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小説

ハンカチ

作者: ガンベン

 ピンポーン。玄関からインタホーンの音がする。何度か連続で音がしたが、家族の誰かが出るだろうと、浩司は布団を頭まで引っ張り上げて、音を遮ろうとした。

今度はガラガラと玄関のドアが開く音がして、

「広川君、いますか? 樋上です。」

一樹の声が聞こえてきた。寝ぼけた頭の中で、ふとなぜ母は出ないんだろう、と考えた。ぼーっとした意識から、瞬間バッと布団を払いのけて、寝間着のままで玄関まで急いで向かった。

樋上は、玄関につながる扉から急に現れて向かって来る寝間着の浩司の姿を見て、心配そうに聞いた。

「どうしたんだよ。もう学校に行く時間なのに、そんな格好して。」

「いや、違うんだ。今日はお母さんが友達と旅行に行くから、朝から出かけていて。それで、つい寝坊してしたんだ。悪い、一樹。もう少し待ってくれ。すぐ着替えてくるから。」

一樹は少し呆れた様子で、

「全く、仕方ないな。じゃあ早くしろよ。」

「ごめん。それじゃ、急いで着替えてくるからちょっと待ってて。」

そう言うと、浩司はまた自分の部屋に走って戻っていった。ちらっと、時計を見るとちょうど8時になったばかりだった。早速寝間着を無造作に脱ぎ捨てた。そして、母が準備してくれていたカッターシャツに、手を通し一つ一つボタンを締めて、制服ズボンに足を通し、靴下を履いて、洗面台へ向かった。

鏡の中の浩司は、まだ眠そうな顔をしていた。蛇口を開けて、水を手で掬い顔に押し付け手のひらを何度か往復させた。そして傍に掛けてあるタオルを取り、急いで顔の水滴をふき取るとタオルを投げ捨てて、また自分の部屋に戻って鞄の取っ手を引っ張り上げて、玄関にまた向かって行った。

その途中のリビングテーブルに母の作った朝食がメモらしき物と一緒に置いてあるのが目についたが食べられる余裕がなかったので、素通りしてまた玄関に向かって行った。


「悪い。一樹。待たせたな。」

 「お、思ったより早かったな。もっとかかるかと思っていたけど。」

  玄関で少し退屈そうに、待っていた樋上は答えた。玄関の掛け時計はまだ8時5分を指したばかりだった。

 「ああ、めっちゃ急いで着替えて準備をしたからな。それじゃ、行こうか。」

  浩司は、照れ笑いをしながらトントンと靴のつま先を地面に打ち付け足を靴に入れると、玄関の扉の鍵をかけて自分の鞄の小さなポケットの中に入れた。そして門扉を締めて樋上と一緒に中学校へ向かって行った。

浩司は樋上と今日の朝の出来事や昨日学校であった事を話しながら、歩いていた。そして中学校がある一つ手前の曲がり角の家に洗濯物が干してあるのが、ふと目についた。

「アッ」

 浩司は思わず声を上げた。樋上は驚いて、

「どうしたんだよ。いきなり。また何かあったのかよ」

「一樹、まじ悪い。俺、忘れ物してるのを思い出したから帰ってくるわ」

「頼むぜ。ホントに。もう8時15分だぜ。それに一体何忘れたんだよ」

 樋上は、少し不機嫌になりながら、自分の携帯電話を取り出し時間を確認して、言った。

「ごめんな。ちょっと今は言えない大事なものなんだ。悪い。先に行っててくれ。」

 浩司は、そう言うと樋上に少し頭を下げて、鞄を背負って走り出した。

さっき樋上と悠々と歩いて来た道を、今度は全速力で駆け足で戻っていく。同じ学校に向かう生徒たちが浩司をチラチラ見ているのがわかったが、構わず走り去って行った。途中で、同じクラスメートの荻野が見えた。荻野は不思議そうな様子で、

