15 1000年生きた男
・ある日わたしの元に、あやしい男が仕事の依頼をよこしてきた。
男の歳は40過ぎ、だと思う。金髪で顔は白くて目は青い、本人いわくスコットランド系、らしい。名前をアレックスと言った。初対面で体つきはなかなかだと思った。
男は私が作家だということを知っているらしく、彼は「俺の伝記を書いてくれないか」と言った。彼の人生がどんなネタになるのかと私は思ったが、彼いわく、「俺は1000年生きてきた」ということらしい。
最初は私もアブなすぎるとは思ったけれど、いろいろあって彼の本を書くことにした。その話が本当かどうかは別として、彼が語るストーリーはそこそこ面白かったのだ。私はアレックスが滞在しているホテルに通い、彼の語る半生らしきものを書いた。何百年もまえの彼の記憶は、原稿をタイプする私の手を動かしつづけた。たまに私は彼を自宅に招きいれ、みょうにおかしいアレックスの行動を観察した。私はすでに夫と離婚していて独り身だったけど、家には17歳の娘、アサミがいたので、あの子にはあまり近づかないでほしいと言った。アレックスが年ごろの男(?)だというのも理由ではあったが、理由はそれだけではなかった。
いま思うと、私は薄々、アレックスの目的に気づいていた。あの男は死ぬつもりなのだと思う。私に作品を書かせて、自分は死ぬつもりなのだ。あの青い瞳はいつもどこか遠いところを見ていた。
・ある日学校から帰ると、家にあやしい男がいた。
私のお母さんは作家をやっている。男とはこれから一緒に仕事をするのだと聞いた。へんな人が家に出入りすることには慣れているけど、今回はひときわ変な人だ。自分で「1000年生きてきた」って言う男なんだもの。
私も最初はアブナイ人だ、と思ったけど、そこらへんの話は省略しようと思う。とにかくいろいろあって、何日か彼と会ううちに、まあそういうていで話すのもいいか、と思った。母さんには止められていたけど、私たちは話をした。アレックスはいつも自分の話をする。最初は農民としてふつうに暮らしていたけど、ある日まったく歳をとらなくなったことに気づいたこと。周りの人に気づかれる前に、奥さんと子どもを置いて旅に出たこと。たくさんの戦争に参加したこと、何百年もギャンブルで生計をたてていること。日本に初めて来たのはつい30年前ということ。彼の話が本当かどうかは、どうでもよかった。おもしろい話を聞けるのは楽しい。一応、わたしも作家の娘なんだし。
ふと思うことがある。アレックスの話が本当だとすると、あと十数年たてば、私と彼は同じくらいの歳の姿になるんだろうか。そのままいくと、私だけ死んで、彼はまた世界を放浪し始めるのだろうか。
・……よォ。アレックスだ。自己紹介は大事だよな。名前は大事だ。名前がなきゃ、自分を見失っちまう。まあ、俺はもう何回身分証を偽造して、パスポートを作りまくったかわからねえけど。しょうがないだろ? 身分の証明のしようがない。1000年前にスコットランドで生まれたなんて、誰が信用するんだ。
長く生きてきた。もうすぐ1000年くらいになる。ふと、自分の人生を残せねえかなと思って、俺が気に入ってる本の作家に連絡した。自分がこんなに長く生きてきたのに、だれにも知られずにぽっくり逝くなんて嫌だろ? だからまあ、自分の人生をなんとか残そうとしたわけだ。
だいたい予想はつくと思うが、俺の半生を書いてもらったあかつきには、どうにかして死のうと思っていた。さすがに長く生き過ぎた。何度も戦争で人を殺しまくったし、人種のちがいで迫害されたこともあった。生死のギリギリをさまよったことは何回もある。昔は今よりも、もっと死が身近にあって、結構な頻度で死にかけるんだよな。そのたびにもう終わろうと思ったけど、なぜかそのあと、こんなところで終わってたまるか、と思って生き延びてきた。ようは1000年をしめくくる死に場所を探していた。もうここまでくると、生きるために生きてんのか、死に場所をさがすために生きてんのかわからねえ。サイコーに幸せな死ってなんだろうな。
まあ、最後にかわいい女子高生とも話して、もう少し生きようかなと思ったけど、わりともう十分だな。皮肉だけど、元気になったアサミを見たら、なんかわりとどうでもよくなったんだよな。好きな女のことを想いながら死ぬ。それが一番かもしれねえ。
問題は、どうやってアサミにそれを言うか、なんだけど。さすがに、死んでくるわ、って言って許してくれるような歳じゃないよな。俺も別れづらくなるしよ。
不老不死すき。
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