4 お笑い芸人
・「どこ見てんねん! こっちやろ普通!」
お客さんは笑っている。僕が相方のボケにツッコんだ瞬間に、大口を開けて笑ってくれる。まるで僕の言葉が魔法の言葉になったように。会場いっぱいのお客さんがいっせいにドカンと笑ったときは、本気でそう思う。
漫才は毎日するし、ライブが重なると1週間に何回も同じネタをやることがある。正直、朝起きるときはしんどいし、今日はどうしてもテンションをあげたくないってときもある。そんなとき、僕はお客さんの笑顔を思い出す。僕の言葉が引き金で、お客さんが笑う。そう考えると、体にちからがみなぎってくる。ぼんやりとネタをしてちゃいけないって気になる。そういう意味じゃ、テレビのロケは反応がなくてさびしい。僕はやっぱライブが一番好きだ。
ときどき思う。相方はどう思ってんだろう。こんな話をするとあいつはだいたい嫌がるから、しないけど。
・ 人を笑わせる。
オレはこのことに夢中になっている。芸人になろうと思ったのは、月並みだけど小学校や中学校時代に、おもしろいやつだと言われたからだ。オレがボケて人が笑っているのを見るのはうれしかったし、なにより自分が認められていると思った。「優しいよね」と言われて嬉しいように、オレはこころのどこかで人の役に立ちたかったのかもしれない。30歳を過ぎてもその気持ちでやっている。我ながらバカだと思うけど、夢ってのはそんなもんだ。
売れるかどうかは2の次だと言うが、食っていくにはお金をもらわないといけない。つまり「芸人」で居続けるには売れなきゃいけない。人を笑わす役になり続けるにはお金をもらうしかないのだ。
相方と漫才をやってると、ときどき不思議な時間になる。ゾーンっていう、人が集中してるときらしい。何をやってもドカンドカン受ける。1秒1秒、少しでも気が抜けない。ボケの「間」が少しでもずれちゃいけない。そんなとき、オレは死ぬほど漫才が楽しくなって、泣きそうになる。漫才の最中に涙が出そうになる。
相方のあいつはどう思ってんだろう。あんまりそういうしみったれたことは、話したくねえから話さねえけど。
・ 俺はいま、芸人を辞める。
俺は15年、このみち一本でやってきた。それが少しでも芸人に近づくと思ってたからだ。
だけど俺は、売れなかった。少し売れたと思ったら沈んで、相方とも関係がギスギスして、わかんなくなった。笑いのスタイルを変えたら、ずっと見てくれてたファンが離れていった。これで未来に希望があるってんならまだやれる。けど、全然見えねえんだ。売れる希望が見えねえんだ。
きっかけは、このあいだ見た事務所の後輩たち。あいつらはおそろしくうまかった。腹は立つけど、おもしろすぎて、めっちゃ感動して俺は泣きそうになっちまった。時代にもちゃんと乗ってるし努力家だ。これで性格が生意気だったらまだ憎めるんだが、あいつらは礼儀正しいし先輩の俺にも敬語なんだ。ちくしょう。俺は長い時間やってるだけ……ものすごいスピードの車に後ろから抜き去られたみたいだ。
けど、こころのどっかで俺は思ってるんだ。俺がちょっとでも面倒見た後輩たちが売れていく……しかもそいつらは抜群におもしろい。おそらくあいつらはこのお笑いの戦国時代で生き残り、冠番組は取れなくても、個性があって細く長くやっていける。あいつらが成長してくれりゃ、俺はそれでいいんじゃないか。俺はどっかで引退の時期を探してたんじゃないか。あいつらが俺の引退の理由になってくれりゃ、文句はねえんじゃねえか。
俺は今まで、自分が芸人だから生きてこれた。芸人を辞めたら、俺っていうやつはどこに行くんだ。死ぬのか。なあ、答えてくれよ。
俺はどうやって生きればいいんだ?
@KosugiRan http://twitter.com/KosugiRan