばす。

 ひたすらに足を動かしながら。

 蜘蛛の巣にかかった羽虫のように。

 もがいて。

 もがいて。

 無様に転げるように。

 みっともなく蠢くように。

 ただ、何かに触れたくて。

 手を伸ばした。

 そして――。




「くそっ。またRカードかよ!」


 布団に寝転がったまま、少年は叫んでがっくりと肩を落とした。画面内のアプリケーションは、レアと表示されたイラスト付きのカードが表示されている。


「相変わらずひでえガチャだな。もう石が少ないぞ」


 思わずぼやく少年。彼がプレイしているのは、最近流行のスマートフォン向けのソーシャルゲームだ。ゲームタイトルは、サイドダーク。基本プレイは無料であるものの、一部課金制をとっている上、高レアリティのカードは課金しなければそうそう出てこない。ゲームをプレイするためのスタミナもきつく、回復量も少ないため、そこにも課金アイテムの消費を強いられる。

 有体に言ってしまえばただのぼったくりゲームなのだが、何故か流行っているのである。そして、この少年、高塚香月もまた、その流行に乗っている一人なのだった。


「チクショウ、あと1回だけ引けるが、そうしてしまうと今後のダンジョン探索やイベントに支障が出かねないな……」


 香月は悩む。課金アイテムである結晶石を5個消費してガチャは1度。先ほど引いたガチャで既に2連敗し、残る石は7個だ。スタミナ回復、コンティニュー、ギルドポイント回復と、結晶石の使用用途は山盛りで、それが香月の指先を震わせる。


「だが、それでも人はガチャを引いてしまう。人間とは、かくも業の深い生き物よ!」


 自分への言い訳は既に本日3度目。先日のイベントでサーバーが落ちてしまい、緊急メンテナンスが行われたことへのお詫びの結晶石が、使い道の無いカードへと変じた手前、この勝負には勝たねばならぬ。そんな妙な感情が香月を支配している。


「ええい、いっけぇぇぇぇー!」


 かくして香月の指は、ガチャのボタンをタップしていた。もうこれは病気の類か。香月の心の中にほんの僅かな後悔が生まれる。その後悔すら快楽に変わりかけているのもまた事実であったが。

 しかし後悔も束の間、その瞬間に画面に表示された光景に、彼は立ち上がってガッツポーズをとった。そして次の瞬間に竜の如く咆哮した。


「きたぁぁぁぁぁーー!!」

「うるさぁぁぁぁい!」


 更に次の瞬間に、隣の部屋からも咆哮が聞こえてきた。香月の妹、弥生である。


「やべ」


 興奮すると咆哮する習性の兄には、その咆哮を聞くと反撃する習性を持つ妹がセットでついてくる。高塚家はそういう家系であった。


 バタン、ドタドタドタ、と音がするや、香月の部屋のドアが開かれて、高塚弥生が出現する。Tシャツとスウェットという色気も防御力も無い防具(お兄ちゃんのお下がり)に、投擲兵器のツナ缶(気になるお年頃御用達カロリーハーフ)を両手に装備して、妹(対兄戦無敗の歴戦のハンター)が狩りの体勢に入った。


「お兄ちゃん、私今から机に座って思う存分妄想するんだから、邪魔しないで!」


「おい待て妹よ! 悪かったから、それはやめろ!」


 香月は妹の武装に危機感を感じ、慌てて止めに入るが、時既に遅し。


「ばかー!」

「おごっ!?」


 見事なフォームで両手から放たれた弥生のツナ缶攻撃が、香月の顔面にクリーンヒットする。後ろに倒れる瞬間に、香月の手からスマートフォンが飛んだ。


「ふんっ!」


 腕を組んで横を向くというわかりやすい動作で不機嫌さを示すと、弥生は香月の部屋に入り込む。兄を撃沈したツナ缶を回収しながら、転がったスマートフォンへ視線をやると、呆れたような顔をして口を開いた。


「またこれ? お兄ちゃん、サイドダークにハマりすぎじゃない?」


「いいじゃないか。面白いんだぞ。お前もやってみたらいい」


 弥生の言葉に、香月が体を起こして反論する。弥生はくるりと向きを変えて兄の顔に目線を合わせた。


「やーだよ。ガチャ狂にはなりたくないもんね」


「ガチャ狂って、お前……」


 妹に一言で切って捨てられた兄は恨みがましく呟くが、その時には既に弥生の姿は廊下にあった。


「んじゃ私妄想の続きするから、邪魔しないでね」


 ひらひらと手を振って去る妹。その背を眺めつつ、香月はスマートフォンへ手を伸ばし――。


「あああああーーー!」

「だからうるさあああああい!!」


 咆哮から始まる狩りの第二ラウンドが幕を開けたのだった。





「ごめんねお兄ちゃん。ちょっと本気出しすぎちゃった」


「いいんだ、妹よ。叫んだ兄が悪い。悪いんだけど、けどなあ……」


 投擲兵器がツナ缶から粘土へとステップアップした妹による兄狩りは、兄の窒息死一歩手前で殲滅から捕獲へ路線変更された。

 弥生はさすがにやりすぎたと思ったのか、しきりに謝り倒している。申し訳なさそうなその姿を見ていると、つい許してしまうのが、兄という生き物の性である。少なくとも、香月はそうであった。


