これで忘れる事はない
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人間は、昔と比べて医療技術が飛躍的に進み、今や日本の平均寿命は150歳となった。老化対策も同様、間違っても寝たきり生活で余生を楽しむという事にはなっていない。
……1つ、問題があるとすれば、それは『記憶』。私たちは何もしなければ、個人差は置いとくとして120さいという歳から何も覚えられなくなってしまう。そこには劇的な喜びも、悲劇的な悲しみも例外ではない。本当に、全く覚えられなくなるのだ。
そこでこれ! 記憶結晶だ!
自分の記憶を保存することが出来る便利な代物。便利すぎるから私なんて、20代後半からの記憶を全てつぎ込んである。年代別に分けてあるので、好きな時に好きな物を楽しめばいい。こうしていれば、『忘れる』という事をしない。普段は一昨日の夜食の献立もうろ覚えだが、そんな悩みも綺麗さっぱり、この記憶結晶で保存してれば万事解決。
私のなんてほら、既存のクオリティに加えて様々な付属効果のついた〈記憶結晶EX〉。 家宝にする事はもう決めてある! まあ、300個はあるから、家宝としてはちと多すぎるかもしれんが……
ーーん? なんだ……電話がかかってきたらしい。 名前は山田さん。手元のメモ帳をパラパラと捲る。
……ふむ、40代前半から始めたゲートボル会の仲間らしい。どれどれ一体なんのご用か。
『もしもし、蓮太郎さんかい?』
「いかにも、私は蓮太郎だよ。一体全体今日はどのようなご用かな山田さん?」
『いやーね、ゲートボル会のみんなで旅行に行った時があるじゃろ?
あの山から見た景色を、いま丁度家族団欒で鑑賞していてなぁ……あの感動を分かち合いたいと思うてのう』
「……あー、あ……ちょっと待っててくださいね山田さん」
私は電話を下ろすと、すぐに記憶結晶の置いてある棚に向かう。
えーと……旅行……旅行……違う! そうだ、ゲートボル……どこだ……どこだ……山から見た景色はどこだ!?
私はまた、電話をとった。
『おーようやく戻ってきたかい。いやー凄かっただろう? あの時、偶然コンドルが低空飛行でから揚げを……』
「ちょ、ちょっと待っておくれ山田さん。えー……旅行をした日はいつだったかな?」
『そりゃ〜4218年、わしの60歳誕生記念の次の年だったからよーく覚えてる』
「そ、そうか……すまない山田さん、もう少し、もう少しだけ待ってておくれ」
私は返事も聞かずに電話を下ろすと、さっきの場所まで戻ってきた。
4210年……4215年……4218年これだ! この年は特に色々な事があって、記憶結晶120個分を取ってある。
……どこだ? どこに記憶があるんだ?
あーもう、『忘れた』!