「おはよう、浩司。どうしたん? 」

「おっす。また学校で話すわ 」

 呆気にとられている荻野の横を走りすぎ暫くすると信号が見えてくる。赤信号だった。浩司はチッと舌打ちをして両側を見渡した。車が一台横断歩道に向かってきた。それが行き過ぎると、また両側を確認して横断歩道を駆けていった。少しずつ同じ学校の制服の生徒が少なくなっていた。走りながら、浩司は母の顔が浮かび、恨めしく思いながら、昨日のことを思い出していた。


 昨日の給食前に、浩司は手を洗っていた。手を洗い終わるとズボンの後ろポケットに、指を掴むように入れたが、ハンカチが入っていなかった。浩司はハアっとため息をついたが、仕方なく手を振って水滴を飛ばしていると

「あ、もう何するのよ。広川君」

隣で手を洗っていた女の子が怒って、こちらを見ている。恐る恐る顔を見てみると、クラスメートの高崎咲子だった。地味な顔立ちだが、明るくて浩司と気の合う数少ない女友達だった。浩司は少しホッとして

「ごめん。ハンカチ忘れてて。ハハハ」

「ハハハ、じゃないわよ。全くしょうがないな…。今日は私のハンカチ使って。私もう一枚あるから、はい。」

 咲子は、ハンカチを取り出し浩司に手渡そうとしたが、

「いや、もういいから。大丈夫。」

「大丈夫なことないわよ。またそんなことしてたら、水爆弾の犠牲者が増えるから。だから今日はこれを使いなさい。また明日返してくれればいいから」

 咲子は少し笑いながら言った。

「わかったよ。じゃあ明日返すから。ありがとう」

浩司はしぶしぶハンカチを受け取った。ハンカチにはピンク地に女の子向けのアニメキャラクターの印刷がされていた。まだ乾いていない手のひらを拭いて、慌ててポケットに入れてそそくさとその場を離れ、また教室に戻っていった。

 そうして学校が終わり、家に帰ると浩司は開口一番にキッチンで夕ご飯の準備をしている母に、咲子のハンカチを出しながら言った。

「今日、ハンカチが入ってなかったからホント困ったよ……。それで友達が貸してくれたから明日返さないといけないから、悪いけど洗濯してて」

「まあ、そうだったの。ごめんね。」

 母は少し忙しそうに、ハンカチを受け取り

「あら、可愛いハンカチね。女の子のハンカチみたいだけど……。良かったわね。お母さん気合い入れて洗濯するわね」

母はくすくす笑いながら浩司をからかうと、浩司はむきになって

「別に、そんなんじゃないから」

と鞄を持って、自分の部屋に戻ろうとした。

「あ、それと前も言っていたけど、明日早くからお母さん、友達と旅行に行くから遅刻しないように起きるのよ。このハンカチも洗濯してテーブルに置いておくから忘れずにね。借りた子には必ずお礼言うのよ。フフフ」

 母はルンルンと鼻歌を歌いながら、また夕食の準備に戻っていった。浩司は、やっぱり自分で洗濯したほうが良かったなと思いながら部屋に戻り、鞄を置いた。


 浩司は、そんなことを思い出しながら、走っているとようやく家の近くまで来ていた。足の歩を更に速め背負っていた鞄を下し、ポケットにあるカギを取り出すと勢いよく門扉を開けて、鍵穴にぎゅっと力を入れてカギを開けた。靴を脱ぎ捨て、リビングに向かいテーブルを見ると、紙メモの下にセロテープで粘着されて綺麗なポリ袋に入っているピンク地のハンカチが綺麗にあった。浩司は急いで大事そうにハンカチを取り鞄に入れると、また玄関に戻っていった。玄関の掛け時計をちらっと見ると、8時22分だった。浩司は急いで靴を履き、玄関の扉を閉めさっき指したままの鍵をして、また駆け足で出て行った。

 


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