「それで、いったいどうしたの? 星6の激レアでも引いた?」


 妄想は諦めたのか、弥生は香月の部屋に居座るようだ。何だかんだ言って好みの似ている兄妹である。弥生もサイドダークに興味はあった。かつてプレイしたこともあるのだが、ガチャという運に頼るシステムに馴染めずに早々に引退している。やはり自分のプレイングで結果が変わるアクションの方が良いらしい。


「そうだ。激レアを引いたんだ」


「んで叫んだわけ? 呆れたわね」


 そこはかとなくドヤ顔の香月に、ジト目の弥生が物申す。たかがゲーム、されどゲーム。弥生もわかっているのだが、サイドダークのガチャにここまで一喜一憂されるのも、正直なところ反応に困るのだ。


「まあ、これを見ろ。この輝くばかりのレアカードを!」


「おおー」


 わざとらしくパチパチと手を叩く弥生。完全にやっつけ仕事だったのだが、カードの絵柄を見て興味を示した。


「あ、可愛いじゃん」


「だろ?」


 顔を突き合わせて、ニヤリと笑う二人。お主も悪よのう、いえいえお代官様こそ。そんな会話をアテレコすれば、この上なくマッチしそうな絵である。


「んでさ、強いの、その子?」


「んー? さあな。これから調べるとこだが、今までのゲーム内では見かけなかったキャラだな」


「そうなんだ。どれどれ……。『霧の少女:ネビュラ』かあ」


 香月はパソコンへ向かうと、インターネットで調査を開始する。その間に弥生が兄のスマートフォンをいじり始めた。かつては弥生もそれなりにプレイしていたゲームだ。とりあえず新規に引いたキャラクターカードのステータスを確認する。そして――。


「なんかさー、ちょっと微妙じゃない?」


 そんな言葉を香月へ向けて放った。香月は振り向かずに答える。


「ああ、パッと見はな。だがそういうヤツが意外と進化して大化けするもんだろ?」


「まあ、レベルも1だしねえ」


「そういうことだ。今最終ステータスをIKIでチェックするところだ……っと、出たぞ」


「どれどれ」


 兄妹が顔を突き合わせて画面を覗き込む。特に引いた本人である香月はかなりの期待を持って表示されたステータスを見た。が。


「なんじゃこりゃ? 全項目が不明ってどういうことだ?」

「情報提供者がいないくらい出ない超レアってこと? にしたって誰でも編集できる掲示板方式の攻略IKIにも載ってないなんて、ありえなくない?」


 二人は驚いた様子で言葉を交わす。そして画面を何度も確認して、それが事実であることを確かめようとした。パソコンでの検索結果が、俄かには信じがたいものであったからだ。


 画面のキャラクター詳細には、『霧の少女:ネビュラ』のデータがすっぽりと抜け落ちていた。個別ページのリンクに飛んでも、ステータスの情報どころか、真っ先に埋まってもおかしくない画像データさえも白紙の状態だったのである。


「どういうことだ? IKIは下手したら公式より早く正確な情報が出回る場所だぞ?」


「さあね。アレなんじゃない、あまりに使え無すぎて、編集する気持ちも湧かない、とか?」


「縁起でもないこと言うなよ。やっとの思いで引いた初めての最高レアなんだぞ」


「いーじゃんいーじゃん、どうせ使えない子でも、愛で使い続ける口でしょ、お兄ちゃんってば」


「うぐ。それを今言うか……」


 実利を取ることの多い弥生に対して、特定キャラに愛を注ぎ続けるのが香月のプレイングスタイルだ。対戦格闘などは、一部のキャラのみ超人的な強さを発揮するが、他はからっきし、というタイプである。育成すれば強くなるこのサイドダークというゲームにも、それが見事にマッチしているのだ。


「まあ、何にしてもよかったじゃんよ。後は育成するだけだね」


「その育成も辛いんだよなあ。まさに修羅の道というか」


「うん知ってる」


 育成の辛さを思って憂鬱になる兄の肩を、ぽんと叩いて弥生は後ろを向いた。


「なんだ、戻るのか?」


「うん。もうお風呂入って寝るよ。妄想する気分もなくなっちゃった」


「結局妄想なんだな、お前ってヤツは……」


 少しばかり妹の将来を案じる香月。妄想の内容は彼にもわからないが、それが却って不安を掻き立てるのだが、ひとまずその不安を忘れることにした。


「とりあえず、コイツの情報を調べないとな」


 明るい蛍光灯の下、キーボードを打つ音は、夜半まで途絶えることは無かった。

新規連載になります。完結までこぎつけたいと思いますので、皆様お付き合いの程、よろしくお願いします。

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